第八話 晴れた疑惑


 明け方になってやっとうつらうつらしていたソニアはそれでも時間には起き上がり、冷たい水で顔を洗い自分に喝を入れた。そしていつもより早めに出勤するために屋敷を出た。


「とりあえず朝一番に聞いてみないことには……でもどうやって切り出したらいいのかしら?」


 ブツブツ言いながら魔術塔に着いたソニアははやる気持ちを抑え、ある執務室の前で止まった。大きく深呼吸をし、扉を叩こうとしたと同時にそれが内側に開いた。


「お早う。俺に何か用事?」


 これから対峙しようという張本人だった。彼はソニアが扉の前に来たことで魔力を察したようである。ソニアだって彼がもう出勤していることがその執務室の前に来ただけで感じられた。


「お早うございます、モルターニュさん。始業前に少しお話があります」


「まだ誰も来ていないからどうぞお入り」


「失礼します」


 モルターニュの前を通って入室した際に彼の香水がふわりとソニアの鼻をくすぐった。二人向かい合って座るとソニアは早速口を開いた。


「他の方が出勤されてくると思うので単刀直入に申します。高級文官のティエリー・ガニョンさん、ご存じですよね。少し前、ここ魔術塔に貴方を訪ねて来られていました。私が貴方の執務室まで彼をご案内したのですよ。どういうお知合いですか?」


 彼女の質問にベンジャミンは片眉を上げてニヤニヤ笑い出した。


「俺、どうしてそんな質問に答えないといけないのかなぁ? 確かにティエリーは友人だよ。カッコいいよね、彼」


「ただのお友達ですか? どのくらい親しいのですか? 恋愛感情ありですか?」


「ちょっと落ち着いてよガドゥリー魔術師さん、大体君に何の関係があるの? 仮に俺とティエリーが秘密の親しい間柄だったとしても……もしかして彼に片想いしているの? でも残念だったね、彼は本気で好きな女の子がいるって言っていたよ」


「はい? 私がガニョンさんに憧れていて、貴方との間を疑っていると思っていらっしゃるのですか? 貴方がどこの誰とヤッていようが私には関係ありません。けれど、それが私の親友と両想いの男性となると話は別です。それも彼に頼まれて超貴重な魔法具の作製にまで協力しているとなると」


「……ああ、成程ね。ハハハッ」


 今度はベンジャミンは大笑いし始めた。


「笑い事ではありません、モルターニュさん!」


「へぇ。ティエリーが俺に初めてを捧げる覚悟をしてまで魔法具を作ってもらいたかった後輩の女の子って、君の友達だったんだ? そう言えば高級文官の親友がいるって言っていたね」


 彼の記憶力にはソニアも舌を巻いた。それにしても今のベンジャミンの言葉は聞くのではなかったと後悔しきりだった。


「あ、貴方はあの魔法具をビアンカさまたちに作ってもらえるよう口を利く見返りに、ガニョンさんに肉体関係を迫ったのですか? サイテー!」


「人聞きの悪いこと言うなよなー」


「だって貴方の方から言い出したのですよ!」


 そこでベンジャミンと同じ執務室に勤務している魔術師二人が同時に出勤してきた。


「お早うございます」


「ああ、お早う」


 ソニアはベンジャミンとの会話を中断せざるを得なかった。


「モルターニュさん、お昼ご一緒しましょうね」


 ベンジャミンには有無を言わせない昼食の誘いだった。


「いいね。じゃあまた後で」


(全く……朝っぱらから聞くような話じゃないわよね……けれどはっきりさせておかないと……)




 その日の昼休み、魔術塔の屋根の上に座って昼食をとっている二人の魔術師が居た。一般職員用の食堂では目立つし、王宮本宮にある貴族専用の食堂でも落ち着いてできる話ではなかったからである。


 防寒対策として周りにベンジャミンは魔法の防御壁を築いてくれた。


「うーん、俺もさあ、無理矢理ヤる趣味なんてないよ。でもティエリーみたいな知的で真面目そうな男はもろ好みなんだ。それに実は俺、ああいうタイプには逆に無理矢理ヤられる方が燃える」


「はぁ? 私、貴方の好みのプレイなんて知りたくないですから」


 ソニアは彼を昼食に誘ったことを既に後悔していた。


「だって聞いてきたのは君だよねぇ」


「……ではティエリーさんには知り合いのよしみで、見返りなしで魔笛作製の手配をして差し上げたのですか?」


「まるっきりタダで口を利いたわけではないよ。キスさせてもらっちゃった。あ、お尻とアソコもちょっと触った。気前いいよね、俺。ティエリーにしてみれば同性とのベロチューと少々のお触りを許しただけでであんな貴重な魔法具が手に入ったんだぜ、安いもんだよ」


「そうですか……もういいです。そんな細部まで説明して下さらなくても……」


「ティエリーだって魔法具作製の大変さは分かっていたからさ、俺にケ〇マ〇コ処女を捧げる覚悟はしていたみたいなんだよね。でも俺はティエリーが相手だったら断然受けの方がいいの」


「モルターニュさん、だから詳細はいいって言っています……私はここでどう切り返せばいいのでしょうか……貴方、バリタチに見えて実はネコ寄りのリバなんですねー、とか?」


「へぇ君、面白いね。でも仮にも伯爵令嬢でしょ、どうしてそんな言葉知っているの?」


「私も伊達にマダム・ラフラムの所に通っていませんから」


「まあ本題に戻るとだね、十代や二十代前半の頃ならともかく、この歳になるともう、愛のない行為に及んで性的欲求は満たされても何か虚しさばかりが募るんだよねー。だからティエリーにも無理な要求はしなかったわけ」


「ガニョンさんは貴方の性癖をご存じで、尚且つ貴方の毒牙に自身をさらす決意までしていたのですか……だから貴方に魔法具の作製を頼みに来られた。口の堅い信頼できる人なのですね。私の友人は彼にそこまで想われているだなんて」


「なんだか俺の事はこき下ろしてティエリーのことだけ持ち上げていない?」


 親友カトリーヌのために悩んでいたソニアだったが、ティエリーがカトリーヌのためにそこまで覚悟をしたということに感動していた。


(カトリーヌ、良かったわね。すぐに貴女の想いも通じると思うわ……)


 とりあえずベンジャミンはカトリーヌの恋路の邪魔はしていないようで一安心だった。しかし、この一連の話をソニアは聞かなければ良かったという思いも強かった。


 そしてソニアはこのところベンジャミンについて他にも疑惑を抱いていたのだが、それが今日確信に変わっていた。




***ひとこと***

笛「私が誕生することになった、ちょっとした裏話でした! アノ男がここまでの覚悟をしたから私がカトリーヌちゃんの手に渡ったと言うのに、私は何故かヤツに目の敵にされているのデス!」

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