閑話休日

「・・・」


 今日は、十日に一度だけ訪れる至福の日。つまりは、俺の休日だった。


 ギルド五階の私室、その部屋にあるベッドの上で、シーツを蓑虫のように巻きつけながら読書に勤しむ。


 傍らの床に積んであるのは、俺が聖書と呼ぶライトノベルのシリーズである『パンピーで無能な俺は、異世界に召喚された今では勝ち組勇者です!』全巻。


 全部で十巻あるうちの八巻まで読み進めたところで、部屋の扉がノックされる。はて、休日なのに俺に用事だろうか。まさか、余程の緊急案件が入ったとか?・・・面倒臭い。ぶっちゃけ、今は無気力モードで、ベッドから起き上がりたくない。仕事なんでもっての外だ。


 とはいえ、無視するとそれはそれで気になってもやもやするので、軽く髪を整えて仕方なくドアを開ける。





「やっほー、マスター。休憩時間だから遊びに来たよー」


「お邪魔します」


 入室の許可も得ず、我が物顔で不法侵入を果たすフィー。その後ろから、丁寧に挨拶はしつつもしれっと許可なく入室している点はフィーと変わらない。


「多分、作るのが面倒でお昼ご飯も食べてないだろうと思って、サンドイッチを差し入れに来たよー」


「手土産としては上々だが・・・二人ともプライベートって言葉知ってるか?」


「何それ?サンドイッチの種類?」


「新しい魔術の系統?」


 二人揃って、的どころか焦点の外れた回答を述べてくる。それぞれの思考回路が垣間見えるような回答内容に、思わず笑ってしまう。フィーは馬鹿にされたと思ったのか、わずかに頬を膨らませてみせている。わかりやすい不満の表明だ。


「まあいいや。サンドイッチの対価代わりに滞在を許そう」


「あたし、そんなに悪いことした?」


「大罪の意味が違う」


 素の勘違いなのか、あるいは同音異義語を使ったボケなのか。フィーは明らかにしないままにベッドへとダイブし、シーツを抱え込んでいる。


「んー。マスターの臭いだぁ」


 色んな意味でドキッとする発言はやめてほしい。・・・俺ってそんなに体臭強いだろうか?


 ユズが、そんなフィーを羨ましく見ているのは気のせいだと思いたい。


「・・・うにゃ?ここに積んである本って、もしかして”漂流物”?見たことない文字だけど」


「!?」「!」


 三人の視線が、積まれている本の表紙へと集中する。疑問府を浮かべるフィー、興味津々なユズ、そして、己の迂闊さを悔いる俺。


「・・・ははーん、なーるほど。察するに、これがマスターが常日頃から口にしている聖書なんだ」


「まてこら、勝手に触るな!」


 ページを捲り、冒頭のカラーイラストの部分をこちらに見せつけてフィーが感想を口にする。


「なんでこの女の人、武器は立派に見えるのに防具は薄着なの?おへそとか丸見えだし、軽装の度合いを超えていると思うんだけど」


「創作の世界だからじゃないかな?」


「なるほど。男性の需要に応えようという心意気なわけね」


「理解が速い!そして、なんでそんな言葉を知ってるんですかねぇ!」


「クライスやキールスがそんな話をよくしてるから」


「あいつら・・・」


 純粋な少女になんて話聞かせてやがる!二人とも、次の年俸にペナルティを課してやろうか。


「ユズもよく聞かされてるよ?あたしと一緒にいること多いし」


 決定。あいつらの年俸を一割削減しよう。


「・・・読んでいい?」


 ユズが、積まれた聖書を指して許可を求めてきた。無断で各巻のイラストを漁っているフィーに比べればマシだが、顔には『ヨム。ゼッタイ』と書かれている。却下した場合でもフィーと違って強硬手段に出ることはないが、ひたすらに俺の周囲に張りつきながら求め訴えかける視線のビームを照射し続けてくる。無言のままに上目遣いでこちらの目を見続けてくる上、目を合わせなくても背後から視線を送ってくるので、最終的にはこちらが折れることになる。強硬手段ならぬ強軟手段といったところか。


