ナギナ島奪回作戦~降臨~

「俺達は軍の右翼とは連動しない。即時撤退するぞ!」


 即座に判断を下す。迷っている時間が長ければ、それだけ状況が悪くなる。そしてそれは、犠牲を増やすことと同義だ。


「後衛、前衛の体勢を崩さずに、迅速に来た道を後退する!幸いと右手は海で、備えるべきは左と後ろだけだ」


「その後ろが問題です。対峙している敵はどうなさいますか?」


「決まってるだろ?先制攻撃で怯ませてから、全速後退だ!」


「はっ!!」


「悪いが、ここの指揮は任せる。船まで後退したら、人員を乗せて、島から泳いで辿りつける程度の沖合いまで後退させてくれ。俺は、ちょっと状況を探ってくる。沖合でも危険が伴うようなら、緊急用の避難艇をいくつか浮かべて、俺に構わず撤退しろ!」


「しかし・・・いえ、承知しました」


 リュッセルは言いたいことを飲み込んで、俺の指示を十全に果たすべく声を張り上げはじめた。


「マスター、あたしはついて行ってもいいよね?なにせ、マスターは近接戦闘は不得手だしね」


「あたしもついて行くよ?この前のシトロルネの時みたいに、危機一発ってのは心臓に悪いからね。それに、あたしもあんたみたいないい男を死なせたくはない」


「・・・そうかよ。だが、ついてくるからには一蓮托生だ。完全に事切れるまでは、お互いを絶対に見捨てはしない。いいな?」


「上等!」「そうこなくっちゃ!」


「そういうわけだ。俺達三人は別行動。そっちはよろしく頼むぜ?軍が何か言ってきたら、盟主の命令だと言って突っぱねろ。戦死以外なら、尻拭いはいくらでもしてやる」


「委細承知しました。幸運を!」


「そっちもな。誰一人欠けずに、船で会おう」


 その言葉を最後に、俺達は島の内陸に向かって駆け出した。











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「こいつは、想像以上にやべえな」


 辿りついた右翼は、二正面での戦闘を演じていた。正面には、中央部をぶち破って左翼に圧力をかけている群れ。そして、右には本来彼らが相対していた敵左翼の群れ。


「死闘もかくや、だねえ」


「あの奮戦の只中に飛び込んでいって五体満足で帰ってくる自信は、流石のあたしにもないね」


「だろうよ。にしても、これではっきりしたな。間違いなく、これらは統制された行動だ。どこかに、指揮を取ってる頭がいるに違いない」


「それを奇襲で叩くのかい?」


「思ってもないことを言うなよ。どこにいるか探すところから始めてたら、日が暮れる前に俺達の命の輝きが暮れる」


「そもそも、今の時点で余裕もない死、ねっ!」


 フィーが語尾を敵への呪言と変えて、短剣を振り下ろす。飛び掛かっていったヴォイドサーペントは、自らの勢いも相俟って二枚卸しとなった。


 周囲には同族がまだ十数匹おり、仕掛けるタイミングを計っている。


「ほいなっと!」


 俺もフレイムピラーの魔術を使い、一か所に固まっていた数匹を地中からの炎で灰にする。


 その光景に危機感を覚えたのか、一斉に飛び掛かってくるヘビ共。


「障壁」


 それらの接近を障壁で阻み、表面に炎で彩を添える。蛇たちは全員ウェルダンな焼き加減となった。


「鮮やかな手際!威力と多様性ならユズだけど、速度と技量ならやっぱりマスターが上手だよね」


「リップサービス程度に受け取っておくよ。それより、暢気に観戦させてくれる情勢でもなさそうだし、とっとと退散しよう」





 そう二人に告げて踵を返したその時、背後で異変が起こった。複数の悲鳴が同時に聞こえたのだ。


「・・・」


 もう一度振り返った先には、異様な光景があった。





 人が浮いている。


 一人ではなく、それも複数。


 いや、浮いてはいない。正確には、浮き上がった後に落下している。自らの身長の十倍ほどの高空へと浮いた人間が、次の瞬間には落下して地面に衝突していく。調べるまでもなく即死だ。


 それを引き起こしている元凶へと目を凝らす。


 そいつは人型ながら、身長が成人男性の五倍はあった。肌は真っ黒で、口元だけが赤くて大きく裂けている。頭部に髪はなく、代わりに左右と正面に角があった。あの角で一突きすれば、人間程度が相手なら容易く風穴を空けられるだろう。四肢の筋肉量も段違いで、手には鋭い爪が見えた。誤解のないように言うと、ネイルではなくクローだ。そいつが、おもむろに人間を数人掴んで空中へと放り投げる。彼らの内、一人以外は落下によって即死。そして、唯一落下死を免れた女性の行く先は・・・奴の口の中だった。女性は、恐怖と絶望を配合したスペシャルブレンドの絶叫を上げながら、奴の体内へと消えていった。


「う、う、うわぁああああああああああ!?」


 誰かが、そんな叫び声を上げながら一目散に逃げだした。そして、それをきっかけとしたように全員がてんでバラバラに逃走を始めた。


「・・・」「・・・」


 あまりの光景に、フィーとノルノも自失している。我を失って目算なく逃げ出さないだけマシだが、表情が恐怖と絶望で彩られているのは変わらなかった。


 当然だ。


 あれはそういうものだ。


 人間が矮小に見える程の、圧倒的な力・・・否、圧倒的存在。


 おそらく、魔物どもを統率しているのもこいつだろう。





 凄まじい理不尽をひっさげたそいつは、聖書に出てきたある存在の名前を連想させた。





 すなわち、”魔王”





 俺はそいつを、心の中で魔王と名付けた・・・。

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