ナギナ島奪回作戦~失意と決意~

 絶望の権化と出くわしてから、約三十分後。俺達は洋上の船で、生ある事に安堵していた。


 自失していた二人の尻を蹴飛ばして、遮二無二海岸まで突っ走った。


 闇雲に逃げていた他の兵士達が、次々と魔物の餌になっていくのも振り返る事なく、ただ走り続けた。


 そして、海岸に辿りついた後は俺が海面を凍らせて船までの道を作り、三人は泳ぐことなく戦場から船上へと戻ることができた。


 しかし、どうにか命を拾ったというのに、二人の表情は深刻なままだ。まあ、俺も似たような表情をしているんだろうけど。


「盟主殿。そろそろ、何を見てきたのか話してくださいませんか?三人とも、戻ってきてから一切口を開くことなく、心の中の何かと戦っているように見受けられます。我々にも、お裾分けを頂けませんかな?」


 見かねたらしいリュッセルが、優しい提案を持ち出した。


「・・・そうだな。かなりキツイ話になるが聞いてもらうことにしよう。手空きの者を全員集めてくれ」


 そうして集めてもらった皆に、先程見てきたものをありのままに伝える。全員の顔から血の気が引いていく様を見て、改めて事態の深刻さを認識した。


「・・・盟主は無意味な嘘をつくような方ではありませんし、それが我々の士気を下げるようなものなら尚更でしょう。信じがたい話ですが、飲み込むしかないでしょう」


 最初に口を開いたのはリュッセルだった。他の冒険者達も、僅かに頷いてくれている。・・・俺はいい部下・・・仲間を持ったものだ。値千金というところだろうか。


「ですが、現実にそんなバケモノが存在しているとして、対抗策などあるのでしょうか?」


「お前は事態の本質を突いたな、レゼット。そう、そこが問題だ。有効な攻撃手段はあるのか、集中攻撃を加えれば勝てるのか、あるいは犠牲覚悟で数をぶつければ押し切れるのか。疲労するのか、攻撃手段は素手のみなのか、弱点は存在するのか。ともかく情報が圧倒的に足りない。最悪の想像をするなら、奴が一匹だという保証もない」


『・・・』


 全員が黙り込んだ。手が震えている者も多い。もちろん、武者震いなどではない。


「とはいえ、あいつを放置すれば俺達の帝国は滅亡待ったなしだ。当面は、軍と協力して情報の収集に当たるべきだろう。いずれ、奴を打倒するために・・・!」


 あえて、打倒することを明言する。何人かが、伏せていた顔を僅かに上げた。


「俺は、ただ黙って眼前の理不尽に膝を屈してやるほど、人間ができちゃあいない。なんせ、俺はガキだからな!」


 何人かが静かに笑った。先程、顔を上げた人数よりは多い。


「だから、俺はあいつを打倒する方法を探す!探し続ける!折れるつもりは微塵もねえ。いつか絶対に、あいつの亡骸の上で右手を上げて高笑いしてやる!」


 今度は、はっきりと声に出した笑いが起こる。静かに笑った人数よりは多い。


「そして、そいつの死体を見下ろしてこう言ってやるんだ。『これが俺達人間の力だ、ざまぁみろ!』ってな!」


 どっと笑いが起きた。いつの間にか、笑みを浮かべていない者はいなくなっていた。


「あの巨体だ。踏みつけるスペースならいくらでもあるぞ?俺と同じことがしたいってんなら、ここにいる全員が乗っても余裕なくらいにはな!」


 手を叩いたり、口笛や指笛を吹く音が混じる。俺は締めとして、最後に大声でナギナ島へ向かって叫んだ。


「首洗って待ってろや、ハゲツノの巨人野郎!いつか人間の力を思い知らせてやらぁ!!」


 後ろから歓声が上がった。・・・とりあえず、空気は持ち直したようだ。


 これでいい。絶望に打ちひしがれていたって、事態は解決しない。それに、こいつらには沈黙や諦観は似合わない。


「・・・うまく、やりましたな」


 冒険者達が、生還祝いに杯を酌み交わす中で、リュッセルがこっそりと耳打ちしてきた。


「お前にはバレてたか、やっぱ」


「他にも、今のが虚勢だと気づいていた者は多いと思いますよ?」


「それでも乗ってくれるんだから、やっぱここはバカの集まりだよ。でなけりゃ、それこそ託児所だ」


「そうかもしれませんな」


「だが、俺はあの馬鹿共が好きだ。尊敬するし、愛おしくもあるよ。無論、変な意味でなくな」


「私も、戦友というよりは家族に近い存在のように思っています」


「それにさっきの宣言は、虚勢ではあっても虚言ではないさ。あれは、俺の本心からの言葉だ」


「それがわかったからこそ、皆乗ったのでしょう。意志の伴わない大言など、絵空事ですらありませんからな」


「ところで。聞いていなかったが、今回のこちらの犠牲は?」


「ゼロです。誰一人として、欠けてはいません。負傷者は多少おりますが、いずれも復帰可能な程度です。これも、盟主殿の迅速な采配の結果かと」


「よせよ、くすぐったいだろう。そういうリップサービスは、ユズやフィーで間に合ってるよ」


「残念ながら、今のは私の本心でして」


「・・・ふ、俺の発言を踏まえた上で巧みに返すじゃないか」


「盟主殿より、十年は長く生きていますからな。口の巧さでは負けず劣らずと自負しておりますよ」


「やれやれまったく、頼りがいのある事だ」


「過分な評価、恐れ入ります」


「本心だよ、今のもな」


 そう告げて、裏拳で軽くリュッセルの胸を小突く。


 正直、これから状況はさらに厳しくなるだろう。魔物を統率し、本人も圧倒的な力を持つ首領の登場。・・・まったく、どこのライトノベルだよ。まさか、魔術や魔物だけでなく魔王まで出てくるとはな。創作の世界ならいざ知らず、現実の世界にそんなのが現れたんじゃ、暢気に昼寝もしてられやしない。


 ・・・思えば、この頃魔物の動きが活発化しているのも、あいつの仕業ではなかろうか。だとしたら、個人的にも俺の敵だ。恨み節の十や二十はぶつけてやらないと気が済まない。





「見てろよ、魔王。俺の安眠と怠惰な生活を取り戻すために、必ずお前は抹殺する・・・!」


 甲板の手摺りを握りしめながら、俺は自己中心的でちっぽけな決意を固めた。

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