首都市街地戦 1
「伝令!北門に続いて、東門でも戦端が開かれました!」
「了解した。不測の事態があれば報告してくれ」
「御意!」
伝令があたふたと駆けていくのを見送って、溜息を吐く。
これで、敵に三方向を囲まれたことになる。首都の命運は風前の灯火だ。
俺がいる、海に面した南側は唯一残された脱出経路となる。背後では、帝都市民が軍の輸送船へと詰めかけている。あの様子だと、全員の避難までにはまだ時間がかかりそうだ。
西門側は、皇帝の宮殿が近いこともあって軍が守りに当たっているが、用途外である宮殿の警備兵まで投入して、どうにか拮抗させているという状態らしい。迎撃部隊の生き残りも合流しつつあるようだが、こちらについては突破されるのは時間の問題だろう。
だが、こちらはそれ以上に厳しい。少ない戦力で二方向を守らなければならない上、銃火器を戦術に組み込んでいる軍と違って、殲滅力が低いからだ。物量にモノを言わせて押し込まれれば、戦線は容易く崩壊する。
北はリュッセル、東はノルノに指揮を任せているので、多少なりと時間は稼ぐだろう。それでも、市民の避難の完了まで支えきるのは難しいかもしれない。
唯一の希望は、勇者ジュデンの存在だ。伝令の話では、既に一人で三ケタの敵を葬っているという。頼もしいことこの上ない。この後は、事前の打ち合わせ通り東門へと回ってもらうことになっている。東の敵にも強烈な一撃を与えて戦意を削いでもらった後は、こちらに帰還して一旦休息。その後は、二つの門を交互に援護してもらうとしよう。ジュデンの力なら、一時的にでも敵の攻勢の勢いを弱めることは可能だ。その時間を利用して、負傷者の離脱と戦闘員の補給を行う。
「市民の避難状況は?」
「まもなく、予定の半数を完了との事だ」
苦い顔をしながら、クライスが事実のみを報告する。
「予定よりもかかりそうだな」
「急な避難指示だからな。市民側も軍の側も、混乱しないはずはないさ」
「そりゃそうだがな。それより、ギルドの輸送船は出発したか?」
「そっちは大丈夫だ。俺達が使用する二隻を除いて、全て出港済。一部の積荷を諦めてはいるが」
「残りの積荷は、俺達が乗船する船へと運んでしまってくれ。今ならまだ大丈夫だろうから、予備兵力の面々に頼んでおいてくれ」
「あいよ、了解した」
クライスが駆けだした後、意識して我慢していた溜息をここぞとばかりに吐く。ついでに深呼吸を入れて、頭を回転させる。
考えるのは、戦況がどのように推移していくかという予測などではない。戦況が悪化した場合の対応策だ。
西門が突破された場合の対処、北や東が突破された場合にどこで戦線を引き直すか、飛行種が戦線を飛び越えて襲来した場合の迎撃、そして……あの魔王と呼ぶべき存在が戦場に現れた時の判断。
最悪なのは、あの圧倒的な力を持つ魔王が戦線に参加する事だが、西門が突破された場合も非常にまずい。ここに予備として駐留させている冒険者は、わずか三十名程度。とてもじゃないが、防ぎきるのは不可能だ。こればかりは、戦線を極限まで縮小して戦力を集中させてもどうにもならない。
その場合は、市民を見捨ててでも仲間を逃がす決断が必要になるかもしれない。エゴと言われても構わないが、俺は市民よりも仲間の命を優先したい。
まあ、その選択をする場合には代償として、俺はここに残って最後まで防戦に努めるつもりだが。フィゼリナやユズ達には悪いが、これも組織の長としての責任だろう。
そんな覚悟を温めながら、今はただ戦況の変化を待ち続ける。
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