戦後処理と、対外関係と、人間関係と

「今回の戦闘における被害ですが、正規軍側は出撃した前線部隊八十六名の内、十七名が死亡。負傷者の数は倍以上だそうです」


「ギルド側の被害は?」


「野良パーティに四名の死者。ギルド直属の戦力からも、三名の死者と二名の再起不能者が出ています」


「古参だったシェイテンも逝っちまったしな。今回は、被害を出しすぎたか。・・・いや、あの状況でよくみんな生き延びたと言うべきか」


 病院のベッドで上体を起こしつつ、俺はフィゼリナから今回の戦闘報告を聞いていた。


 気を失った後、再び目を覚ました時にはここに寝かされていた。肩の傷は塞がっているが、まだ若干引き攣るような感覚が残っている。


「ちなみに、今回もハートフルムーンは全員生存か?」


「ええ。一人も欠けずに生き残ったようです」


「キールスに言って、もう一度ギルドの戦力としてスカウトをかけてくれ。今回失った分の補充もせにゃならんしな」


「伝えておきます。・・・それと、別件なのですが」


「なんだ?あまりいい話じゃなさそうだが」


「それが、南方にあるサリシア中央国にも魔物が出始めている、と」


「サリシアっていうと・・・あの、商業都市メルカルがあるところか?ここから帆船で五日の距離だぞ!?」


「今のところ、有翼種と植物種が確認されています。既に異界化も始まっているようで、その異界の地からの他の魔物の出現も、時間の問題だという話です」


「・・・で?話はそれで終わりじゃないだろう?」


「ええ。あちらの国には異生物に対抗する知識も経験もないので、こちらのギルドから教導できるような人材を送ってくれないかと」


「お門違いだな。そういうのは、レーグニット帝国軍に依頼するべきだろう。こっちは、帝国皇帝のお墨付きとはいえ、ただの民間組織だ」


「それが・・・サリシアの使者が言うには、向こうにも冒険者連盟を模範とした民間の組織を作りたいという事でして」


「・・・そういえば、あの国は警察組織を除いて、国有の武力を持たないのだったな。それで、義勇軍を今から整えるくらいなら、いっそ冒険者というシステムを採用しようってわけか」


「もし、盟主殿が許可してくださるなら、連盟の支部を作りたいとも仰っておられましたが・・・」


「却下だ。うちの国の冒険者が、サリシアの支部へと移りかねない。向こうはこちらと違って、まだそこまで危険な種は出ていないんだろう?楽に稼ぐなら向こうの方が良いに決まっている。そうなれば、このレーグニット帝国はますます苦しい状況になるぞ」


「たしかに。では、教導員だけでも派遣なさいますか?」


「それも却下だ。こちらだって手が足りないのは同じ。それに、ここのところ軍からの要請も増えてきていて、その度にギルドの戦力を削られている。最盛期は百名近くも戦力を確保していたのに、今では七十名を切っているんだ。若手戦力の育成は、こちらにとっても死活問題。そのための教官やベテラン冒険者は、いくら居ても足りないくらいだ。余裕なぞない」


「しかし・・・それでは先方が納得しないでしょう」


「こっちが保有している魔物の情報は全て開陳してやれ。なんなら、資料を複製して土産にくれてやってもいい。あと、サリシアで冒険者に志願する者がいるなら、こちらに学びに来るのは許可するとでも言っておけ」


「よろしいのですか?」


「情報料は、向こうへの貸しにしとくさ。後日、何かの交渉材料になるだろう。それに、むこうからやってきた冒険者志願生の中に、いい才能を持っているのがいたら引き抜きをかけられるしな」


「では、そのように」


「そういやあ、リヴァーヴェル連合国とタイタバル王国も休戦したらしいじゃないか」


「ええ。サリシアに異生物が出たという事で、危機感を募らせたのでしょう」


「悠長に戦争なんてやってる場合じゃないってか?随分と迅速な対応だな」


「サリシア仲介したようですよ?あと、うちの皇帝からも口添えをしたとか・・・」


「人間同士で争ってる暇があるなら、その戦力をこちらに振り向けてほしいものだ」


「リヴァーヴェルは、帝国の魔術師達に興味をお持ちのようですよ?」


「戦争の道具にするつもりなんだろうさ。使えるモノは何でも使うってか」


「あちらの主張としては、魔術という未知の力をより研究して、人類の更なる躍進へと繋げたいということでしたが」


「お偉いさんの綺麗事を、素直に肯定する気はないよ。俺はひねくれ者だからな」


「いえ、間違ってはいないと思いますよ」


 俺の子供っぽい言い様にも、呆れた顔を見せずに肯定してくれるフィゼリアは、本当にできた人間だと思う。それだけでなく、デキる人間でもあるのだから、俺が彼女を頼りにするのも致し方ないと思う。ついでに、スーツが似合うスレンダー美人だし。ギルドを退職しても、引く手は数多に違いない。


「ところで、以前から気になっていたんですが。冒険者連盟が正式の名称のはずなのに、盟主がギルドと呼ぶのを推奨する理由は何ですか?」


「連盟のアイデアは、俺の持っているとある”漂流物”の本から着想を得たと話しただろう?」


「覚えています。義勇軍に所属していたころに拾ったもので、聖書やライトノベルという呼び方をしていましたね」


「その聖書の中に出てくる、連盟の元となった架空の組織の名が、ずばり冒険者ギルドだったんだよ!」


「・・・つまり?」


「聖書を基にした組織なんだから、聖書と同じ名称をつけたかったんだよ!でも、冒険者ギルドなんて名前を付けても、ギルドってなんぞ?って反応をされるのは目に見えてるじゃないか!」


 実際、その名前で営業許可を申請しようとしたら、帝国の担当者にギルドという言葉の意味についてツッコまれて、渋々代替案で我慢するしかなくなったのだった。


「・・・それで、ギルドというのは本来どういう意味なのですか?」


「俺も知らん。聖書には明記されてなかったからな」


 素直に答えたら、意味も知らないのに使っていて、挙句に普及させようとしてたんですか!?と言わんばかりの視線を向けられた。言葉に出さないだけまだ優しい・・・のかもしれない・


「多分、集団とか組合といった意味だとは思う」


 と、ささやかな言い訳はしておく。


「もしよろしければ、その聖書の中身を見せてもらえますか?私も興味がありますので」


 思いがけない提案に、心で警報が鳴り始めた。フィゼリアに、あのライトノベルを聖書と称して見せるのはまずい。彼女は魔力を持たないので、書いてある文章は読めないはずだが、表紙や随所に挟まれたイラストは理解できる。


「見せても、中の文章は読めないと思うけど?」


「どういった装いなのか、こちらの本とはどういった差異があるのかを確認できればそれでいいです。中の文章の翻訳まで頼むつもりはありません」





 そもそも見せるつもりもないんですがっ!





 結局、フィゼリアを納得させるまでには三十分の時間を要した。

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