新人と新種

 クライス=ラセは、義勇軍の兵士から冒険者へと転職したベテランの戦闘員だ。魔術陣の扱いを得意としており、剣にそれを刻むことで炎や冷気を纏った魔剣を作成して武器としている。


 また、自身の体にも魔術陣を刻み込んでおり、それを起動させることによって身体強化を行っている。瘴気で肉体を強化できない分、魔術で補っているというわけだ。


 義勇軍の頃から前線で戦い続けていただけあって保有する魔力は多く、魔術剣と肉体強化の陣を併用しても、二時間程度の戦闘なら連続して行える。その上、範囲攻撃魔術はもちろん、回復魔術すら扱えるので、まさに器用万能を体現した存在だと言える。





 そんなクライスに与えられた任務は、前衛四人と初陣の魔術師六名を伴ってミューカスの群れを殲滅する事だ。ヒヅキからこの仕事を任された際には、今更ミューカスの相手ですかい?と内心思ったが、候補生上がりの初陣だから、メインで戦わずにフォローだけしてくれればいいと付け加えられて、たまには後輩の面倒を見るのも悪くないと引き受けたのだった。


 今は、依頼のあった街から徒歩で目的地へと向かう途上。仲間と軽口を叩きながらも、周囲の観察は怠らない。油断から奇襲を許した挙句、新人に傷でもつけようものなら、自分の誇りと信頼にも傷がつくことになる。





 ふと後ろを向くと、新人六人はいずれも緊張にこわばった表情をしていた。多少緊張するくらいで丁度いいとはいえ、あまりにガチガチだ。表情だけでなく、脚にまで緊張が伝染していて、ぎこちない歩き方になっていた。しかも、その内の三人は視線がほとんど動いていない。緊張のあまり視野狭窄を起こしているらしい。さすがに見ていられなかったので、発破をかけておくことにする。


「おい、新入生諸君。実戦は初めてじゃないんだろう?そんな切羽詰まった顔をしなさんな」


「確かに、訓練の中で下位の魔物を倒したことはありますが、その時はあらかじめ状況が、限定されていましたから」


 顔合わせの際にコルネリアスと名乗っていた少年が、視線を忙しなく動かしながら答えた。他の新人達も無言で頷いているところを見ると、彼らの総意らしい。


「大丈夫よ。ミューカスの性質は知っているでしょう?一定の距離を取って、魔術をぶち込んでやればすぐにあの世へ旅立ってくれるわよ」


 今回、前衛のまとめ役として参加しているノルノが、ハルバードを肩に担ぎ直しながら笑って叱咤した。


 女性ながら、ギルドでも有数の長物使いであり、性格も男勝りの頼れる姉御だ。その言動の粗雑さから、戦闘においても荒々しい戦い方をするのだろうと思われがちだが、実際には得物の強みを存分に生かした技術寄りの立ち回りを得意とする。模擬戦では、リュッセルともいい勝負をする女傑だ。


「苦しい訓練を乗り越えて、ようやくあの人に認めてもらったんだろう?自信を持てよ。それにお前らだけじゃない、俺達もいるんだ。頼りにしていいぞ?」


 クライスがそう言って得意げな顔を作ると、心得たとばかりに前衛の面々が武器を掲げて不敵な笑いを浮かべる。


 その様を見て、新人達も少しは落ち着いたらしい。隣同士で小さく話しながら笑っていた。


「やれやれ。俺はリュッセルさんと違って、こういうのは苦手なんだけどなぁ」


 後ろに聞こえないよう、クライスはこっそりと愚痴を零す。


「あんたもベテランなら、シャキッとしなよ。でないと、あんたの背中についてきてるひよっこ達が、余計に不安になるよ?」


 ちゃっかり聞いていたらしいノルノが、裏拳と共にベテラン術者に喝を入れる。


「俺は、サブリーダーくらいで丁度いいよ。責任が大きすぎて、軽口一つも叩けやしない」


「それがもう既に軽口だよ、リーダー?安心しな。あんたがブルっちまった時には、あたしが皆もあんたもまとめて守ってやるからさ」


「それは、あまりにもカッコ悪すぎだな。面目丸つぶれだ」


 そう言って、クライスは肩をすくめてみせた。











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「右から二体来るぞ。リゼルラ、イーシア!見えてるな!?」


