第五話 それぞれの秘密


「それでも君は一年間学院に行っていなかったのに留年もせずに卒業したのだね。勉強大変だったろう?」


 ベンジャミンのその言葉にソニアは少なからず感銘を受けた。自分が留年しているかどうかなんて彼には関係ないし、気にも留めないだろうと思っていたソニアはそう言ってもらえて意外だったのだ。ベンジャミンはそんな細かいことに気付く人なのだろう。


「一緒に勉強し励まし合えた親友のお陰です。彼女は文科で、高級文官として就職しました。私もどうしても彼女と同時に卒業、就職したかったのです」


「流石だね」


「ありがとうございます。私はもう普通の伯爵令嬢としての縁談なんて高望みはしていません。幸い私には魔術師としての仕事もありますしね。実はその元婚約者に純潔も捧げてしまって……何回してもひたすら痛いだけでしたけれど……もう疵物きずものです」


 ベンジャミンはくすくす笑っている。確かソニアより八つくらい年上だったが、笑顔になると若く見えるなと彼女は思った。


「君はそんな独りよがりな早漏ヤローと別れて正解だし、私は貴族社会での花嫁絶対処女主義には反吐へどが出る」


 今度はソニアが吹き出す番だった。


「何故でしょうね、貴方には赤裸々に全て話してしまいましたわ。ここまで自分からお話ししたのはその親友以外には貴方が初めてです」


「君の暴露話を聞く二人目の人間になれて光栄だよ」


「おっしゃいますね。ある人に勧められたあの仮面舞踏会も最初は興味なかったのですが、ふとしたことが切っ掛けで行くようになったのです。こんな私でも時に無性に寂しくなるというか、少し羽目を外してみたかったのかもしれません」


「まあね、あの会に参加して得られるのは解放感と一時の快楽だけだけれど、楽しいよね」


「モルターニュさんも一夜のお楽しみのために仮面舞踏会にいらしているのですか?」


 ベンジャミンは仮にもモルターニュ侯爵家の分家出身で、将来は跡継ぎのいない母親の実家である侯爵家を継ぐのではないかと言われているのだった。彼の方こそ隠れてこそこそ仮面を付ける必要はないだろう。


「私は女性とは……デキないから。中々ね、嗜好の合う人と出会う機会がない」


「まあ、それで納得ですわ。けれど、私なんかにそんな重大な秘密を簡単にばらしてよろしかったのですか? 明日には王国中の貴族に知れ渡っているかもしれませんよ」


「私は君の秘密も握っているよ。それに私もね、持って生まれてきた性癖のせいで誰にも相談できず悩み多き十代を過ごしたし、人付き合いで苦労も沢山した。だから人を見る目だけは養われたのだよね。信用できて口の堅い人間はすぐに見分けられる」


「そうでした、お互い様でしたわ。良くお分かりですね、私は別に貴方の性癖に興味ないですし、貴族の間での噂話や陰口も大っ嫌いです」


「君ならそう言うと思っていた。今度あの会ではまた私の連れの彼と踊ってやってよ。君にとても興味を持ったみたいだから」


 ソニアはそこで赤面してしまった。アレックスに興味を持ったのはもちろんソニアの方も同じだった。


 きっとソニアが彼のキスや愛撫を忘れられないだけで、彼の方はソニアのことなどただ気まぐれで声を掛けただけだろう。自分だけが彼にメロメロになっていただなんて、口惜しいとまで思っていた。


「モルターニュさん、私が性懲りもなくまたあの集まりに現れるとお思いですか? それにお連れの彼とは、仮名アレックスさんのことですよね? 私のことがそこまで気になるだなんて少し信じられないわ……」


「君は来るよ。彼も君にまた会いたいと言っていたしね」


「社交辞令でも……嬉しいですわ」


 仮名アレックスはベンジャミンの個人的な知り合いなのだろうか、とソニアは知りたくてうずうずしていた。しかし、何だか聞けないような気もしていた。


「私も彼も社交辞令なんて言わないよ。まあとにかく、職場では今まで通り接してくれるとありがたいね」


「それは私も同じ気持ちです」


「うん。だから来週の仮面舞踏会には絶対来てね。アレックスも連れて来るからさ」


 やはりベンジャミンはアレックスを良く知っているようである。


「……ええ、行きます。私も……彼にまたお会いしたいのです」


 その言葉にベンジャミンは片眉を上げていた。微笑んでいたようにも怒っていたようにも見えた。




 その夜、ベンジャミンは自宅の部屋のバルコニーから浮遊魔法で外に出て、上の階のある部屋の窓の前まで移動した。


 この部屋にはバルコニーはなく、彼は宙に浮いたままカーテンがひかれている窓を軽く叩いた。光が漏れていたのでベンジャミンは部屋の主が在室だと分かった。


「はい」


 秋も深まってきたとはいえ、まだそこまで肌寒いわけでもない。その大きな窓は半開きだったので中から返事が聞こえた。


「入ってもいいかな、仮名アレックス君」


「もちろんです。どうぞお入りください」


 ベンジャミンは窓を大きく開き、そこからふわりと部屋の中に着地した。


「邪魔して悪いね」


「いえ。本を読んでいただけです」


 寝台に腰かけていた部屋の住人は本を閉じた。


「君が気に入ったあの女性、アン=ソフィーの正体が確認できたよ。予想通り職場の後輩で、伯爵令嬢だ」


「ああ、やはり貴族の令嬢でしたか……」


「来週も舞踏会に来るって言っていたよ。また会えるよ、良かったね」


「……貴方の職場のお知り合いならもう関わらない方がいいのではないでしょうか?」


「彼女もあの会に来ているだけあって事情があってね。彼女のどこがそんなに良かったの? 君があそこまで興味を示した女性も珍しいね」


「分かっておいでのくせに、ベン。彼女の正直なもの言いや生意気で気の強そうなところでしょうか。あの仮面を取り払って無理矢理ねじ伏せて、私のことが欲しいと懇願するようになるまでさんざんらせて……と考えるだけで快感を覚えます」


「そんなこと聞かなければ良かったな……」


「申し訳ありません、少々あからさまに言いすぎました」


「けれど、俺達の計画に彼女はうってつけかもね。だって君がそれだけ入れ上げているのだから。これはもう少し様子見かなぁ……」


「ああ、そう言われてみれば適役かもしれませんが……本当にいいのですか?」


「良いも悪いもないよ。これについては俺の意見よりも君の好みの方が重要なのだから」


「けれど……」


「俺は彼女の身辺調査を進めるとするかな」


「本気なのですね、ベン」


 ベンジャミンはアレックスの隣に腰かけた。


「それよりさ、俺のことも、ねぇ……」


「分かっていますよ……」


 アレックスは寝台の灯りを吹き消した。




***ひとこと***

題名にもあるように、段々と真相が分かってきます。ソニア、仮名アレックスにベンジャミン、主な役者が勢揃いしました。アレックス君の本名、もうお分かりですよね。

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