過酷な初陣

「魔術師は全員、あのデカブツを狙え!火炎魔術の集中砲火で消し飛ばすぞ!」


「前衛はひよっこ達を守りな!周囲の警戒は、あたしがやる!」


 指示を出したのはクライスが先だった。ノルノがそれに合わせて前衛へと檄を飛ばす。


 数秒と経たないうちに、巨大ミューカス目掛けて火球や炎弾が飛んでいく。それらは、ミューカスの表面に着弾しては、ゼリー状の隊組織の一部を蒸発させる。しかし、その体積の大きさ故に決定打とはなっていない。


「確実にダメージは与えているぞ!そのまま攻撃を続けろ!!俺も援護する!!」


 魔術師達が浮き足立つ前に、クライスが先手を打って具体的な指示を出す。やるべきことに集中させている間は、人間は恐怖を押さえこむことができると、クライスはよく知っていた。加えて、自分が参戦すると明言することで、わずかでも安心感を与えようという意図もあった。


 有言実行。クライスは、胸ポケットから魔術陣の描かれた紙きれを取り出し、陣を巨体の方へと向けて魔力を流す。新人魔術師達の放っている火球の三倍程度の大きさを誇るそれが、巨大ミューカスの中央に大穴を開けた。穴の空いた箇所に周囲からゼリー体が流入し、瞬く間に傷口こそ塞がっていくものの、大きさは一回り小さくなっていた。


 威力は期待できないはずの魔術陣で、自分達以上の火球を放ってみせたクライスに、新米たちから感嘆の声が漏れる。


「手を止めるな!撃ち続けろ!このままうすらでかいだけの粗大ゴミを、焼却処分にしてやれ!」


 クライスは口で新米たちを鼓舞しつつ、次の紙を取り出すために手も並行して動かす。先程の紙は、火球を放った際の余波で燃えカスとなっている。


 クライスの二撃目が、巨体の頭頂部分を吹き飛ばす。三撃目の準備をするクライスに、ノルノが疑問をぶつけた。


「さっき湖に逃げていたミューカス達の目的があいつだったとして、どういう意図があったんだろうね」


「ミューカスに意図なんてものはないだろう。あの親玉らしき存在が、ミューカス達を呼び寄せたんじゃないか?」


「だから、何のためにさ?」


「俺が知るかよ。それに、気づいてるか?あいつ、身体に核が見当たらないぜ」


「もしかしたら、湖の中に沈んでいる部分に隠しているのかも?」


「ありそうだな。問題は、水中に沈んでいる部分にどうやって攻撃を加えるかだな。湖ごとあいつを凍らせてから砕くってのも現実的じゃないし、雷魔術は直接の破壊には向かないしな。・・・とりあえずは、見える部分を消し飛ばしてから考えるか」


「そうだね。それしか・・・っ!?クライス!」


「ああ、見えている!」


 言葉の途中で急に大声を上げたノルノに、クライスもわかっている旨を伝える。


 巨体の水面下に没している部分から水上に見えている部分へと、様々な種類のミューカス達が昇っている。


「あのまま自身と同化させるとか?」


「そのくらいで済むなら御の字なんだけどねえ」


「違うと思うか?」


「勘だけどね」


「お前がそう言うなら、多分そうだな」


 ノルノが端折りすぎな回答を返す、しかしクライスは端折った部分も理解した上で信じる事にする。


 女の勘にしろ、戦士の勘にしろ、こういう時には大抵当たるからだ。


 そして、ミューカス自身がそれを証明するかのように動き始める。


 体内に取り込んでいたミューカス達を、クライス達一行目掛けて、次々と射出してきたのだ。


「最悪だ、くそったれ!」


 そう毒づきつつ、クライスは脊髄反射で障壁を展開する。自分とノルノを守れる範囲に広げた障壁の表面に、飛んできたミューカス達がべちゃぺたと貼りつく。


「あばよ」


 障壁の表面がミューカスに埋め尽くされていく光景を見ても、クライスは動じない。短い別れの言葉を呟きながら、撓めていた人差し指でフィンガースナップを一つ。障壁は炎の壁と化して、貼りついたミューカス達を蒸発させていく。


