ナギナ島奪回作戦~急変~

「なあ、大将?」


「なんだノルノ?」


「さっきから、おかしいと思わないかい?」


「お前もか。実は俺もだ」


「フィーも感じる。こいつら、なんか変」


「確かに、今までの単純な魔物とは違いますな」


 全員が違和感を覚えているのは、魔物の挙動だった。


 本能というプログラムのみで動く彼らが、俺達人間を見つけた場合にとる行動は三つ。


 すなわち、応戦するか、逃げるか、隠れるか。


 これまでの魔物は全てそうだった。だが、今回の敵は何か違う。


「逃げるでも積極的に応戦するでもなく、その中間ですか」


「まるで、仕掛けるタイミングを窺ってるみたい。もしくは、私たちと対峙すること自体が目的みたいな」


 俺達ギルド組が受け持っているのは最右翼。中央から離れているため、激戦区とはならないと目される戦域だが、万が一抜かれれば味方が側面から急襲されることになり、軍団にとって致命傷となりかねない。そんな戦域だ。俺達が少数精鋭な点を鑑みて、ここへの配置となった。





 確かに敵の数自体は大したことなかったが、敵は襲っても来ず、かといって逃げることもないという、本能によるものとは思えない行動をしていた。


「なんだろう、妙に統率が取れているような気がする」


「もしかしたら、クライスの一件みたいに敵に親玉がいて、そいつがコントロールしてるのかもな」


「ふぅむ」


 ノルノが、臨戦態勢は崩さないままに考える気配を見せる。そんなタイミングで、伝令が作戦本部から戻ってきた。


「中央部は突破前進中。左翼についても押してはいますが、中央部ほどの快進撃とはいかないようです」


「俺たち以外の右翼はどうだ?」


「わずかずつですが、押し込んでいるようです」


「押しこんでいる、ねえ」


「どうかされましたか?」


 自分の報告に疑問が生じたのかと、伝令が僅かに緊張した。


「押し込んでいるって言う表現が出てくるのが不自然なんだ。敵はこちらと違って、戦線を引いているわけじゃないはずなんだ。そんな知性も統制もなかったからな。前進していたら、散発的な遭遇戦が起こって、それを殲滅。そしてまた前進・・・。それが、本来あるべき流れだろう?」


 俺の疑問に、リュッセルが絶妙な返しをくれた。


「確かに。全戦線にわたって敵が展開している現状は、本能で行動しているはずの彼らの動きとしてはあり得ない事。つまり、なんらかの不確定要素がある、と?」


「流石に飲み込みがいいなリュッセル。頼りになるよ、ホント」


「むぅ」「ぐぬぬ・・・」


 ノルノとフィーが、嫉妬するような視線をリュッセルに向けていた。


「・・・やはり、気になるな。俺達は、これ以上の前進を控えよう。レゼット、すまないがもう一度走ってくれるか?作戦本部に、今の会話の内容を余さず伝えてほしい。それと、俺たちの乗ってきた船には、いつでも出発できるよう準備しておけと伝えてくれ。糧食や武器の卸作業は中止だ。全て積み込み直させろ」


「はっ!お任せを!船の件、本部にも伝えておきますか?」


「一応、こちらはそうしているとは伝えておいてくれ。指揮系統が違う以上、向こうに何かしら具申するのは混乱を招くし、なにより民間の一組織のトップに過ぎない俺から作戦行動に口出しされるなんて、気分も良くはないだろう」


「先方はそうは思わないかと存じますが・・・ともかく承知しました。直ちに戻ります!」


「すまんな。はぐれの魔物には気を付けてくれ。それと、急な伝達事項がなければ、向こうで少し体を休めてきてもいいぞ」


「お心遣いには感謝を。ですが、すぐに戻りますよ」


 そう言い残すと、レゼットはキールス顔負けのスピードで駆けていった。


「とりあえずは、これでよし。あとは・・・フィー!」


「はいはいっと。何かな?ベーゼがお望みなら、帰りの船の中までのお楽しみという事で」


「魅力的な提案だが、生憎と真面目な話だ」


 冗談(なはず)のアプローチを最短距離でかわし、伝令を頼む。


「右翼の指揮官に、こちらは一旦前進を止めると伝えてくれ。少し状況を観察したいとでも付け加えてな」


「りょーかい、りょーかい!じゃ、ちょちょいと行ってくるねん」


「急ぎすぎて転ぶなよ?」


「あたしは子供じゃないやい!」


 そう癇癪を破裂させると、フィーはこちらに舌を出した。次の瞬間には、振り返ると同時に駆け出していた。やれやれ、どう見ても精神は子供なんだが。まあ、大人を気取って妖艶に迫ってくる冗談も、子供故にギャップがあって悪くないのだが。


「相変わらずお転婆だねえ」


「若い頃のノルノも、あんな感じだったんじゃないか?」


「大将?それは間接的に、あたしがおばさんだって言いたいのかい?」


「まっさかぁ、滅相もない」


「はん!あたしはまだまだ現役だよ!女としても戦士としてもね!!」


「ごもっとも、ごもっとも」


 そんなやり取りをしていても、俺達は気を抜いたりはしない。眼前に変わらず敵はいるのだ。隙を晒せば、あいつらは死神へと早着替えして、死という舞台へのお誘いをくれるに違いないのだから。


「全員!わざわざ大声で話してたんだし、今の会話は聞いてたね?痺れを切らして仕掛けるんじゃないよ!?」


「ノルノには言われたくねえやな!」


「一番自制が必要なのはあんただろうよ!」


 ノルノが念のためにと出した号令は、藪蛇となって帰ってきた。ノルノは、即座にむすっとした表情を作って見せた。拗ねてるつもりらしい。・・・やれやれ、彼女も子供だな。


「ギルドと言うのは、聞かん坊を集めた託児所だったのですかな?」


「リュッセル・・・冗談としては冴えた例えだが、生憎と笑えそうにない」


「それは残念ですな」


 まったく残念さを感じない声でそう言うと、リュッセルはひとしきり笑った。





 敵の動きにぬかりなく目を配りつつも、全員に若干弛緩した空気が流れる。


 しかし、それも長くはなかった。右翼指揮官の元から戻ってきたフィーが、懸念の的中を報告してきたからだ。


「味方の中央部が、敵によって突破されたって!それで、左翼が半包囲に置かれつつあって、右翼は左翼の救援の為に分断を計った敵を逆に挟撃する態勢に移るって!!」


「案の定だ、クソッタレ!」


 予想以上の凶報に、俺は思わずそう吐き捨てた。

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