第七話 親友の災難と恋


 その年も残り一月を切ったある休みの日、ソニアは親友カトリーヌと年末の市を訪れる約束をしていた。学院時代に仲良くなってから時々こうして繁華街に出掛ける習慣は就職してからも続いていた。


 待ち合わせの場所に現れたカトリーヌと軽く抱擁を交わしたソニアはあることに気付く。市の人ごみの中を歩きながらソニアは聞いた。


「ねえ、カトリーヌ、何があったの?」


「何がって?」


「貴女ねぇ、私に相談出来ないことなの?」


「そういうわけではないのよ……」


「じゃあ私から聞くわよ。その首に掛けている魔法具は何処で手に入れたの? とても強い魔力を出しているわよ」


「えっ? そうね、魔術師の貴女にはこの笛の力が感じられるのね……」


「先程軽く抱擁を交わした時に分かったのよ。ドレス越しに触れたからだわ」


「これはね……貴女には隠し事は出来ないわね……最初から話すわ。実はあのジョゼが護衛として王宮に勤めていたのよ。ある日の夕方、本宮の正面玄関でばったり会って……」


 ソニアは真面目な顔になって聞き、途中からカトリーヌの手を握った。ジョゼとは学生時代にカトリーヌが居候していた親戚の家のドラ息子だった。


 カトリーヌが親戚のおじさんとおばさんの留守中、彼に度々襲われていたことをソニアは教えてもらっていた。可哀そうなカトリーヌは知り合いが営む宿屋兼食堂やソニアの屋敷に時々匿われていたのである。


 何とか貞操は守り抜いたカトリーヌは王宮に就職が決まると王宮内の職員用宿舎に入舎した。


 そのろくでなしのジョゼが王宮に勤めていたことはソニアも初耳だった。


「また襲われそうになったところを職場の先輩が助けてくれたの」


「ごめんね、言い難いことなのに……」


「いいえ、いいのよ。それに彼はもう王宮には勤めていないの。この魔法の笛はその時助けてくれた先輩が下さったのよ。見る?」


 カトリーヌの職場の先輩ということは彼も文官である。魔術とは縁のないだろうその先輩が貴重な魔法の笛をどうやって手に入れたのかソニアは不思議だった。


「この雑踏の中でそれは出さない方がいいわね。今度人の居ない所で見せてもらえるかしら。そんな珍しいもの、魔術師でも新人の私はまず見ることもないわね」


「値もつけられないほど貴重なものだと私も分かっているわ」


「カトリーヌはその先輩のことが好きなのね」


 ソニアには全てお見通しだった。


「ええ、でも彼は……私のことはただの職場の後輩としてしか見ていないし、きっと私は軽蔑されていると思うのよ。あんなジョゼみたいな人間と付き合いがある、身持ちの悪い女だと……」


「それは違うわよ、彼がそう思っているなら、貴女のためにわざわざ魔法具なんて作らせるわけないもの」


「……とにかく貴女に話したら少し気が楽になったみたいよ」


「水臭いわね、カトリーヌ。あのね、一人でため込まないでよ。私ならいつでも話も聞くから。何のための親友よ」


「ありがとう、ソニア。私、その先輩にお礼として何かここで買いたかったのだけど……何が良いか全然見当もつかないわ」


 そして二人で迷った挙句、やはり消耗品がいいだろうということで、カトリーヌはその先輩のためにコーヒー豆を買ったのだった。




 その日、カトリーヌと別れてからも魔術師のソニアは大いに気になっていた。カトリーヌの胸元から感じる魔力は並大抵の魔法具ではない。王国唯一の白魔術の使い手であるビアンカ・テネーブル総裁夫人の魔力まで感じられるのだ。