 どのみち許可するのなら、無駄な抵抗などしない方が賢明だろう。無駄に精神力と好感度が削れていくだけだ。


「いいよ。ただし条件付きだ。本は折り曲げない事、汚すのも禁止。本の側で飲食なんてもっての外だ。そして、現在進行形で本を散らかしているフィーを何とかしてくれ」


「御意」


 ユズは短くそう言うと、フィーに視線を合わせてただ見つめる。数秒後、フィーの姿は唐突に消えた。続いて立ち上がったユズは、部屋の入り口へ向かうや否やカチャリと鍵を閉めてしまった。その動きに少し遅れて、ドアが猛烈な勢いでノックされる。


「こらぁーフィー!!転移魔術で外に放り出すのは反則でしょう!!」


 どころか、怒鳴り声まで聞こえてくる。流石にドアを破壊してまで侵入してくることはなさそうだ。


 ・・・以前それを実行した時は、お仕置きの為に三日ほど口を利いてやらなかった。フィーにとっては結構なダメージだったらしく、それ以降安易に物を破壊する行為はしなくなった。可愛いところもあるじゃないかと、俺は内心で微笑んだものだ。


「・・・」


 ユズが無言でこちらを見上げてくる。


「許す。俺の休日と聖書の為なら致し方ない」


 望んでいるであろう返事を返すと、ユズはこくりと頷いてフィーの散らかした聖書をまとめていく。そして一巻を探し出して手に取ると、ベッドに腰かけて表紙を興味深そうに眺める。


 そして、開いて一ページ目の表題を見て首を傾げ、再び表紙を見て納得したように微かな吐息を漏らす。


 どうやら、かつての俺と同じ思考を辿っているらしい。


 ユズがイラストのページを突破して本編の文章へと入り、それに集中し始めたのを眺めながら、俺はサンドイッチに手を付けた。


「ユズぅ!今度覚えてなさいよ!!」


 後ろのドア越しに聞こえてくる怨嗟の声は、気にしないことにした。











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「・・・ん」


「ユズ。少し休憩してお茶にしないか」


 ユズがノンストップで三巻まで読み終え、満足そうな吐息を漏らしたのを見て声をかける。異界の文字は魔術師にしか読めず、文章をこちらの言葉へと無意識に変換する度に微量の魔力を消費していく。


 細かい文字を追っている上に魔力まで消費するため、長時間読書を続けると頭痛を起こしがちだ。


 ちなみに、魔術師のみが異界の文字をすらすらと理解できるというのは、瘴気が脳に作用することで魔術を使えるようになるという説の根拠ともなっている。


「いただきます」


 ユズは四巻へと伸ばそうとしていた手を途中で止め、ローテーブルの方へと両手と両膝を使った四足で歩いてくる。フードも相俟って、ますます黒猫に見える。これで、にゃーんと猫の鳴き真似でもしようものなら、俺はその可愛さに悶えるに違いない。無表情でも一向に構わないが、笑顔なら破壊力は倍以上だろう。


 そしてローテーブルの前まで来ると、女の子座りあるいはあひる座りと通称される体勢を取り、部屋にストックしてあったクッキーを両手で齧り始めた。これがフィーなら、胡坐をかいた上でクッキーを丸ごと口へ放り込んでいることだろう。ある意味正反対な二人ともいえる。だからこそ、よく喧嘩こそしつつも仲がいいのかもしれない。


「で、異界の書を読んだ感想は?」


 自分のおすすめの本を読んだ相手に感想を聞きたくなるという人は多いはずだ。なにせ、俺もそういう手合いなのだから。本の部分を料理や有名人と言い換えれば、共感してくれる人は一層増えるに違いない。これも同調現象の一種だろうか。いや、むしろ承認欲求の方が近いだろうか。