「はい!すぐに処理します!」


 辿りついた水源地には、種々雑多なミューカス達がわんさか繁殖していた。こちらを見つけてにじり寄ってくるのを、新人達が必死に焼却している。炎が効かない種については、凍結させた上で、前衛が粉々に砕いている。


「短期間の内にこれだけ繁殖したんだろうか?各街でも巡回班を組織して、魔物のチェックはしてるはずだよな?」


「見落としって線はないだろうね。街にも近いし、大事な水源だしね。こいつらが潜伏するような知能を持っていれば別だけど」


「まさか。単細胞の代名詞にもされるミューカスだぜ?」


「もちろん冗句だよ。あの小さな核に脳味噌が詰まっているとも思えないしね」


 ミューカスは物理攻撃に耐性があるとされているが、それは体の大部分を占める粘液状の部分の話だ。中央の核の部分を叩くか斬るかすれば、すぐに体を維持できなくなって地面の染みになる。とはいえ、ミューカスには厄介な特性を持つものも多く、接近戦は推奨されない。逆に言えば、距離を取って魔術で対処すれば処理は容易いのだが。


「盟主が言ってた、タイタバルの銃って言う武器あっただろ?」


 ノルノの言わんとすることを察して、クライスが丁寧に返答する。


「貫通力はあるらしいから、核をぶち抜くことはできるだろうな。問題は、あの小さな核に正確に当てられるかだが。必中を期して近付くのは、本末転倒も甚だしいしな」


「なるほどね。まあ、あたしはこのハルバードがあれば十分だけど。もし銃ってのが手軽に使える飛び道具なら、保険に持っておくのも悪くないかなと思ってね」


「その辺に落ちてる石ころでも投げといたらどうだ。ノルノの膂力なら、馬鹿にならない威力が出るだろう?」


「投げる物が転がっている地形なら、それでいいんだけどね」


 雑談を交わしながらも、二人は周囲を油断なく観察している。幸い、新人達は緊張で動きはぎこちないながらも、しっかりと処理はできている。


 これなら手を出す必要もなさそうだと、二人が視線で示し合わせたタイミングで、しかし自体は急変する。


 こちらへと接近を試みていたミューカス達が、一斉に水源である湖の方へと移動方向を変えたのだ。


「どうなってやがる!?」「俺たち以外の獲物でも見つけたか!?」「いや、ミューカスは自分達に危害を加えるものの排除が最優先のはずだ!」


 新人達だけでなく、前衛達も規定外の動きに面食らっている。


「慌てるな!魔術による処理は続けろ!」


「あんた達!おたついてるんじゃないよ!それでも歴戦の前衛かい!」


 クライスとノンノが、即座に混乱の収拾にかかる。一方で、互いに状況の分析を開始する。


「クライス、こんな動きをするミューカス達を見た覚えは?」


「天敵のミューカスイーターから一目散に逃げる姿を見たことはあるが、今回はそれとは違う。あの時はてんでバラバラに逃げていたが、今回は真っ直ぐ湖に直進だ。ついでに、周囲に魔物の気配も感じられない」


「だよね、気味が悪い。・・・あたし達前衛は、魔術師の周囲で防御陣形を取るよ!全員、目ん玉ひんむいて周囲の警戒をしな!」


 的確な指示だったが、それは実行されなかった。なぜなら、彼らの眼前で湖から噴水が起こったからだ。


 いや、噴水ではなかった。湖の中から、巨大な体積を持ったナニカが姿を現したことによる余波だった。溢れ出した水が皆の靴やブーツを濡らし、飛沫が全身へと降り注ぐ。


「おいおい。これは聞いてねえぞ」


「はは、さながらミューカスの親玉ってところかねえ?こんなところで新種にお目にかかれるとはねえ」


 正反対の反応をした二人の眼前には、彼らの三倍の身長を有する、ゼリー状のの壁がそびえたっていた。

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