異世界転移モノなら、きっとここが第一話

「お前が勇者?」


 目の前で起きた事に理解が追いつかず、ついそんな問いを発してしまった。全く現実感がなかった。


「ああ。・・・信用できないなら、試してみるか?」


 自称勇者は、全員の顔を見まわしながら挑戦的にそう言った。実力に裏打ちされた自信。歴戦の冒険者が漂わせる以上の風格を、彼は漂わせていた。


「いや、信用はするが・・・。まさか本当に、勇者の召喚に成功するとは思わなかった」


 しかも、ライトノベルに描いてあった挿絵を参考にした魔法陣で。


「あん?何かしら困ってたから俺を呼んだんだろう?オレは、危機に陥っている人々の願いによってしか召喚されない。勇者ってのはそういうシステムなんだ」


「・・・ええ、と?」


「まあいいや。とりあえず、オレはお前達の味方だ。それだけ了解していてくれればいい」


 そう一方的に告げて、ジュデンは不敵に笑った。


「それで?俺は何と戦えばいいんだ?」


「この世界を侵食し、人類の生存圏を脅かす存在と」


 皆が顔を見合わせる中、以外にもユズが問いに答えた。


「・・・お嬢ちゃん、なかなかの魔術の才能を持ってるな」


「ユズ」


「ユズ?名前か?」


「・・・」


 ユズは無言で頷いた。


「へぇ。異世界を渡り歩いてきたが、和風の名前に巡り合ったのは久々だ。両親が名付けてくれたのかい?」


「・・・」


 ユズは無言で首を振り、俺を指さす。


「・・・なるほどな。色々あるらしいが、詮索はしないでおくさ。それより、このまま話してても埒が明かねえ。代表は誰だ?」


「・・・このギルドの代表という事なら、俺だ。名はヒヅキ」


 これ以上ユズに負担をかけさせないために、自ら名乗り出る。


「あんたも和風な響きだな」


「俺が聖書と呼ぶ書物から拝借した名前だ。両親から貰った名前は別にある」


「なるほど。とりあえず、俺とサシで話をしないか?」


「彼らも同席させたいんだが?」


 そう言って、集まっている面々へと視線を向ける。


「いや、アンタ一人と話したい。横からあーだこーだと口を挟まれるのは嫌いでな」


 勇者の勝手な言い様に、何人かがまなじりを吊り上げた。


「・・・わかった。ただ、秘書官の彼女だけは同席させる。口は一切挟ませない。そういう条件ならどうだ?」


「いいぜ。妥協点としてはそんなところだろう」


 フィゼリナだけは同席させたいという俺の譲歩に、勇者はぞんざいに頷いた。


「そういうわけだ。少しこの勇者と話してくる。全員業務に戻ってくれ。詳しい事は後ほど、また皆を集めて話す。勇者の件は、口外禁止だ」


 不満顔の面々にそう断って、俺は勇者とフィゼリナを連れて執務室へと向かった。











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「へえ、ここがあんたの仕事場か。防音も多少されてるし、部屋の雰囲気もいいじゃないか」


 自室で用事を済ませてきた俺は、執務室へ戻ってくるなり、待たせていた勇者にそんな言葉で迎えられた。


「お気に召したようで何よりだ。そっちのソファにかけてくれ」


 腰に両手を当てる格好で室内を見回していた勇者は、来客用のソファへと遠慮なく腰を下ろした。


「フィゼリナ、すまないが茶を頼む。例の奴をな」


「・・・」


 フィゼリナは、無言で一礼して給湯室へと向かった。今の時点から、約束通り一言たりと話さないよう努めているらしい。空気が読めるのは有難いが、真面目すぎるとも思う。まあ、俺はそこを買って秘書官として選んだわけだが。


「さて、とりあえず何から話して欲しい?」


「オレが倒すべき敵と、戦う上で必要な情報全てだ」


 勇者は、こちらの問いに対して明瞭簡潔な要求を返した。


「なら、この帝国についての最低限の知識と、俺達人間が敵と定める存在についての概要。それに、敵の親玉と思われるバケモノについて現時点で把握できている情報と、このギルドという組織について。こんなところか?」


 俺がざっと必要そうな情報を上げ連ねてみると、勇者は口笛を吹いて見せた。


「話が早くて助かる。ただ、冒険者ギルドについての説明は要らない。他の世界でも、似たような組織は見てきたからな」


「そうか。では、それ以外について手っ取り早く話すことにしよう」


 他の世界にも、うちのギルドと似たような組織は存在するらしい。非常に興味を惹かれる話だったが、ともあれ先に情報を提供するべきはこちらだろう。





 そう考えて俺が口を開こうとしたところで、フィゼリナがお茶を持ってきた。陶器の中に注がれたそれを見るなり、予想通り勇者が反応した。


「こいつは・・・緑茶か?」


「やっぱり分かるのか。そう、こいつは緑茶だ。あんたと関わりの深いであろう、ニホンという場所から仕入れた一品だ」


「・・・どうして、オレとニホンとやらが関係あると思う?」


 勇者は、警戒していることをあえて隠さずにそう訊ねた。一種の威嚇のようなものだろう。


「さっき話していた時に、和風の名前を聞いたのは久々と言っていたからな。和風っていうのは、ニホンの文化に関わる言葉だと俺は認識している」


「なるほど、それでオレが日本に関わりがあると看破したのか。だが、そもそも和風という言葉やニホンという国をどうやって知った?」


「こいつさ」


 そう言って、俺は自室から取ってきた聖書を机の上に置いた。


「こいつは、ニホンのライトノベルか」


「やっぱり知ってたか。・・・実は、この本に書いてあった冒険者ギルドってのを参考にして、俺はこの組織を立ち上げたんだ」


 俺がそう暴露すると、勇者は目を丸くした後で大笑いを始めた。フィゼリナが、「これが例の・・・?」と思わず呟いていたのも気がついていないらしい。


「・・・いやあ、こいつは傑作だ!嘘から出た実ってのはまさしくこの事だ。まさか、ニホンで空想された組織をそのまま現実にするとはな!その行動力は気に入ったぜ、ヒヅキ!」


 何故か知らないが、勇者に気に入られたらしい。まあ、相手から好感を持ってもらえること自体は悪い事じゃない。特に、交渉事を円滑に進めるためには。


「それじゃあ、お互いに面倒な事はさっさと終えてしまうとしよう。帝国の現状についての説明からでいいかな?」


「ああ、よろしく頼むわ」


 だいぶ態度が軟化した勇者に、俺は説明が冗長にならないよう配慮しながら語り続けた。

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