戦力補充


 二人がギルドへ帰ってきた翌日、俺はユズを連れて地下三階へと来ていた。途中で、新設した地下一階の漂流物売買カウンターに寄ってみたが、あまり賑わってはいないようだった。これは、対策を講じる必要がありそうだ。


 余談はさておき。目的地の扉を開くと、中では二十人程の魔術師が交互に訓練を行っていた。訓練といっても、やっていることは実戦に近い。ペアを組んで、一方が攻撃魔術を繰り出し、もう一方がそれに対処する。


 対処は、術式での防御や相殺に限らない。例えば、ある候補生は氷柱の雨を身体能力のみで回避し、ある候補生は幻術で狙いを絞らせない。


 当然、攻撃側も工夫を凝らす。高火力や広範囲は当然として、本命の攻撃の前に牽制を加える、あるいは本命と思わせた魔術の後に魔術陣を利用した速攻を加える。あるいは同時に複数の魔術を行使し、相手に相殺させないなどなど。


 特に、最後のモノは難しい。魔術を行使するのに大事なものは、源である魔力の他にイメージと指向性がある。例えば、炎弾一つを飛ばすにしても、魔力を練り、炎弾の形や大きさをイメージし、具現化した炎弾を対象へと飛ばすという三ステップが必要だ。イメージが崩れれば不発どころか暴発の危険があり、指向を誤れば具現化したそれは明後日の方向へと作用する。


 ユズのような重力魔術の使い手が貴重な理由は、イメージと指向の調整が難しい点に尽きる。まず、重力をイメージすること自体が難しい。なにせ、炎や氷と違って目に見えない代物だからだ。指向性を持たせるのも難しい。対象一体に作用させるならともかく、一定範囲の空間へ作用させるとなると、境界を定めるのが難しい。また、撃ったら終わりの炎弾などと違って、重力魔術は作用させ続けることに真の価値がある。


 イメージと指向性の限定化を持続させることが困難なのは、ここまでの説明でわかってもらえるかと思う。





 なので、通常の魔術師はイメージしやすい炎や氷をメインとするものが多い。雷を使うものもいるが、こちらはイメージが少し難しい上、余程威力を高めなければ殺傷力に欠けるのが欠点だ。ただし、炎や氷に耐性を持っていても、雷には耐性がないという敵も多く、使い勝手は悪くない。特に、身体が分厚い鱗に覆われている魔物を相手にする際に、心強い武器になる。


 目の前で競っている魔術師達もこれら三種の魔術を使っているが、逆に言えばイメージしやすいそれらは、人間相手となると相殺されやすく防がれやすいという欠点を持つ。それをカバーするための工夫を養う、あるいは別の攻撃手段を構築するというのが、攻撃側の訓練内容だ。


 本能以上の知性を持たない魔物を想定するなら、この訓練は無駄に思えるかもしれない。しかし、自分の手札を増やすという事は、いざという時に使える引き出しを増やすという事と同義だ。


 それが、彼らを救うこともあるだろうと考えて、こういった訓練をさせている。


 対応側については、もっと単純だ。迫る危機に対して、迅速に対処する。あるいは、危機が迫る前に手を打っておくというのは、自衛の基本だ。


 魔術師というのは、イメージに集中する必要がある為に危機への対処が遅れることが多い。実際にそういった場面に陥った時に咄嗟にそれに対処する為、あるいはあらかじめ身を守るための一手を講じておく為の訓練というわけだ。





「・・・ん?」


 ペアが次々と交代していく中で、スカウトした覚えのない顔が混ざっていることに気付いた。特徴のあるキャラクターをしていたので、名前は覚えている。確か、リオといったはずだ。


「なんであの子がここにいるんだ?」


 俺の疑問に答えてくれたのは、隣のユズだった。


「私が誘ったから」


「ユズが?珍しいな」


 ユズは寡黙で、自分から人に声をかけることなど滅多にない。彼女の何がユズを動かしたのか、俺はとても気になった。


「あの子の魔術は、特殊で面白いから」


「ほう?」


 リオが攻撃側らしい。そして異様なのは、相手の候補生はともかく見学者たちまでもが皆防御魔術の準備をしていることだ。


「ご主人様、私の後ろに。それと、念のために自身に障壁魔術を」


「・・・?」


「来るよ」


 ユズは無表情のままだったが、真剣なのは分かった。障壁の為に練っている魔力量も、尋常ではない。俺も忠告に従い、障壁を準備しておく。


「はじめっ!」


 教官の声が僅かに震えていた。そして、突如視界が水色に染まった。それが高温の炎の色だと理解した時には、反射的に障壁を張っていた。


「室内で出す威力じゃねえぞ!?加減ってものを知らないのか!?」


「そうみたい。威力の調整ができないって言ってた」


「欠陥品もいいところだ、畜生め!」


 幸いと、炎の濁流は三十秒と持続せずに終わった。特注の素材で作った壁や床は焦げ目すら残していないが、人は皆揃って荒い息を吐いていた。生き延びたことに安堵している者も多い。というか、数人は本気で死を感じたようで、自分が五体満足な事を確かめて乾いた笑い声を上げていた。