 次の日の終業後、どうしてもその珍しい笛を見たかったソニアはカトリーヌを宿舎に訪ねた。


 駆け出しの魔術師のソニアでも触れると分かるくらいの魔力を発している笛を、是非自分の目で見てみたかったのである。職業的興味の上に個人的興味もあった。


 いきなり訪ねてきたソニアに驚いていたカトリーヌだったが、彼女は喜んでソニアを部屋に通した。カトリーヌの銀の笛は古代魔文字が一面に彫られていた。


「まあ、思った通りよ。素晴らしい、としか言いようがないわ。カトリーヌ、この笛を吹いたら何が起こるか教えてもらったの?」


 ビアンカに加え、魔術院幹部クラスの高級魔術師たちが作ったものに違いなかった。


「魔法で身が守れるって……それに笛の音で人の注意も引けるとも」


「貴女の周りに防御壁が現れるのだと思うわ。それだけではないわよ、私ビアンカさまの魔力も感じるのよ」


「ビアンカさまって、もしかしてテネーブル総裁夫人のこと? とても珍しい魔力をお持ちなのよね」


「ええ。貴女の先輩は強力なコネをお持ちなのね。超貴重品よ」


「私の宝物だわ」


 カトリーヌはその笛をとても愛おしそうに見ている。ソニアはその時ふとあることを思い出した。


「ねえ、貴女のその先輩ってお名前は何ておっしゃるの?」


「え? ガニョンさんよ。ティエリー・ガニョンさん」


「背が高くて、茶色の髪で優しそうな感じの方?」


「そうよ。ソニア、ガニョンさんのこと知っているの?」


「いえ、個人的には知らないわ。もしかしてあのマキシム・ガニョンのお兄さまよね」


 マキシム・ガニョンは彼女達よりも三つ上の学院時代からの有名人である。見目麗しく人懐こい性格の彼は特に学院時代にはあちこちで浮名を流していた。ソニアも弟マキシムの顔は知っていた。


「そうよ。兄弟よく似ておいでだけれど、弟さんよりも落ち着いた感じの方よ」


 ソニアの頭の中では全てのパズルのピースがもう少しではまりそうだった。


「ソニア、何か……どうしたの?」


 彼女の何とも言えない表情を不審に思ったのか、カトリーヌが聞いてきた。


「あ、ううん。何でもないわ」


「ねえ、ソニア。まだあの例の舞踏会に行っているの?」


「時々ね」


 月のものと日程が重ならない限り毎回顔を出し、その度にアレックスと逢って肌を合わせているとはカトリーヌには言えなかった。


「それで……顔も本名も知らない人と踊ったり会話したり……しているの?」


「ええ」


 それ以上のことにも及んでいるのはもちろんカトリーヌも分かっていて口にしないようだった。


「ソニアがそれでいいなら別にいいけれど……あのね、厄介な病気をうつされたり、不本意なことになったりしないように気を付けてね」


「カトリーヌ、心配しないで。でも貴女に性病について説教されるようになるなんて思ってもいなかったわ」


「昔ね、食堂のおばさんが教えてくれたのよ。ジョゼのこと『絶対変な病気を持っているから、そういう意味でも何としてでも自分の身を守るんだよ』って。唐辛子の粉の小瓶を護身用にくれたわ」


「ありがとう。病気がうつるような安易な行為もしていないし、危ないことにも、犯罪にも巻き込まれていないから」


「貴女はしっかりしているようだけど、時々抜けていたり頼りなかったりすることもあるものね」


「言ったわね!」




 その夜、色々と考えることがありすぎてソニアは中々寝付けなかった。マダム・ラフラムの仮面舞踏会、アレックスとの関係、カトリーヌの魔笛、彼女の想い人であるティエリー、ソニアの秘密を知っているベンジャミン……




***ひとこと***

笛「皆さんお久しぶりです。ワタシ、カトリーヌちゃんの片腕として『溺愛警報発令中!』では重要な役割を担っていた魔法の笛です。エッヘン、ソニアさんのような目の利く人には分かるのです、ワタシはとても貴重な存在なのヨ! カトリーヌちゃんと一緒にソニアさんの恋も応援してマス!」

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