第十九話 お披露目の準備


「とりあえず今晩はこれ以上難しいことは何も考えずに純粋に三人の結束を祝いましょうか」


「これから俺とソニアは結婚前提で付き合っていることになるから二人で公の場所に顔を出さないといけないなぁ。手っ取り早く初夏の王宮舞踏会はどうかな?」


「良い考えだと思いますわ。日にちは一か月先くらいでしたか?」


 王宮で王太子殿下の生誕祝いが開かれる予定だった。ソニアはその類の集まりにはまず顔を出すことはなかったので、意識していないのである。


「俺も舞踏会なんて縁がないからね、日程を調べておこう。特に女性は色々準備もあるだろう?」


「超優良物件モルターニュさまの相手として恥ずかしくないような恰好をしていくように致しますわ」


「何だよ、優良物件って?」


「ベンは令嬢たちの間で結婚相手としての条件は良いけれど、どんな美女にもなびかないと有名なのではないですか?」


「ふふふ、そんなところ。貴方のことを超優良物件って言っているのは私の同級生たちよ。王宮に勤務している貴族の独身男性は全て把握しているのですって」


「超はつけなくていいよね、ねやでは女性を満足させられないのだから」


 ベンのその言葉に他の二人は苦笑せずにはいられない。




 それから三人は食事を楽しんだ。肩の力を抜いてベンジャミンとルイを相手に他愛のない話をするのは初めてで、ソニアは純粋に楽しめた。


「ソニア、今晩は遅くなっても大丈夫ですか?」


「ええ」


 三人とも食べ終える頃にそう聞いてきたルイの瞳の奥に欲望の炎が見えたソニアはすぐに体が火照ってきた。


「食事も終えたし、俺は退散するよ。後は二人で楽しんで。じゃあね、また明日」


「ベンがそれでよろしいなら、遠慮しませんわよ」


「貴女らしいですね」


「ハハハ。俺は心の広い夫になるように努めるよ。これからもよろしく、俺の将来の奥さん」


 帰り際にベンジャミンはソニアと軽く抱擁を交わし、ついでにルイの肩に手を置き握手もしていた。


「ソニアをよろしく」


 そんなことを言って彼は去り、扉が閉まった。




 残されたソニアとルイの間には一瞬気まずい沈黙が流れた。


「何だかこんな風に改まってお膳立てされるとちょっと恥ずかしいわね……」


「私は貴女とやっと二人きりになれて嬉しいですよ」


「本当は私も嬉しいのよ、ルイ」


 ソニアはルイに手を引かれて奥の寝室へ向かった。






 それからソニアは三人で会う時はモルターニュ家に招かれることになった。ベンジャミンの両親にも紹介された。彼らはいつまで経っても女性の影など皆無だったベンジャミンが遂に恋人を屋敷に連れて来たと純粋に大喜びしていた。


 この屋敷の元執事でルイの育ての父親サミュエルにもソニアは会った。屋敷の若主人の交際相手と一介の使用人の関係なので、紹介されたわけではなかった。


 サミュエルはルイの性癖も、ベンジャミンとの関係にも薄々気付いているのではないかとルイから聞いていたソニアである。初対面で彼女は意味ありげな視線をサミュエルから向けられたが、一使用人の立場である彼から何か言ってくることはなかった。




 ソニアとベンジャミンが公の場へ二人で現れるのは三週間後に迫った王宮での舞踏会に決定した。


 魔術院では二人の仲の良さはもうとっくに知れ渡っている。時々二人で昼食もとっているし、仕事の後には一緒に帰宅することも多くなったからである。魔術師という職業柄か、ほとんどが既婚者という環境だからか、特に噂を広めるような人間も居ないのだった。ただ気の合う先輩後輩として見られているのかもしれない。


 夕方ソニアがモルターニュ家を訪れる時は夕食をベンジャミンと時には彼の両親も交えてとった。それから居間か客間でベンジャミンと二人きりになると必ずルイも呼ばれていた。


「もう仮面舞踏会も連れ込み宿も卒業だね」


 ソニアはたまにルイと二人きりにさせてもらえることもあった。屋敷の三階にあるルイの部屋にソニアがこっそり浮遊魔法で外から飛んで行って訪れるのである。ソニアもベンジャミンも魔術師ではあるが瞬間移動は出来なかったからだ。


「結婚したら今のポワリエ侯爵家に住まずに新居を建てたいよね。部屋割が重要だから。俺達三人が部屋を自由に行き来できる設計にしよう。こそこそ外を飛んだり、天井や壁に穴を開けたりはもうしたくない」


「貴方、そんな穴を開けているの?」


「うん。普段は家具や敷物で隠している。今度見せるよ」


「まあ呆れたわ」


「ところでポワリエ侯爵はルイが貴方の執事としてついて来ることを承諾してくれるの?」


「否とは言わせないよ。俺自身は爵位なんてどうでもいいのに押し付けてくるのだから、こちら側の要求は全て呑んでもらう」


 何とも強気なベンジャミンである。


「あのオッサンとの同居はなし、今のポワリエの屋敷には住まない、屋敷の使用人は自分たちで決める。これが俺のどうしても譲れない最低条件だ」


 こうして時々将来の計画について三人で話し合うのだった。ソニアはこの計画に乗った時には良心の呵責にさいなまれるかと思ったが、今のところ自分の決断に間違いはなかったと断言できた。




 舞踏会の前にベンジャミンはソニアの家族に挨拶に行った。ベンジャミンが床に膝をついて両親に求婚の許可を求めるものだからソニアは慌てた。しかしその時の母親の嬉しそうな顔といったらなかった。


「ソニアさんにやっと私の気持ちが通じました」


「ご存じのようにこの子には少々事情がありまして、伯爵令嬢として良い縁談など望めないとばかり家族皆諦めておりましたのに」


「私はソニアさんの内面に惹かれたのですから。ありのままの彼女を愛しています」


「モルターニュさん、ありがとうございます。ソニアは果報者ですわ」


 涙を流して喜ぶ母親に、父親と兄も満面の笑顔で祝福してくれた。以前の婚約破棄で家族にも迷惑を掛けたと後ろめたかったソニアは、ベンジャミンとの結婚を家族がここまで喜んでくれるとは実は思ってもいなかったのである。


「貴方があることないこと母に吹き込んでくれたお陰で、倒れてから気力を失っていた母がまるで生き返って元気を取り戻したのよね。実の娘の私が何も出来なかったのに、他人の貴方に助けられたわ。ありがとうございました」


「他人じゃないよ、将来の奥さんの家族は俺の家族も同然だから」


「ベン……」


「俺は奥さんを女性としてよろこばせることができないし、それ故に子供も作れないから、他の点では良い夫になるように全力で尽くすつもりなの」


「貴方を悦ばせられないのは私もだからお互い様よ。貴方の献身にはとても感謝しているわ。正直私はただのお飾りだからここまで大事にしてもらえると最初は思っていなかったのよ。本当に貴方は素敵な旦那さまになるわね」


「まあそんなに持ち上げられても照れるなぁ」


「私も妻としての務めを一生懸命果たします」




 舞踏会で着るドレスはソニアの母親が見立ててくれた。医療塔に運び込まれた時はあんなに意気消沈していた彼女も、娘の婚約、結婚へと向けて本人よりも準備にやる気を出しているのである。




***ひとこと***

順調に話が進んでおります。それにソニアママ、すっかり元気になって生きがいを見つけたものだから張り切っています。

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