戦機到来

「フィーちゃん達も含め、避難対象者は全員ギルドの輸送船に収容を完了。軍の方でも、市民の避難を開始しているようです」


「市民の避難が完了するまで、どのくらいかかると思う?」


「帝都だけなら、二時間足らずで済むかと」


 フィゼリナの予測に、無言で頷く。まあ、そのくらいはかかるだろう。


「敵の動向は?」


「どうやら、軍の迎撃部隊は突破されたようだね。さっき、キールスが戻ってきてそう言ってたよ」


 冒険者の方の編成を終え、戻ってきたノルノが報告してくる。


「無事に戻ったか。それで、キールスは?」


「そのまま輸送船の方へと向かったよ。保存食や武器の積み込みを手伝っているはずさ」


「了解した。しかし、軍の方が突破されたとなると、こちらもそろそろ危ないか」


「帝都の外周には偵察を出してあるよ。何かあれば、伝令が走ってくるさ」


「上出来だ。なら、さっさとこちらを済ませてしまおう」


 フィゼリナの方へと向き直る。彼女も、何を言われるかはわかっているらしい。


「フィゼリナに改めて要請する。先にサリシアへと渡り、ギルドの臨時代表を務めよ」


 一呼吸おいて、彼女が聞きたくないであろう言葉を吐く。


「そして、もしも俺が戻らなかった時には、臨時の文字を外してギルドの運営を任せる」


 いつも凛としているフィゼリナが俯く。少し間を置いた後、再び目を合わせて彼女は言った。


「承知しました。ですが、以前した約束を、どうか忘れないでください」


「大丈夫だ。どんな時でも生き残る事のみを考えるさ」


 ニカっと笑ってみせると、フィゼリナが瞳を潤ませた。


 珍しい光景に戸惑っていると、フィゼリナがそのまま胸元へと飛び込んできた。


 さらに、背中へと腕を回す。





 はて、いったい何が起きているのか。いやこれはもしかしなくても抱擁と言うやつでは。でもフィゼリナがなんで俺に?というか、これって劇のワンシーンみたい、この後は王道のキスシーンで、いやそうじゃなくって胸が当たっている感触が、ああもうわけがわからない!?





「はっはっは!こりゃ傑作だ!あの盟主が目を白黒させて泳がせてるよ!おかしいったらありゃしない!」


「確かに。もしこの戦場で朽ち果てるとしても、この光景は冥界まで持っていくことにしましょう」


 人生初めての経験に狼狽していると、いつの間にか入室していたリュッセルがノルノと共に笑っていた。


 いつもなら軽口で返すところだが、あいにくと思考回路に余裕がなかった。


 しばらくそうしていた後、フィゼリナは顔と瞳を赤く染めながら輸送船へと向かっていった。





「盟主殿、いつまで呆けているのですかな?」


 笑い声の中に呆れを混ぜたリュッセルの言葉で、ようやく我に返る。


「しっかりしろよ、指揮官。俺はともかく、他の面々はお前の采配に命を預けるんだからな」


 上階で休んでいたジュデンも、降りてくるなり辛辣な台詞を投げつけてくる。


「次にフィゼリナを泣かせる時は、死別の哀しみじゃなくて再会の喜びにしないとね」


 ノルノがニヤッと笑った。


「・・・そうだな。お前らも死ぬなよ?向こうでも、まだまだ働いてもらうからな。ジュデンも、勇者としての実力を見せてもらおうか」


「承知しました」「そう簡単にくたばりゃしないよ」「任せな」


 三者三様の答えを貰ったタイミングで、伝令が駆け込んでくる。


「北方より、敵集団来襲!!帝都到達まであまり時間がありません!」


「戦機到来、か」


 リュッセルが、盾と剣を手にする。


「市民を背負っての死守戦、お題目としちゃあこれ以上ないね。せいぜい大暴れしないとねえ」


 ノルノがハルバードを肩に担ぐ。


「勇者としては、燃えざるを得ないシチュエーションだ。派手にやらせてもらおうか」


 ジュデンが、どこからか光る剣を取り出した。


「それじゃ、一丁やってみますか!」


 俺も装備品の漏れがないかをチェックし直し、三人に続いて駆け出した。

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