責任の所在
「・・・なるほどな。その巨大ミューカスのデータは記録しておく。いずれ、ノルノの方にも話を聞いてみよう」
クライスから一通りの報告を聞いたヒヅキは、それ以上何も言わなかった。
「・・・叱らないのか?」
「叱って欲しいのか?」
「いや、てっきり叱られるものかと。せっかく俺を信頼して任せてくれたのに、二人も新米から犠牲を出しちまった」
「予定外の新種が出たんだろう?なら、その程度の犠牲はやむを得ない。むしろ、一人か二人くらいベテランの魔術師を加えるべきだったかもしれないな」
「やむを得ないって・・・。ここまで大切に育ててきた新人なんだろう?そんな簡単に割り切れるものなのかよ」
クライスは、二人も犠牲を出したのだから叱られるのは当然だと考えていた。しかも、手塩にかけて育ててきたはずの若い新人をだ。責められて当然だと思っていたし、自分でも自身を責めていた。しかし、予想外にヒヅキの反応が淡泊だったので、却って苛立っていたのだった。
「そうだな、大切な新人だった。今回のことで若い命が失われたのは、残念でならないな。・・・それで?」
「それで?だと・・・!?未来のある若者をむざむざ死なせてしまったんだぞ!?それなのに・・・」
「なあ、クライス」
突如、それまで平坦だったヒヅキの声に重さが加わった。いよいよ、叱られるかとクライスは覚悟を決めた。しかし、叱責というのは間違っていなかったが、叱責を受けた理由は彼が想像していた者とは違っていた。
「お前、いつからそんなに傲慢になった?」
「・・・はい?」
「お前はいつからそんなに偉くなったんだと訊いている」
ヒヅキの言葉の指している先が分からない。そのため、クライスは返答できず、ただ黙っているしかなかった。
「分かっていないようだから教えてやる。お前、今までにギルドの戦力を指揮をした回数は何回だ?」
「何回と言われても、多分五十回は超えていると思うが」
質問の意図が分からない。それでも、クライスは精一杯の回答を返した。
「そうだな。それで?お前が指揮した戦いにおいて、今までに死なせてきた冒険者は何人だ?」
「何人か・・・までは。多分、今回のを含めて二十近くだと思うが」
「そうだな。それで?若手を死なせたのは今回が初めてか?」
「・・・いや、過去にも五人くらいは」
「それで、だ。その時お前は、今日と同じ様に自分自身に怒りを向けていたか?罰を受けたがっていたか?」
「今日ほどではないにしても、悔やむ気持ちや自分への怒りはあった」
「なら、ベテラン冒険者を死なせてしまった時はどうだった?同じように、心の底から自分への怒りを感じたか?」
「いや、今回のように将来有望な若手をみすみす死なせた時よりは・・・」
そう言ったところで、クライスは頬に衝撃を感じ、次の瞬間には床に倒れていた。
「それが傲慢だと言っているんだ。ベテランの冒険者はともかく、若者を死なせたのは悔しい。まして、それが期待の新人だったら尚更だってか?ふざけんなよ!」
ヒヅキがクライスの襟を掴み、至近距離で言葉を叩き付ける。ソファの方でのんびりしていたフィーとユズが、突然の豹変に目を丸くしている。特に、フィーの方は仲裁に入るべきか悩んで、無意味に手をわたわたと動かしていた。
「てめえ、いつから人間の命の価値を決められるような身分になったよ!ベテランだろうが、エリートだろうが、若者だろうが、人間の命ってのは等価値だろうよ!そこを履き違えてんじゃねえぞ!」
クライスは、反論すらせずにただヒヅキの目を見つめている。フィーは、彼のその姿を見てソファに腰を落ち着けた。視線はクライスに固定したままだったが。
「俺は、人間の価値ってのは皆等価だと考えている。そもそも、俺も同じ人間なんだし、人の価値を決める権利なんてないと思っている」
クライスは、口を挟まずただ耳を傾ける。ヒヅキも、襟から手を放して少しトーンを下げて続ける。
「王だろうが、ギルドマスターだろうが、隣に住んでる老夫婦だろうが、関係ないと俺は思う。だが、実際にそう主張すれば、王を守るために戦って死ぬ人間だっているだろうって反論もあるだろうさ」
ユズが、ひっそりと小さく頷いていた。
「それは、他人の価値を自分で決めてるんじゃない。自分で自分の価値を決めているんだと俺は思う。自分の価値は、この人よりも下だ。そう考えているから、愛する者や尊敬する相手の為に自分の命を使う。俺は、他人の価値を勝手に決める行為には虫唾が走るが、自分の価値を定める事まで否定はしない。本当の意味で、自分を自由にできるのは自分だけだからな」
そこで、そこまで口を閉じていたクライスが、反論に転じた。
「なら、あいつらの命だってあいつらの自由だろう。俺は、そいつらに命令するばかりで、守ってやることはできなかったんだ。偉そうに指示を出して、その結果何人もの仲間を死なせてきたんだ」
血を吐くような苦しげな声で、クライスが絞り出すようにそう懺悔した。
フィーが、両手を胸に当てて俯く。彼女は指揮を執ったことはなかったが、クライスの話には共感できた。
「それは、そいつらの自己責任だ」
「なっ!?」
何かしら温かみのある言葉をかけるだろうと予測していたフィーにとって、その突き放した言い様は予想の遥か外だった。クライスも、言葉を継ぐことができず、ただ口をパクパクさせている。
「冒険者になったのも、ギルドに所属ないし協力することを決めたのも、魔物との戦闘に赴いたのも、全てそいつの意志だ。お前の指揮に異議を唱えなかったのも、その結果自分を守り切れずに死んでしまったのも、そいつの自己責任だ」
