ライトノベルから始まる勇者召喚

 魔王が確認されてから一か月余り。かつて人間の勢力圏だった七つの島のうち、四つが既に陥落した。


 以前俺達が救援に向かったシトロルネ島も、魔物の支配下に置かれてしまっている。


 残すは、この首都のあるレーグニット島と、その東西の二島のみ。


 結局、魔王の弱点は分かっていない。軍の方で、交戦の度に様々な攻撃手段を試みたらしいが、いずれも効き目はなかったという。そして、各所の戦闘で人員をすり減らしたことにより、軍所属の兵士は僅か四百名にまで減っていた。





 既にサリシアのギルド支部は完成が近づいており、もしもレーグニット帝国首都が陥落した際には、その支部へと本部の機能を移転させるという約束も済んでいる。もちろん、政府発行の正式な書面でだ。


 あくまでも、政府直轄の組織ではなく民間運営の組織とすることは了解を取り付けてある。これなら、今まで通りにギルドを運営する事も可能だろう。





 現状の俺の主な仕事はというと、冒険者を東西の島に派遣して魔物が跳梁する気配がないかを調べさせる事。もしも兆候があった場合には、迅速に首都で待機している冒険者を送りこむことだ。


 祖国の危機とあって、冒険者を辞めて軍の兵士へと志願する者も増えている。どのみち、生存圏が狭まった上に、東西の島には素手に冒険者が多数駐留しているため、依頼は激減している。軍へと流れていない冒険者は、軍の慣習や締め付けが嫌いな者か、直属戦力を筆頭とした、俺の指揮下で戦う事を望む連中のみだ。


 その直属戦力の内から、教官を務めるのに向いている者を数人選んで、一部の職員と共にサリシアへと派遣している。経験豊富な彼らなら、俺達が全滅するようなことになっても、新生ギルドの中心となってくれるに違いない。


 本当は、リュッセルかノルノのどちらかも派遣したかったのだが、どちらにも断られた。首都での決戦に参加せずに、尻尾を撒いて逃げ出すのは御免被ると。直接確かめたことはないが、どうやらその決戦を死に場所と決めているらしい。





「やれやれ。駆け込みの依頼が減って暇になったのはいいが、ちょいと暇すぎるな」


「ついこの間まで、書類の山に埋もれてイライラしていたのは誰でしたかね?」


「喉元過ぎれば熱さを忘れるってやつさ」


「聞いたことない格言ですが、意味は何となく分かるわ」


 めっきり仕事の減ったキールスと共に、サリシアから持ち込まれたターバ茶なるモノを楽しんでいると、前触れもなくドアが開かれた。


「うおっ!?敵襲か!?」


 キールスが、冷静に考えればありえない発言をしている。まあ、奇襲には違いないが。


「どうした、ユズ?ノックなしの入室なんてらしくないじゃないか。フィーから変な影響でも受けたか?」


 襲撃者はユズだった。珍しく、興奮した様子を隠していない。よほどの事態だろうか?


「来て」


 ユズは短く求めた。せめて要件くらいは教えて欲しい。


「どうした?ついに首都まで敵の手が伸びたか?」


「いいから」


 そう言って、常らしくない強引さで俺の腕を捕って引っ張ってくる。


「ちょ、ホントにどうした!?いや、わかったから、ついていくから離してくれ。そして話してくれぇ」


 手荒な真似をする気にもならず、俺はユズに引っ張られていった。





 そして、連れてこられた先は地下三階だった。


「何だ?特訓の相手とか、新魔術のお披露目とかか?なら、そう言ってくれれば・・・」


「見て」


 俺の不満をさらりと無視して、ユズが部屋の中央を指さす。そこには、床に描かれた魔術陣があった。・・・いや、こちらで一般的な魔術陣ではない。これはどちらかというと・・・。


「もしかしなくても、聖書の挿絵にあった魔術陣・・・いや、魔法陣を再現したのか?」


「どうもそうらしいですな」


 相槌を打ったのは、既に部屋にいたらしいリュッセルだった。改めて周囲を見渡してみると、クライスにフィー、ノルノ、ライム、リオ、それにフィゼリナと、俺を追ってきたキールス。錚々たるメンバーが集まっていた。


「えっと、ユズさん?もしかしなくても、もしかする?」


「そう。勇者を召喚する。見せてもらった魔法陣は完全に再現した。私の魔力だけでは足りないかもしれないから、リオと一緒にやる」


「いや、あれはあくまでも創作の話であってだな、そこに描かれていた魔法陣も出鱈目で・・・」


「魔王を退治するのは勇者の務め。勇者を召喚するなら、今しかない」


「ユズさーん?話聞いてますかー?」


 ダメだ、完全に自分の世界に入り切ってやがる。周囲の皆も、困惑した表情で互いに視線を交わしている。


「じゃあ、早速」


 そう言って、魔法陣に両手をつけるユズとリオ。


「せーのっ」


 抑揚のない掛け声と共に、二人の魔力が注ぎ込まれる。何も起きるはずがないと思っていた俺だったが、直後に魔法陣の紋様が輝き出したことで、その予想は粉々にされた。


「ちょっ!?」「なんと・・・!」


 居合わせた面々も驚愕の表情を見せている中、実行者の二人が絞り出すような声で呟いた。


「もう、魔力が・・・」


「ダメ、これでも足りない・・・」


 その声を聞いた俺は、一か八か賭けてみることにした。


「クライス!俺達も加勢するぞ!!」


「正気か、盟主!?」


「目の前のこの現象を見て、正気でいられるか!こうなりゃ自棄だ、鬼でも蛇でも出てきやがれ!!」


「ったく、俺は責任持たねえからな!?」


 俺とクライスも魔法陣に触れ、魔力を送り込む。確かに、何かを繋げようとしている手応えが感じられた。


「来るなら来やがれ!勇者だろうが何だろうが、使えるものならなんだって利用してやらぁ!!」


 そう叫んでありったけの魔力を込める。





 魔法陣の光が強くなり、やがて閃光となって部屋を満たす。


 その光が不意に消えた。


 閃光でホワイトアウトしていた視界が徐々に戻ってくる。


 回復した視界に移るのは、魔法陣の中心に屹立する、並々ならぬ存在感を持った若者。


 そいつは、周囲をゆっくりと見まわした後、開口一番にこう言った。


「求めに応じて参上した!俺の名はジュデン。勇者ジュデンだ!!」


 その声は、密閉された部屋と俺達の心に響いた。





「・・・おいおい、マジでライトノベルの世界かよ、ここは・・・」


 俺は、唖然としながらそう呟いた。

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