一つの保険

「・・・というわけで、当面は軍の方と、情報面でより連携を深めることになる。キールスには負担をかけるが頼む」


「帝国存亡の危機ってんなら仕方ない。特別手当は弾んでくれよ?」


「軍や帝室から謝礼金が出たら、分け前は期待していいぞ」


「ひゅう、話が分かるね。そいじゃ、ちょいと行ってくるわ」


 そう言い残して、キールスはいつも通り窓から飛び降りた。


「・・・しかし、魔物の統制が取れているとなると、依頼の達成も今までより厳しくなりますね」


「そう。これまでと違って、討伐一つとっても単純なハントにはならない。下手をすれば、追い詰めていると思ったら逆に罠に嵌りかねない」


「たしか、帝国軍の中央が突破されたのもその手でしたね」


「中央部だけをあえて脆くしておいて突破させ、突出した部分を囲んで潰す。単純だが、敵が連携なんてするはずないという先入観で、みすみす彼らは嵌められた」


「そして、ダメ押しとして圧倒的な強者の登場・・・合理的な戦闘ですね」


「今までは、能力や体格で劣っていたのを知識と思考でカバーしてきたわけだが、その優位点はなくなったと考えたほうがいい。あのバケモノがどの範囲まで影響を及ぼせるかは未知数だが、下手すれば魔物全員が指揮下にあるかもしれんな」


「しかし逆に言えば、頭さえ取ってしまえば、以前通りの烏合の衆というわけですか」


「コロニーを作るなどして、元から連帯していた種族以外はな。故に、頭の情報を集めて、手早く始末するのが肝要なんだが・・・」


「問題はその手段ですね」


「親玉の情報については、軍の方に複案があるらしい。どうせロクなものじゃないだろうけど、とりあえずそれを待ってみよう」


「今回の戦闘で、一番煮え湯を飲まされたのは軍ですからね」


「参戦した二百名の内、帰還できたのは半分以下、帰還した者もほとんどは負傷。こっぴどくやられたもんだ」


「こちらも、早めに退却していなければ同じことになったでしょう。流石ですね、盟主殿」


「世辞は要らんよ。あの状況なら、まともな思考能力があれば撤退を選ぶ。手探りのままに戦ったところで、得られるのは犠牲と罵声だけだろうさ」


「今回の件については、掲示板を通じて全冒険者に情報を流しています。特に、敵首領の存在と、魔物の行動模様の変化については詳細に」


「相変わらず仕事が早いな。ご苦労だった。そして、その能力を見込んで一つ相談があるんだが」


「・・・あまり、明るい話ではなさそうですね」


「内容としては簡単だ。以前にサリシアから打診の合った件、受けようかと思っている」


「・・・ギルドの支部設立の件ですか?それなら、私に申されずとも---」





「既に察してるんだろ?その支部で、君に支部長をやってもらいたい」





何を言われるか察しつつ、明確な言葉が出るのを避けようとするフィゼリナ。それを遮って、強引に用件を切り出した。


「・・・指名頂いた事は光栄です。しかし、それでは---」


「あー、みなまで言うな。もちろん、今すぐではない。これは、言わば保険だ」


「保険、ですか・・・?・・・盟主殿、まさか!?」


「そう、俺はこの帝国が丸ごと魔物に乗っ取られる可能性を危惧している。それも、そう遠くない内に」


「いくら強力な敵が現れたと言っても、それは・・・」


「そう信じたいのは分かるが、本心では可能性は充分にあると理解しているだろう?」


「・・・ええ、仰る通りです」


「その場合、軍は最後まで抵抗を続けるだろう。俺も、敗北が決まった戦いに命を賭ける時が来るかもしれない」


「・・・」


「何も手を打たなければ、俺が死んだ時点でギルドは機能を停止しかねない。だから、もしそういう日が来た場合には、君にギルドの全権を委任する。もちろん、向こうで困らないだけの根回しはしておくつもりだし、何かと理由を付けて、ユズやフィー辺りはフィゼリナと共に向こうへ渡ってもらうつもりだ」


「ですが・・・」


「もちろん、決戦前に全帝国民の退去が決まるかもしれないし、そもそもそこまで切羽詰まった状況にはならないかもしれない。だが、もしもの時の為に、ギルドという組織を遺す手は打っておきたい。これは俺のワガママではあるが、きっと未来の希望の一つにもなってくれると信じている」


「・・・」


「そんな深刻そうな顔をするな。あくまでも、いざという時の備えの話だ。まだ暗い顔をするには早いさ」


「そうですね・・・。少し、考える時間を頂いても?」


「ああ、無論だ。君の自由意思を尊重する。引き受けるにあたって要望があれば、可能な限り叶えるつもりでもある」


「なら、引き受けるかどうかは別として、一つ前提としてのお願いがあります」


「らしくなく、歯にものが挟まった様な言い回しだな。言ってみてくれ」





「・・・決して、命を粗末にしないでください。もしそのような事態になっても、生きて帰る事を諦めないでいただきたいのです」


「それは・・・」





 言おうとした言葉を飲み込む。フィゼリナの目は、不純物なしの本気だった。


「・・・努力はする。だが、指揮官として戦場に立つからには、俺だけが保身を計るわけにはいかない。皆の命を預かっている以上、相応の責任は果たさなければならない・・・が」


 そこで一旦言葉を切り、一息吐いてから続ける。


「名誉の戦死を選んだりはしない。カッコつけて、自己満足を追求した挙句に命を捨てる選択はしないことは確約する。そういう英雄的なの、ガラじゃないしな」


「・・・そうですね。机の上でのっぺりしてるくらいがお似合いかと思います」


「ひどい言い草だな。割と真面目に話したつもりだったのに」


「盟主殿の影響で、私もシリアスが長時間持続しなくなったのかもしれません」


「その主張を通したいなら、ふさわしい証拠の提出を要求する」


「証人なら用意できますよ?キールスさんとか、フィーちゃんとか」


「そいつらは愉快犯的気質がある上に、主観的にしか物事を見れないから却下だ」


「その盟主殿の評価も主観的なのでは?」


「それこそ、ユズ辺りにでも証言してもらおうか?」


「盟主殿の息のかかった人物の証言は、証拠としては採用しかねますね」


「それを言うなら、お互い様だろうよ」


「そうでしたね」


 そんなやり取りを交わして、互いに笑みを交換する。


「では、盟主殿。私は下で業務に当たりますので」


「ああ。何かあれば連絡してくれ。何かあっても、勝手に対処していいぞ」


「決裁権まで放棄しないでください」


 柔らかくもぴしゃりと言い放って、フィゼリナが退室する。


 俺は、頭の後ろに手を組んで、背もたれに体を預ける。





「さて、帝国の・・・ひいては人類の未来はどうなるやら・・・」


 そんな独り言を呟いて、俺は欠伸をするのだった。

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