布石

 執務室の扉がノックされた。俺は、机に突っ伏したままでぞんざいに返事をする。ここ一週間の激務で、精神がすり切れて気力が底をついていた。


「失礼します・・・?念のため聞いておきますが、体調が悪いのですか?」


 そう訊ねてくるフィゼリナの方へ、机に寝そべったままで顔だけを向ける。


「コンディションはレッドだが、心はブルーだ。イエローラインはとうに超えたさ」


「意味が分かりませんが、とりあえず朗報です」


「なんだ?魔物にだけ感染する都合のいい病でも流行り始めたか?」


「いえ、もっと現実的なものです」


 俺のくだらないジョークにツッコミ一つ入れず、淡々と要件を話す秘書官。彼女も疲労の極みだろうに、立派な事だ。


「タイタバル帝国より、新兵器の供与が始まるようです」


「そりゃ、朗報だ。で、新兵器ってのは?」


「それが、三年前から向こうの帝国で使用され始めた、銃火器の類だとか」


「・・・!?確かな情報か!?」


 本物の朗報に、思わず席を立ってフィゼリナに詰め寄る。


「え、ええ。どうやら、魔物の情報と交換という事で、型落ち品の一部をこちらの帝国に回してくれると」


「ここ最近では一番の朗報だな。これで、魔術に頼らなくても強力な遠隔攻撃が可能だ」


 単純に銃火器とやらに興味もあった俺は、ガッツポーズで快哉を上げた。


「で?もちろんギルドの方にも回してくれるんだよな?な?」


「い、いえ、そこまでの情報はまだ」


「キールス!!」


「うおっ!?急に呼ぶなよ!」


 応接用のソファで微睡んでいたキールスが、驚きのあまり床へとずり落ちていた。


「軍本部へ行って来い!なんとしても、供与品の一部をこちらへ回させろ!!」


「難しいんじゃねえか?そんな強力な兵器なら、軍への配備が優先されると・・・」


「成功したらボーナスを確約しよう」


「よし、ひとっぱしり行ってくるわ!」


 まことに物分かりのいい側近は、窓から飛び出して一陣の風となった。


「・・・こういう事だけは、対応が速いですね」


「気を見て敏というからな」


「キヲミテビン?」


 聖書にあった格言を使ってみたが、フィゼリナは疑問符を浮かべていた。


「フィゼリナ。魔術の訓練に使う的を、多めに発注しておいてくれ」


「用途も理由も分かりますが、気が早いのでは?」


「キールスならうまくやるさ。あいつは、口は軽いけど上手いからな。うまくやるだろうさ」


 ちなみにキールスは、以前の勤め先を自身の軽口に端を発したごたごたで首になっている。そこを、交渉能力の高さに目をつけた俺が拾ったことで、今ここで働いている。


「わかりました。発注しておきます」


「よろしく~」





 ひらひらと手を振って、秘書官の退室を見送る。扉が閉じられたところで、意識して作っていた表情を元に戻す。


「・・・型落ちとはいえ、先進技術の詰め込まれたブツを供与ねえ。・・・どういう裏があるんだか」


 たかだか魔物の情報と引き換えに交換するには、気前が良すぎる気がする。目的は、窮地にあるこの帝国の併合あるいは属国化か、それとも武器はやるから命を張って魔物を駆除しろという事なのか。


 サリシアに魔物が出始めたことで焦ったタイタバルの貴族たちが、これ以上の浸食を食い止めるために進言したというのが一番ありそうだが。・・・まあ、所詮は想像だ。


 当面考えるべきは、キールスの交渉が上手くいったとして、どうやって新しい武器を生かすのか。


 冒険者達は大抵が愛用の武器種を決めており、いくら性能が良いとはいえ他の武器に転換するとは考えづらい。やはり、候補生の中から素質のある者を引き抜くのが手っ取り早いか?


「・・・ともあれ、まずは現物を見てからだな」


 そう呟いて思考を一旦切る。しかし、とある思いつきを元にしてすぐに別の思考が始まる。


「そういえば、あの”漂流物”を専門に扱っている変わった商人。物知りなあいつなら銃についても知っているだろうか」


 曰く、二ホンという異世界へと能動的に行き来できる扉を持つ男。彼は、その異世界から仕入れてきた俺達にとっての漂流物を売っている商人だ。交易都市メルカルにおいて、ひそかに話題となっている変わり者だ。店が開く日はきまぐれで、異界の物だけあって値段も高い。俺が持っている防犯ブザーなる代物も、そこで買ったものだ。


 ついでに言うと、俺にとっては恩人でもある。なにせ、最初の一巻しかなかった聖書の残りの巻を、全て調達して、しかも良心的な価格で売ってくれたのだから。


「同じライトノベル愛好家の頼みは、無下にはできないからな」


 そう言ってニカっと笑ったあの笑顔には、感謝の念以外湧かない。ちなみに、ライトノベルという単語もそいつから教えてもらった。


「あいつ、元気にしてるだろうか」


 あれから、もう二年ほども会っていない。久々に顔を出したいところだが、現状ではそうもいかないだろうな。





 などと考えていると、再びノックの音が鳴る。


「凶報なら間に合ってるぜ?」


 そう意地の悪い返答をしてみるが、それでUターンしてくれるはずもなし。入ってきたのは、緊急依頼担当のスタッフだった。


「えっと、申し訳ないのですが。また緊急の依頼が上がってきまして・・・」


 言葉通りに申し訳なさそうな顔をする女性スタッフに、仕方ないなと言う笑みを作って手を差し出す。


 渡された依頼の文面に目を通し、指示を出す。


「ちょうどいいかもしれんな・・・悪いが、クライスとノルノに今日中に顔を出すように伝えてくれ。それと、後ほど名簿を送るから、そこに記載のあるメンバーは明日のギルド業務開始時間に集合させてくれ」


「了解です」


 依頼の内容は、農業用の水源の傍で繁殖していたミューカス達の排除。放っておくと、水の流れに乗ってミューカス達が農業地へとやってくる可能性があるので、急ぎの依頼にしたという事だ。ミューカス自体は、物理攻撃を受け付けないこと以外厄介な特徴を持たない。この間選抜した魔術師六名の初依頼としては悪くないだろう。クライスとノルノを付けておけば、不測の事態があっても対応できるだろう。あとは、念のためにベテランの前衛も数人同行させておくか。空いてる面子は誰がいただろうか。目的地はそこまで離れていないとはいえ、あまり人数を割くと以降の緊急依頼に支障が・・・。





 様々な考えを巡らせながら、俺はペンと紙を引き出しから取り出した。

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