予兆

「あーあ。聖書の物語みたく、うちにも異世界からの勇者とか来ねえかなぁ」


 誰もいない執務室で、現実逃避気味にそうぼやいてみる。


 目の前には、種々雑多な書類の山。いずれも、凶報か急ぎの依頼の物ばかりだ。


 どうも最近、異生物こと魔物たちの動きが活発になっているようだ。おかげで、依頼が大量に舞い込んで冒険者ギルドは未曽有の活況を呈している。冒険者にとっては、稼ぎ時だ。


 無論、それは依頼の際の手数料を運営資金の一つとしているギルドにとっても潤いのある話だ。それらの処理に追われる俺やスタッフたちは、むしろ精神的な疲労で干からびそうなのだが。


「こんな状況が続くなら、フィゼリナとは別に補佐官でも雇おうかな」


 半分以上本気の呟きを漏らし、直後に自分でそれを否定する。


「いや、フィゼリナ並みの人材を探す方が手間だな。やれやれ、世の中はままならないねぇ」


 キールスも、各所との折衝で走り回っている。三時間前に顔を合わせた時には、超過勤務手当を請求するとか言っていた。そんなもん、こっちが欲しいくらいだ。


 溜息をついたところで、三十分ぶりにノックの音が鳴る。またどうせ凶報だろう。無視してしまいたいが、そういうわけにもいかない。全てを投げ出して耳を塞げれば、どれだけ楽になるだろうか。


「どうぞ?」


「失礼します」


 入ってきたのは、緊急依頼担当のスタッフだ。どうやら、また緊急の案件らしい。


「ロポス街の長より、緊急依頼が入りました」


「内容は?」


「大量のアシッドリザードベビーが発生。畑に大きな被害が出ているようです」


「となると、広範囲魔術が必要だな。ショータイムの面々はまだ帰ってきてなかったよな?」


「はい。出立は一昨日だったので、順調にいっても帰還は三日後かと」


「カルキルは?」


「派遣先で、別のトラブルに巻き込まれたようで・・・」


「なら・・・少し適正から外れるが、ゴシックナイツを」


「了解しました。ゴシックナイツに打診しておきます」


「頼む。ごねるようなら、俺が秘蔵してる良い酒瓶をつけるとでも言っておいてくれ」


「・・・いいんですか?そんなこと言って」


「俺がやると言ったのは酒瓶だ。中身の酒は、とうに俺とキールスとリュッセルの思い出の中さ」


「それじゃ詐欺ですよ」


「人聞きが悪いな。ただのとんちだよ」


「悪知恵の間違いじゃないんですか、まったくもう」


 そう口では言いつつも、彼女はくすくす笑いながら退室していった。





「あー!人手が足りねえ!!」


 ひっくり返らない程度に椅子を傾けて、衝動のままに唸る。


 緊急依頼が多すぎて、ギルドの戦力だけでは既にギリギリだ。そこまで切羽詰まっていないものは、交渉の上で一般冒険者の依頼板へと張り出している。とはいえ、緊急依頼というのは、大概が面倒だったり危険が伴うものばかりなわけで、あまり率先して引き受けてくれる冒険者はいない。冒険者達も、善意のみで依頼をこなしているわけではないのだから、こればっかりは仕方ない。


 そして、結局引き受け手がいないまま、こちらの直属戦力を割くことになるのだ。


「異世界からの召喚魔術とか、誰か開発してくれないかなぁ・・・」


 そんな埒もない独り言を零していると、不意にノックなしで扉が開かれた。


「たっだいまー!」


「・・・戻りました(ぺこり)」


 フィーとユズだった。


「随分早かったな。依頼は片付いたのか?」


「バッチシ!結局、フィーは何にもしてないけどね。護衛なんていらなかったよ」


「全部灰にしてきた」


 さらりと物騒な報告をしてくるユズ。まあ、必要以上に被害を拡大させることはないから大丈夫だろう・・・


「うんうん。ユズが林の一部を焼き払って、敵を丸ごと火葬したの」


「はい!?」


 大丈夫なのか、それは!?


「敵の巣がその一帯に無数にできていたから、範囲魔術で抵抗する間を与えず、迅速に焼失させた」


「向こうの依頼者の人達も、あまりのあっけなさと手際の良さに、ポカンとしてたよ?ほんと、傑作だったなぁ、あの顔!」


 呆気にとられていたのは本当だろうけど、理由は違うと思うんだ、俺は。


 ・・・まあ、苦情の類は来てないし、問題なしとしておこう。・・・後からクレームとか来ませんように・・・!


「なんにせよ、二人とも無事で何よりだ。疲れてるだろうし、休んできてもいいぞ?」


「私はそーするー。ユズはぁ?」


「ここにいる」


「あんたもマスターにべったりね。あたしが言えたことじゃないけどねん」


 そう言いつつ、フィーが出ていこうとする。その一見華奢な後ろ姿に声をかける。


「フィー。夜までに起きてこいよ?三人で、久々に外へ夕飯を食べに行こう」


「ホント!?やったね!もちろん、マスターの奢りだよね?」


「ああ。このところ、色々こき使ってるからな。その礼と・・・そうだな、愚痴くらいは聞くさ」


「それでこそ、私たちのマスターだよ!じゃ、またあとでね」


 効果は覿面だったらしい。フィーは小さく飛び跳ねながら部屋を後にした。


 ちなみに、フィーとユズの住処である部屋は、このギルドの五階にある。ちなみに、俺の部屋も五階に存在する。ライムの部屋もあったのだが、彼女は今別の家を借りている。なんでも、冒険者の友人と騒ぐには、蒼の部屋は手狭だったらしい。いつ帰ってきても良いように、部屋はそのままだが。時々、ユズが掃除をしてくれているらしい。





 そのユズの方を見ると、彼女は上等な紙に魔術陣を描いていた。魔術陣は、大きな威力こそ出せないものの、魔力を込めるだけで描かれた陣に対応した魔術が即座に発現する。多くの魔術師は、咄嗟の切り札としてこれを衣服に仕込んでいるものが多い。ユズも、その一人だ。


「ユズ。明日、ちょっと時間をもらえるか?」


「?」


 陣を描く手元から目を逸らさないまま、首だけをかしげて見せるユズ。慣れているので、そのまま要件を告げる。


「ここ最近の依頼の多さで、直属の魔術師の数が不足気味でな。候補生の中から、実戦に耐えうる面子を抽出しようかと思ってるんだ」


 ユズは、無言でただ頷く。


「それで、その選抜にユズも付き合ってほしいんだが。魔術については、既に俺よりも上なわけだし」


 ユズはやはり無言で、陣を描く利き手とは逆の方の手を、こめかみのあたりまで上げる。そして、人差し指と親指で輪を作った。了承のサインだ。


「助かる。その代わり、明日の昼食も期待してていいぞ」


 今度は、オーケーのサインがピースサインに変わる。あえて言葉をつけるなら、「やったね」といったところだろうか。


「はぁ・・・しかし、一か月前のホーネットスパイダーから、なんか忙しくなってきやがったなぁ。俺はもうちょっとのんびりしたいんだが」


「(こくこく)」


 同意とばかりに、二度頷くユズ。フードについた猫耳の特殊能力により、そんな仕草ですら愛らしい。・・・というか、室内ではフードは下ろしてもいいのでは?まさか、俺の趣味をわかっててやってるわけでもないだろうが。フィーじゃあるまいし・・・。





「あー。異世界でも他の国からでもいいから、人手が欲しい~!」


 本日何度目かの不毛な呟きを零しながら、俺は次の書類を手に取った。

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