VS勇者

「でも、勇者っていうのは、突き詰めればただの称号だろう?肩書に見合うだけの実力はあるのかい?」


 きっかけは、飲み会の席でのノルノのその言葉だった。


 勇者を交えて夕食・・・というか宴会をしていたのが、つい二十分前。酒が入っていたのもあって、リュッセル達はジュデンとすぐに打ち解けた。


 ジュデンの側も、自分の事を特別扱いせず気安い態度を取る面々に、どうやら親しみを覚えてくれたらしく、共に杯を酌み交わしていた。・・・まあ、ジュデンは未成年だから遠慮するとのことで、酒は口にしていないのだが。


 そして、ジュデンの来歴を皆で聞いていた最中にふと飛び出したのが、一番上にあるノルノのこのセリフだった。


「なんなら、今からでも披露してやろうか?」


 ノルノの挑発に、ジュデンも不敵な笑みで答えて見せた。





 これはもう止められないなと、その時点で半ば諦めた。そして、あれよあれよという間にギルドへと戻り、今こうして模擬戦をしているわけだが・・・。


「そらそらぁ!守っていても、倒されるまでの時間が長くなるだけだぜ!」


「むぅっ!くう!」


 結論から言おう。ジュデンは間違いなくギルドで一番の腕前だった。


「うおおおおおっ!」


「そんなやぶれかぶれが通用するとでも?」


 相討ち覚悟で突き出したリュッセルの木剣が、いとも容易くジュデンの木剣に弾きとばされる。


「チェックメイトだ。だが、ベテランだけあってなかなかやるじゃないか」


「ふん。癪に障る物言いだが、実力は認めざるを得ないな」


 首元に剣尖を向けられ、リュッセルが負けを認める。参った、俺の負けだ、などとはっきり言わないのは、リュッセルのプライドだろう。


 これで三人抜き。真っ先に挑んだノルノは、ジュデンの剣技によって力を空回りさせられた挙句、一矢も報いること叶わず惨敗。続いて仕掛けたクライスは、自慢の魔剣を魔法剣なる代物によって叩き潰され、奇襲として発動させた大炎弾の魔術陣も、あっさりと相殺されて降参。熟練のリュッセルならいい勝負ができるかと少し期待したが、蓋を開けてみれば、善戦とすら言えない一方的な展開だった。





 腕組みをし、得意げに笑うジュデン。次はどいつだ?と目が語っている。


 ギルド自慢のメンバーをここまでコケにされると、流石の俺もカチンと来る。


「フィー、お前の速さを見せてやれ」


「マスターがそう言うなら、遠慮なしにやっちゃうよ!」


 木製の短剣を両手に持ち、ジュデンと対峙するフィー。


「そんな華奢な体で俺と打ち合えるのかい、可愛いお嬢ちゃん?」


「すぐにその憎たらしい笑みを真顔にしてやるから」


 口上を終えるや否や、フィーが何のきっかけも待たずに突進する。狙いは、ジュデンの首筋。


「速いな」


 窮地にあるはずのジュデンはというと、フィーの接近速度を呑気に評価していた。


「が、それだけだ」


 続く言葉と共に、膝を曲げて上体を屈める。その頭上をフィーの腕が通り過ぎた。


 すかさず逆の腕を突き出そうとするフィー。だが、その予備動作として肘を後ろに引いたときには、既にジュデンのアッパーカットが迫っていた。


「!」


 首ごと顔を逸らすことで、その拳が顎へと直撃することはなかった。だが、その伸びあがった腕は即座に手刀へと変じてフィーの曲げた首筋目掛けて振り下ろされる。


 これをフィーは、両腕をクロスして受けた。ジュデンも即座に腕を引き、今度はボディーブローへと切り替える。フィーは、そのまま接近戦に付き合うことなく、バックステップからのバック宙で距離を取った。


「身のこなしと反射神経はなかなかだ。だが、攻撃が直線的過ぎるな。魔物相手ならそれでもいいが、人間相手では不足だ」


「・・・」


 ジュデンの評論を少なくとも表面上は無視して、フィーが構えを変える。次の瞬間、フィーは壁に向かって跳躍した。そして壁を蹴って天井へ。天井を蹴って床へ。そしてまた壁へ。得意とする三次元軌道で攪乱を狙っているらしい。