 そんなどうでもいい思考で遊んでいると、ユズが返答をくれた。


「不自然な所が多い。敵との戦いに赴く際に、女性だけが露出の多い服装だったり」


「フィーも指摘してたが、それは娯楽性を重視した上での工夫だと思うよ」


「表題が既に物語の概要全てを表していて、結論が見えている点も」


「おそらく、初見の人に手に取ってもらいやすいようにする工夫だと思われる。内容の概略を表題とすることで、そういった内容を望んでいる買い手に訴えかけているんだろう。この小説は、その過程を楽しむ物なのだと思うよ?」


 想像に推測を重ねた話でしかないけど。


「あと、異世界にやってきた主人公の持っていた物が、カジキマグロなる魚だったという点も」


「それは俺も意味が分からなかった。多分、ギャグのようなものなんだろう。突飛な状況をいきなり提示することで、その非現実的な様を想像させて笑いを取ろうとしたんじゃないかな」


「そしてそれを、魔術で凍結させることにより武器として使う発想も」


「同じくギャグの一環だろう」


「で、まともな武器を手に入れたら、迷うことなく解体して皆と食するという・・・」


「ギャグ!以上」


「・・・異世界の文献は奥が深い」


 このままユズに付き合っていたら、聖書を読み返した時に楽しめなくなりそうだったので、食い気味に回答して反論を封殺しておく。


「もう一つ気になるのは、一巻に描かれていた魔術陣。あの紋様は、あまりにも規則的過ぎてしかも単純」


「あー、あの勇者召喚の時の挿絵に描かれていたやつな。初見の時は俺も気になったな」


 あの本が出版された異世界ではどうなのか知らないが、こちらの世界での魔術陣はあんなに単純かつ、図形的にすっきりしたモノにはならない。魔術陣の円の中には、魔術の内容や威力、指向性、その他付随する情報を全て線や図形として描き込まねばならず、あの本のような美しい紋様にはならない。特に、威力を重視する場合や付随させる情報が多い場合には、一見すると子供の落書きのような代物となる。同じ炎弾の魔術陣でも、描きこむ線や図形は各々のイメージによって異なるため、出来上がる魔術陣は全く別物となる。


 例えば同じ二等辺三角形を描いて見せたとしたら、ある魔術師は射程距離を表したモノと言うし、別の魔術師は炎の属性を表していると回答するだろう。故に、誰かが描いた魔術陣を別の人物に使わせることは難しい。


「まあ、当たり前の話だが、こことこの本が書かれた地とでは、世界の法則そのものが違うはずだ。前提が違うなら、魔術の在り方だって違ってくるのは当然なんじゃないかな?」


「でもこれ、その世界では架空の話ではないかと。主人公の反応的に」


「・・・たしかに。まあ、向こうの世界で空想される魔術陣というのは、こういったモノがポピュラーなんじゃないかな?煩雑に過ぎるこっちのに比べて、見栄えも良いしな」


「・・・たしかに」


 俺と同じ言葉を使いつつ、ユズが納得の吐息を漏らした。今のは、俺のを真似たのだろうか。だとしたら、愛らしさポイント+10だ。


「続き読む」


 自分の分のクッキーとロセル茶を殲滅したユズが、再びベッドへと四足で戻っていく。猫耳だけでなく、尻尾をつけてみるのもいいかもしれない。寝巻用のローブでも作って、それに尻尾を付けてもらおうか。どうせ、依頼で数日ギルドを離れた後には決まって寝床へと侵入してくるので、肝心のその姿が見られないということもないだろう。ちなみに、侵入の際は転移魔術で唐突に押し掛けてくるので、非常に心臓に悪い。





 再び文章へと集中し始めたユズを見つめつつ、そんな不埒気味な事を想う。


 そのまま見つめていたら、衝動のあまり実際に行動に移しかねない精神状態だったので、俺はロセル茶のお代わりを入れるために、キッチンへと向かうのだった。


























 ・・・後日、フィーの機嫌を直すのに骨を折った事は言うまでもないだろう。

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