三人の画策
第十話 思いもかけない提案
ベンジャミンに呼び出されてみるとそこに仮名アレックスを名乗っていたルイが居て、しかも何故かベンジャミンに求婚されてしまったソニアだった。二人の男性の顔を見比べながらソニアは冷静に続けた。
「私にこんな話を持ち掛ける理由が分からないのですけれど、もちろん本当の夫婦にはなれませんよね。跡継ぎはどうやって産めばいいのですか? 人工的に施術しますか?」
ルイはソニアの言葉に今度は吹き出している。
「そういう方法もあるけれど、ルイとの子供なら自然に授かれるじゃない? 君達想い合っているし丁度いいよ」
「はい? 丁度いいって何ですか? 不倫を推奨しているのですか、モルターニュさん? 全然良くありません!」
ソニアは呆れてしまって何と言ったらいいか分からなくなってきた。
「ルイの子供ならポワリエ家を継ぐのにより相応しいという意味だよ」
「どういう意味ですか?」
「私の実の父親はポワリエ侯爵です。私の母は元侍女でした」
「そうなんだよ。なのに伯父のポワリエ侯爵はね、実の息子ルイは認知せずに甥の俺に爵位を譲るって昔からそう勝手に決めている」
「もう……あまりの急展開について行けないわ」
ソニアは自分のグラスの葡萄酒を一気に飲み干した。
「貴女のお気持ちも分かります。唐突すぎて申し訳ありません」
ルイが空になったグラスに酒を注ぐ。
「何もお腹に入れずに悪酔いするよ、ソニア」
「そうですね……貴方たちのお陰で元々無かった食欲が一気に失せたのですけれど……」
明日は休みだが、酔って醜態を見せるわけにはいかなかった。ソニアは目の前にあった野菜のスープを二口三口飲んだ。
「貴方たちが従兄弟というのはそんな理由だったのですね」
「ああ、なのに俺は次期侯爵と呼ばれ、ルイはしがない私生児でうちの使用人だ」
「子供は親を選べませんから、しょうがありません」
「モルターニュさんは子供が作れないから、せめてポワリエ家の血を引く跡継ぎが欲しいのですか? ルイはそれでいいの?」
「それはちょっと違うかな。俺達それぞれ思うところがあってね……語りだすと長くなるからとりあえず今日のところはこちら側の提案だけで……」
「確かに既に許容量を超えるだけの話を聞かされましたわ」
「まあね、君の気持ちも良く分かるし」
ベンジャミンは真面目な会話の最中でも、緊迫した雰囲気の中でもいつもの気楽な態度を崩さない。
「ベン、もう少しお飲みになりますか?」
「それよりお腹がぺこぺこだよ。そこのパン取って、ルイ」
「はい。ナプキンもどうぞ」
ソニアは再びスープを口に運び、ルイが甲斐甲斐しくベンの世話をしているのを観察していた。彼女には一つだけ聞かずにはいられないことがあった。
「あの、貴方たちは私にまだ言っていない重要なことがあるでしょう?」
「例えば?」
ベンジャミンはニヤニヤ笑いをしている。ソニアは静かに深呼吸をし、覚悟を決めて口を開いた。
「じゃあ言います。二人は従兄弟同士で主従というだけでなくそれ以上の関係なのですよね」
ルイは目を見開き、ベンジャミンは破顔して満面の笑みを浮かべた。
「少し前から思っていたけれど、君には魔術師の才能だけでなく探偵の素質もあるのじゃない?」
「茶化さないで下さい、モルターニュさん。私が知らないふりをしていたらずっと秘密にしておくつもりだったのですか?」
「それは違います、ソニア。今晩きちんと言うつもりでした」
ソニアはかなり前から薄々気付いていた。初めて仮面舞踏会でベンジャミンに会った時、彼と一緒に踊った時、いつも彼からはルイの香水と同じ香りがするのである。
それにベンジャミンが好みの男性像を語ったあの日、ソニアの中にあった疑惑と恐れは現実のものになった。