「こりゃまたなかなか面白いものを見せてくれる。流石にその動きは真似できないな。この世界にジョブがあったら、きっと暗殺者か盗賊だったろうな」


 ジュデンが後半よくわからない例えをしつつ、純粋にその動きを称賛した。しかし、それでもなお余裕の表情は崩れない。


「!!」


 やがて、フィーはジュデンの真上の天井を蹴り、後頭部目掛けて短刀を突き出した。


「だが、やっぱり直線的だ」


 ジュデンは、片脚のみを九十度動かし、フィーに対して半身の姿勢を取る。そして、伸びてきた腕をなんなく掴み、突進の勢いを利用して床へと投げ捨てた。


 しかし、ここまではフィーも予測済みだったらしい。あわや顔から床に激突する寸前のところで、両腕を伸ばして手から床へと着地。それだけでなく、着地の勢いを殺すために曲げた肘を利用し、勢いをつけて真後ろのジュデンに変則ドロップキックを放った。


「うおっ!?」


 ジュデンが仰け反ってこれを躱す。フィーはというと、水泳の飛び込みを逆再生しているかのような動きで床へと両足で着地していた。


「今のはちょっと予想してなかったな。舐めてたのは認めるとしよう」


 よく見れば、ジュデンの鼻から血が流れていた。どうやら、足が僅かに掠めていたらしい。袖口でそれを拭った後、何故か持っていた木剣をその場に落とした。


「・・・得物を捨てるなんて、舐めてるとしか思えないんだけど?」


「お前と戦うには、この剣は枷でしかない。両手を自由にした方が対応しやすいと思ったから捨てた。それだけだが?」


 フィーの当然の指摘に、ジュデンも平然と答えた。


「あっそ。じゃあそれは、実戦で証明してみせてよ!」


 その言葉と共に、フィーが真正面から突進する。対するジュデンは、両拳を開いた状態で顔の前へと構える。


 フィーは、それに対して小細工抜きの真っ向勝負を挑む。





 左右の腕を交差する様に肩口へと振り下ろす。


 ジュデンは、腕が交差される前にその間へと両腕を滑りこませて、外側へと開く。


 フィーの両腕が無理矢理開かれ、胴体が無防備に晒される。


 がら空きの胴へ、ジュデンが鋭い膝蹴りを放つ。


 その膝を、フィーは利き足の踏み台にする。


 膝蹴りの勢いに自身の足のバネを加えて、フィーの体が後方へ向かってきれいな弧を描く。


 ここまで受動に徹してきたジュデンが、その着地点に向かって矢の如く走り出す。


 フィーが着地する間際、まだ浮いているその体に対して、ジュデンがショルダータックルを仕掛ける。


 フィーは着地が間に合わないと即座に判断。空中で両膝を折り曲げ、両腕を顔の前へと持ってきて衝撃に備える体勢。


 次の瞬間、両者が接触してフィーが壁へと飛ばされる。


 激突する寸前に両手両足を後ろへ向け、壁へと背面での四点着地を決める。


 背中から激突していれば、肺の空気を全て吐き出すことになっただろう。良い判断と言える。


 だが、ジュデンは攻撃の手を緩めない。


 再びフィーに肉薄し、顎を狙って掌底での右ストレートを突き出す。


 フィーは、これを左腕で外側へと払いのけた。


 持っていたはずの短剣は、壁にぶつかったときに既に捨てている。


 お返しとばかりに、逆手に持ち替えていた短刀をボディアッパーのように振り上げる。


 ジュデンは、短剣を持った指を狙って、左の拳をただ振り下ろす。


 接触した衝撃に耐えきれず、フィーが短剣を取り落とす。


 続いて、弾かれていた右腕を水平の手刀と変えて繰り出すジュデン。指は伸ばさず、掌底打ちと同じ様に曲げられている。この方が与える衝撃が大きくなる事は、格闘家達にはよく知られている。誤って指を骨折することもない。


 その手刀が首へと吸い込まれる前に、フィーは前方に向かって頭から跳躍する。脚のバネのみで放つ頭突き。


 ジュデンは咄嗟に首を折り曲げ、額でその頭突きに対抗する。


 フィーは膝を着いて着地し、ジュデンは衝撃のままに数歩後退する。





 荒い息を吐きながら、二人が向かい合う。


 身構えるフィーに対して、ジュデンは口笛を一つ。


「ひゅう、思ったよりもやるじゃないか嬢ちゃん。倒すべき敵でもないってのに、ちょっと燃えてきちまったじゃねえか」


 心かららしい賛辞を送って、腰をかがめるジュデン。


「こうなりゃ、決着つくまでとことんやろうぜぇ!」


 語尾と同時に、回し蹴りが放たれる。


 フィーは肘を直角に曲げて、腕でこれを受ける。


「絶対に組み伏せて、降参って言わせてやるから!」


 反撃の前蹴りを、ジュデンは体を逸らして避ける。





 結局二人は、その後も五分以上組み手を継続した。

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