「手間かけたね」


「いいってことよ」


 ノルノの申し訳程度の礼に、クライスもウインクを作って返す。


 ミューカス達が全て気体になったのを確認して、障壁を解く。即座に状況を確認。


 新米魔術師の内、五名はクライスと同じく障壁を張って、付着したミューカス達に炎を浴びせている。


 しかし、障壁を張り損ねたらしい一人は、複数のミューカスに貼り付かれていた。


 アシッドミューカスに接触している部分は既に皮膚が爛れているし、足先からはブラッドミューカスがにじり寄っている。


「凍れ!」


 クライスは、魔術陣を使わずにイメージで氷魔術を行使する。細かく指向性を調整できない魔術陣では、ミューカスだけをピンポイントに凍らせるのは難しかった。


「うらぁっ!」


 凍ったミューカス達を、ノルノが絶妙の力加減で砕いていく。振るわれるハルバードは、人体の方には傷一つつけていない。


「お見事」


 クライスは端的にその技量を称賛し、倒れたまま動かない魔術師の様子を確かめる。そして、何かに気付いたように顔を顰めると、すぐさまその体に火を放った。


「ダメかい」


「体内に複数のミューカスの分身が入りこんでやがる。もう助からない。それよりも、前衛達の援護をしないと」


 クライスが動かした視線の先では、前衛達が武器や盾を振るって、必死にミューカス達の接近を防いでいた。


「魔術師は、自身の周囲のミューカスの駆除に集中しろ!前衛は、そのまま自分の身を守れ!順次、援護の魔術を放つ!」


 そう叫びながら、クライスは次の紙きれを取り出し、前衛と近い位置にいるミューカス達へと炎弾を放つ。それは軌道の途中で複数に分裂し、ミューカス達を一匹ずつ確実に煙にしていく。


 しかし、巨大ミューカスはその様子を黙って見てはいなかった。


 体から生成されたゼリー状の触手が高速で伸ばされ、障壁を解いて周囲のミューカスの処理に当たっていた魔術師を捕らえた。即座に触手が収縮し、悲鳴だけをその場に残して魔術師が巨大ミューカスの体内へと取り込まれる。しばらくの間、その魔術師は溺れてもがくような仕草をしていたが、やがて動かなくなり、その体はあっという間に溶けて消え去った。


「ミューカスに、取り込まれた・・・?」


 新米魔術師の一人が、呆然とした様子でそう呟いた。顔には既に恐怖の兆しが浮かんでいる。


「手を止めるな!お前も飲みこまれるぞ!!」


 クライスが声を張り上げつつ、新米に襲い掛かろうとしていたミューカスを炎弾で燃やす。我に返った新米は、慌てて魔術の行使を再開した。


 その魔術師目掛けて、再び触手が伸びる。


「二度はやらせん!」


 その触手が伸び切る前に、クライスが先端から凍結させる。次の瞬間には、ノルノがハルバードを振り下ろして、氷漬けになった部分を斬り落とした。念のために、斬り落とした部分は粉微塵に砕いておく。


「安全を確保した魔術師は、デカブツへの攻撃を再開!触手が来たら、最優先で凍らせろ!」


 そう指示を出した後、クライスはノルノの方を見た。


「前衛達にたかっていたミューカスは駆除した。あとは本体なんだが・・・」


「さては、何か思いついたね?」


「まあな。ぶっつけ本番、博打の一手だが」


「付き合うよ。それで、どんな作戦だい?」


「急降下からの一点突破」


 クライスは平然とそう答えた。











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「姉さん、どうかご無事で」


「無茶だけはしないでください」


「ありがとよ、心配してくれて。そんじゃ、ちょっくらスカイダイビングと洒落込んでくるよ」


 そう言って、ハルバードを肩に担いだノルノが魔術陣の上に立つ。隣には、愛用の魔術剣に魔力を流し込み続けているクライス。


「では、いきます!」


 新米魔術師の一人が、地面に描かれた魔術陣に魔力を通す。タイミングを合わせて、残りの魔術師が雷の魔術を、牽制として巨大ミューカスへと放った。


 二人を包む魔術陣の光が増した次の瞬間、二人は宙にいた。前触れもなく視界が切り替わったが、二人は動揺しない。転移魔術特有の、視界の不連続性には慣れていた。


 重力に従って二人が落ちる先には、ミューカスの頭頂部。


「任せたぞ、ノルノ!!」


 ありったけの声を上げてクライスが叫ぶ。そして、剣尖を下に向けると、その先端から巨大な閃光を撃ち出した。クライスの切り札、魔力砲だ。魔力を直接エネルギーへと変換し、圧縮したそれを撃ち出す魔術。


 クライスは、剣に刻んだ魔術陣の中に自身の魔力をストックする技術を編み出していた。言わば、魔術剣自体が魔力タンクとしての役目を果たしているのだ。そこに自身の保有する魔力を加える事で、本来なら燃費の悪い魔力砲を、切り札として運用できるレベルにまで昇華させたのだった。


 その自慢の魔力砲は、巨大ミューカスを上から貫いた。そうしてできた空洞へと、ノルノは恐れ一つ見せずに自由落下していく。湖底に激突するまで五秒あるかどうかという僅かな時間。しかしノルノの目は、しっかりとミューカスの核を捉えていた。


「くたばりなぁっ!」


 気合と共に、ハルバードを核に向かって投げつける。それは、狙い違わずミューカスの核を砕いていた。


 中でガッツポーズするノルノの眼前に湖底が迫る。


 そして墜落する直前、クライスの展開した軟性の障壁が、ノルノの体を包みこんだ。





 ミューカスの巨体が、原形を失くして崩れ去っていく様を見て、湖岸に残った前衛の面々は喝采を上げた。


 緊張が解けた新米魔術師達は、揃ってその場に座り込んだが、やはり顔には笑みが浮かんでいた。それは、生き残ったことへの安堵と、強敵を倒したという達成感。


 やがて、クライスとノルノが湖岸へと泳いで戻ってくると、二人は歓呼の声で迎えられた。


 ノルノが、前衛達と笑顔で肩を叩き合っている一方で、クライスは浮かない表情をしていた。


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