そんな冷たい言い方はないよ!とフィーは叫ぼうとした。しかし、機先を制したユズによって口を塞がれてしまう。しかし、クライスがフィーの心中を代弁していた。
「その割り切り方はあんまりだ!少なくとも、指揮に異議を唱えなかった点については、俺達を信頼してくれていたからだ!その信頼を裏切った責任は取るべきだろう!」
「そんな法律やギルド規則は存在しないが?」
「人間としての不文律だ!」
「そもそも、責任を取ると言ったって、具体的にどうする?賠償金でも支払うか?お宅の息子さんは、人類の未来の為に勇敢に戦って、貴い人柱となりました。その生き様に崇敬の念を抱くと共に、そんな前途有望な若者をむざむざ死なせてしまった事を金銭にてお詫びしますってか?」
「それは・・・」
「それとも、命の責任は命で償うか?息子さんを死なせた責任をとるために、俺も腹を斬りますってか?誰が得するんだ、そんなもん」
ヒヅキの眼光が鋭く冷たくなっていた。それに影響されて、室温まで下がっているんじゃないかと錯覚するほどに。
「そもそも、今回の二人の死因についても、障壁を張り損なって死んだのと、触手に反応できずに捕まって死んだと聞いているが。どちらも、本人が危機管理を徹底していれば避けられたはずの死だろう。指揮官に責任などありはしない。本人のミスだ」
「いや、でも・・・」
「指揮官の指示や作戦自体にミスがあって、他人が死に至ったのであれば、その責任は受け止めるべきだろう。だが、今回のお前の采配にミスがあったとは思えない」
「だから、巨大ミューカスと対峙した時に、すぐに新米たちを逃がしてさえいれば・・・」
「ミューカスにダメージを与えて体積を減らすことができず、最後にお前が採った策は通用しなかったろうな。代わりに、前衛の面々やお前やノルノが犠牲になっていたかもしれん。下手をすると、街の被害がもっと拡大していたかもしれない」
実は今回の一件で依頼を出してきた街では、水源からの水と共にミューカスの毒素を摂取したことを原因として、数名の死者が出ている。今でも水質の完全な回復はできておらず、飲用としての使用は禁止、農作物についても、国が保有する専門家によって検査がされている状態だ。
「それでも、俺がもっと早くあの手を思いついていれば、あるいは他の妙案を思いついていれば、犠牲は出なかったはずだ!そうだろう!?」
「そいつは、自己過信だな。お前は、お前の出来る最善を尽くしていたはずだ。手を抜いていたなどならまだしも、それ以上ができたはずだと言い張るのは、それこそ傲慢だろう」
再びのフィーの激発を止めるために目を配りつつも、ユズはその言葉に小さく頷く。
「だったら・・・それなら俺は指揮官として失格だ。それはつまり、俺の能力が足りていなかったってことだろう!?」
「自分に厳しくあろうとするならの、そうとも言えるだろう。ただ、それなら責任を取るべきは、お前を指揮官として任命した俺にあるということになるな」
「・・・え?」
思いもよらない話の流れに、クライスが目をパチクリさせている。
「そうだろう?お前の能力なら充分だと判断して、任せたのは俺だ。なら、責任は俺にあるということになる。これは、理屈もクソもない道理だろう。いくら予想外の出来事があったとはいえ、それは言い訳にはならない」
「なら、貴方は俺を叱るべきだ。俺を信頼して任せたんだろう?それを俺は裏切ったんだから」
「信頼とか裏切るとか言う言葉が好きだな、お前。俺はむしろ、お前にそんな重荷を背負わせてしまったことを、申し訳なく思っているくらいなんだが」
「どうして・・・」
「お前がそこまで自分を責める原因を作ったのは、誰でもない俺だ。ここまで議論してきたが、そもそもの議論の元凶が俺なんだ。部下をそんな目に合わせたんだし、いくら俺が能天気で面倒臭がりのろくでなしでも、申し訳ないとは思うさ」
クライスが何か反論しようと口を開きかけるが、それをヒヅキが遮った。
「それでも責任を取りたいというのなら、これからもギルドの為、人々のために戦え。戦い続けろ。その剣が握れなくなるか、戦場で力尽き、命果てるまでな。そして、二人の新米を死なせたことを教訓として、より良い指揮を取れるようになってみせろ」
クライスが、口を引き結んで拳を握る。
「俺は、お前の三倍は前線で指揮を取って、やはりお前よりはるかに多くの仲間を死なせている。今回のように、直属の部下に任せた戦いで死なせてしまった数を含めれば、比べ物にならない数だ」
そう語るヒヅキの目に、後悔などは見られなかった。ただ、強い意思のみが宿っていた。
「だから俺は、死なせた仲間の分も戦い続ける。戦場でも、それ以外でもな」
地下に専用の訓練場を作り、教官まで雇った上で冒険者志望の者を鍛えているのも、その一環なのだろうとフィーは察した。いや、それを言うなら冒険者ギルドという存在自体が、そんなヒヅキの理念を形にしたものなのかもしれない。
「・・・わかりました。盟主の言葉全てに納得したとも、盟主の考え全てを理解できたとも言えませんが・・・。俺は、これからも戦い続けようと思います」
クライスが、まるで制約のようにそう宣言するのを見たヒヅキは、
「そうか」
とだけ短く答えて頷いた。
「なら、今日は休め。報告ご苦労だった」
クライスは、無言で一礼して退室しようとする。その背中に、ヒヅキが一声を放る。
「クライス。お前たちの生還祝いと、死者への手向けだ。今夜は一杯付き合え」
その言葉に、クライスは小さく頷いてそのまま退室した。
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