戦火は唐突に

 ジュデンが来てから五日後。執務室にてニホンの文化について話を聞いていると、ノックもなしに勢いよくドアが開かれた。


 またフィーの仕業かと予想しながら振り向くと、そこにいたのはフィゼリナだった。


 ・・・どうやらノックを忘れる程の問題が発生したらしい。


 気持ちを仕事モードへと切り替え、心の準備をする。


「どんな凶報だ?」


「ここ、レーグニット島北部の山岳地帯にて、魔物の一団が発見されました」


「・・・数は?」


「百は軽く超えるとしか。かなりの大軍のようで、この首都を目指して南下中です」


「東西の二島を無視して、直接首都を叩きに来たか」


 予想以上の凶報だ。しかも、それで終わりではなかった。


「その・・・まだ裏付けは取れていないのですが、その山岳に異界へと繋がる穴が開いているという報告もありまして」


「なっ!?新しい穴か!?それとも、元から開いていたものを移動させてきた!?」


「今そこを考えても仕方ないだろう」


 思わず取り乱した俺に、ジュデンがもっともな意見を挟む。


「まずは、敵の襲来に対してどう対処するかだ」


「・・・そうだな、それが最優先か。軍はどうしている?」


 回答は、フィゼリナの後ろから顔を覗かせたキールスからもたらされた。


「東西の島に駐留している兵を全て招集しているようだ。今は、首都に駐留していた部隊が迎撃に出ている。・・・だが」


「・・・首都駐留軍は二百名程度。敵が穴から続々と増援を出せるとしたら、とてもじゃないがもたないだろうな」


 俺の推測に、キールスが頷く。どうやら、首都陥落は避けられないらしい。


 少しの逡巡の後、俺は決断を下した。


「・・・事前に策定していたプランに従って、スタッフと未成年の冒険者を船で脱出させる。キールスはその旨を軍本部へと伝達してくれ。それを終えたら、スタッフとともに脱出してくれ」


「・・・いいのか?」


「首都が陥落しなかった場合は、改めて呼び戻せばいいだけの話だ。今は、最悪を想定して動く」


「了解した。無茶するなよ」


 そう言い残して、いつものようにキールスは窓から飛び降りた。


「フィゼリナは、要避難者の誘導を頼む。非常事態を知らせるための発煙装置も起動させろ」


「了解しました」


 フィゼリナが駆けていくのと入れ違いに、リュッセル達が駆け込んでくる。


「話は聞いたかい!?」


 ノルノがハルバードを構えたままで短く訊ねた。既に臨戦態勢らしい。


「たった今な。既に、事前のプランにしたがってスタッフたちの避難を始めさせている」


「やっぱり、ここも危ないと思う?」


 そう訊ねてくるフィーには、普段の陽気さや無邪気さは一切見られなかった。


「首都陥落の可能性は大とみている。民間人の方も、そろそろ軍が避難誘導を開始している頃だろう。俺達は、彼らが出港するまで敵を食い止める」


「なら、迎撃に出るかい?」


 ライムの問いかけには、首を振る。縦ではなく横に。


「そっちは軍に任せよう。俺達は、軍が突破された時の最終防衛ラインを担当する。この首都での市街戦になるかと思う」


「了解です」


 ユズがいつも通りのポーカーフェイスで返事をした。・・・いや、よく見ると僅かに口元が引き攣っている。


「ノルノとリュッセルは、集まってくる冒険者に状況を説明!成人していない者は船へと誘導し、それ以外には迎撃の準備をさせろ!」


「あいよ!」「お任せを」


 短く請け負った二人に、念を押しておく。


「もし、酒も飲めないような年齢の青二才がごねるようなら、構わないから気絶させるなり拘束するなりしてでも船に放り込め。例外は一切認めない。いいな?」


「・・・了解」


 リュッセルが一瞬視線を逸らした後、一礼して退室していく。ノルノも、その背を追った。


 俺は溜息を一つつき、リュッセルが視線を逸らした先にいる三人を見る。


「・・・さて、じゃあフィーとユズ、それにライムも避難の準備をしてくれ」


「絶対嫌!」「断る」「その命令は聞けないねえ」


「まあ、そう言うと思ったが」


 予想通りの反応に苦笑いし、フィンガースナップを一つ。


 ライムとフィーの体に紫電が走り、二人は声を漏らす暇もなく床へと伏した。


 咄嗟に身を守ったユズの首元には、俺が肘鉄を叩きこむ。俺が誇りとする女性三人は、五秒足らずで制圧された。


「すまんな、こんなことに付き合わせて」


「いや、気持ちは痛いほどわかるからな」


 紫電を放った犯人であるところのジュデンは、遠くを見るような目で意外な答えを返した。


「実はオレも、預かっている娘が一人いるんだ」


「・・・そいつは初耳だな」


 てっきり一匹狼だと思っていたが、そうでもなかったらしい。意外感を隠さずにいると、ジュデンはどこか照れくさそうに語った。


「とある世界で拾った女の子だ。身寄りがない上に妙に懐かれてしまったから、仕方なく同行させていた」


「・・・そう言う割には、この世界には連れてきていないようだが?」


「ああ。今は俺の主人筋に当たる存在から、魔術をあれこれ習っているらしい。いつか、俺と共に戦えるようになりたいと言っていた」


「・・・お前は反対なんだな」


「まあな。可憐な少女が戦場に出て、血で汚れる様なんざ見たくない」


「ましてや、命を散らす様なんて、か?」


「・・・そうだな。本音を言えば、ユズやフィーを戦いへと駆り出すことも、オレは良く思っていない」


「俺も、最近になって後悔することがある。もっと平穏な未知へ進ませるべきだったかもってな」


「やっぱり、オレ達は気が合うらしいな」


「そうらしいな」


 三人の手足をを念のため拘束しながら、俺達は様々な感情の混ざった笑みを交換した。

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