「一歩間違えば死者が出るな」


「大丈夫。選ばれてここにいる人たちばかりだから。これくらいは平気」


「力説してるところ悪いが、ユズも額に汗が浮いてるぞ」


「・・・」


 普段より饒舌なのは嬉しいのだが、悲しいかな説得力は皆無だった。


 大参事を引き起こした本人、リオは部屋の中央で項垂れている。疲労しているのかと思ったが、脚は震えたりすることなく、しっかりと立っている。


「・・・あれだけの威力の魔術を使ったのに、魔力が枯渇している様子はないな」


「そこが面白いところ。威力に比して、消耗が少ないみたい」


「道理でユズが珍しいと言うわけだ。あの規模の魔術を三十秒近くも維持したら、ユズなら頭痛の一つも起こすだろう?」


「間違いなく。だから、あの子は面白い」


 ユズが珍しい事に、声に興奮を交えていた。よく見ると、頬が紅潮して口元がわずかに緩んでいる。どうやら、リオが割とお気に入りらしい。


「あの子をもっと観察すれば、私ももっと高威力の魔術を連続で使えるかも・・・!」


 訂正。リオ本人ではなく、リオの出鱈目な魔術の威力と、それに比して不釣り合いな魔力消費に興味津々らしい。感情を表に出してくれるのは嬉しいが、そんな物騒な理由で大興奮しているのは、少し複雑な気分だ。もし実現すれば、ますます切り札としてふさわしくなるとはいえ、女の子なのだからもう少し”らしい”物事で感情を動かしていただきたい。


「そうすれば、もっとご主人様の役に立てる・・・!」


 その気持ちは嬉しいんだが・・・やっぱり複雑な気分だ。彼女を魔術師として育成したのは間違っていたかもしれない。こうなった原因が間違いなく自分にあることを考えると、少し凹む。まあ、ライムはともかく、フィーもあんな調子なので今更の反省でもあるのだが。


「ユズ。爛々とした瞳をしているところ言い辛いんだが、本来の目的を見失わないでくれよ?次のペアの攻防が始まるぞ」


「・・・」


 ユズは、フードで表情を隠しながらこくんと頷いた。











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「じゃあ、今から名前を呼ばれたメンバーは、明日からギルド直属の魔術師として活躍してもらう。拒否するなら、今この場で表明してくれ。後からの辞退は受け付けない」


 候補生達が、期待を込めた目で俺の方を見つめてくる。視線の集中が恥ずかしいらしく、ユズは後ろに隠れるようにして立っている。


「まずは、コルネリアス=イーストリウス」


「はい!僕を選んでいただき光栄です」


「次に、リゼルラ=ジェリアントス」


「え!?・・・いえ、失礼しました!謹んで拝命します!」


 そんな調子で、六名を新たな戦力として選抜する。そして、おまけが一人。


「以上で、直属メンバーの選抜は終了だが・・・もう一つ発表がある」


 選ばれなかったことに消沈して、俯いたり額に手を当てていた候補生達が、一斉にこちらへと視線を戻す。タイミングを計ったかのように同時だったため、一瞬怯んでしまった程だ。どうにか表情を取り繕って、おまけの部分について発表する。


「まだギルドの戦力として数えるには未熟だが、将来有望な才能を秘めている者が二人いた。その二人については、俺やユズの都合がつく時間に特別講習を行う事にする。こちらも、拒絶するなら今のうちにしてくれ」


 ”特別講習”のあたりで、静聴していた候補生達が一斉に色めき立ってざわめき始める。互いに顔を見合わせて、目を瞬かせている。


「その二名の名前だが・・・まずはリオ=ルゼナルト」


「・・・はい?私の名前・・・えぇっ!?私!?」


 呆けた顔をしていたのが、あっという間に仰天へと変わる。


「あと一人。・・・キュガ=ルミナッツ」


「は、はい!?」


 ショートカットの男の子が、後ろにたたらを踏んでいた。


「リオは、ユズと。キュガは俺と。都合がつくときに、マンツーマンで指導させてもらう。それ以外の日については、今まで通りだ」


 二人が、我に返って一礼する。他の候補生だけでなく、ギルド直属になることが決まった面々まで、二人を羨ましそうな目で見ている。ちなみに、リオをマンツーマンで教えたいと言いだしたのはユズの方だ。普段の寡黙さを考えると教師には絶対に向いていないが、熱意に負けて俺が折れた。まあ、彼女相手ならユズも多少は喋るだろう。自分から志願したわけだし。


「では、候補生は解散。採用が決まった六人は、後ほど四階の会議室へ。迎えを寄越すから、二時間後にこの部屋の入り口に集まっておいてくれ。リオとキュガも、今日のところは引き揚げていいぞ」


 そう告げて、先に退室する。後ろから挨拶やら例の言葉やらが聞こえてくるが、足は止めない。





「・・・俺はこの後、前衛の方の訓練にも戦力調達の為に顔を出してくるが・・・ユズはどうする?」


「見ていく。一緒に戦う仲間になる人たちだし」


「そうか。なら一緒に行くとしよう」


 前衛の方は今のところ人員は切迫してはいないものの、これからもこんな状態が続くなら、備えておくに越したことはないだろう。そして、ユズの饒舌モードはまだ続いているらしい。寝起きや微睡みの最中以外で、こんなに喋るユズは珍しい。この調子で、少しは寡黙が改善されないだろうか。


「やれやれ。ほんとに、異世界から助っ人でも欲しいくらいだよ」


 天井を仰ぎながら、昨日と同じセリフを繰り返した。


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