「貴方たちが二人の関係を私に告げる時は……それはルイが私に別れを切り出すことを意味していると私はずっと怯えていたのです。だから、先程この部屋に入ってきてルイの姿を見た時にそれを確信したのですけれど……」
「何故か俺に求婚されたと」
「大いに混乱中ですわ、私」
「酔いが回ってきたのですか? お水を飲んで下さい。それとも熱いお茶がよろしいですか?」
ルイはソニアの前に水の入ったコップを置いた。
「話の内容が内容だから、今晩はいくら飲んでも酔えそうにないわ」
「このスープ、少し冷めてしまったけれど美味しいね。ルイも食べなよ。主菜は何だ? 白身魚か」
ベンジャミンは良く言えば肩の力が抜けているが、悪く言えば不謹慎である。
「ソニアはいつも仮面舞踏会で魚介類やあっさりしたものを好んで召し上がっていらっしゃったので。今晩はお客様である彼女の好みに合わせました」
「モルターニュ家の万能若手執事は流石だろう。彼がモテるのも分かるよね」
マダム・ラフラムの屋敷では大広間の隅にテーブルが置かれており、立食形式で軽食がとれるのである。大抵屋敷に着いてすぐにソニアは少し腹ごしらえをするだけで、ルイと一緒に食事をしたことは数えるくらいしかない。
それなのに自分が好んで食べているものを覚えているルイに感銘を受けていた。彼が折角ソニアのために選んでくれたという主菜に手を付けないわけにはいかず、彼女はその白身魚をフォークで少しずつ口に運んだ。
「貴方たち二人はどうして毎回一緒にマダム・ラフラムの会に来ていたのですか? もしかして3Pの相手でも探していたのですか? だというのにルイが女に走ってしまってこの下らない契約結婚の話を思い付いたわけ?」
ソニアは緊張のあまり変な事を口走ってしまい、ルイは再び吹き出している。
「君、仮にも伯爵令嬢だろ? やたら俗語ばかり使うよなぁ」
「私も表向きは一応伯爵令嬢ですけれど……」
「私は貴女に責められても仕方ありません。それだけ不誠実なことをしていましたから」
「ルイ、マダム・ラフラムの舞踏会では何でもありよね。私もそれは承知の上での参加だったし……貴方に毎回逢えるのがとても楽しみだったのよ。モルターニュさんは私がルイにどんどん夢中になっていく様を観察していたのですか? さぞ滑稽なことでしたでしょうね」
「そんなわけないよ。実を言うと俺は君達の仲に嫉妬している」
「へえそうですか、何とでも言えますよね……けれど私自身も貴方たちのこと、何となく気付いていながらルイに逢うのをやめられなかったわ……」
仮面舞踏会に行くのはもうやめようと思いながらもソニアは毎回出席していたのだった。二杯目のグラスも彼女は空けた。しばらくは三人無言で食事を続ける。
「この部屋は朝までとっているから、君達二人が残りたいなら俺は一人で帰るよ。遠慮なくごゆっくり」
ベンジャミンのその提案にソニアは目を
「今日のところは遠慮させていただきます。それからモルターニュさん、貴方の提案ですけれど私は正気の沙汰だとは思えません。貴方たち二人の関係は昨日や今日始まったものではないでしょう? そこに私が加わることで崩れるかもしれませんわよ」
「私達は従兄弟で、お互い幼い時から良く知っています。恋愛感情を抱くようになったのは十代半ばからです。恋人でなくなったとしても従兄弟として、主従としての関係は変わらないと思いますよ」
「そうだよ。俺は君を花嫁に迎える以上の名案は絶対浮かばないよ」
「ソニア、もう少し考える時間が必要なのですよね」
「いいえ。何度考えても答えは同じよ、きっと」
***ひとこと***
ソニアは再び悶々として眠れない夜を過ごすことになりそうです。
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