シトロルネ島、ホーネットスパイダークイーン討伐戦2
「うおおおおおらああああああ!」「守れ!まもれええええええ!」「腕・・・俺の腕・・・はは、おぼぉっ!?」「シェイテン!?」「構うな!!前を見ろ!!」
戦闘が始まって十分。周囲は戦いの熱気に包まれていた。いや、熱気を超えて既に狂騒と言っていいかもしれない。
俺達魔術師七人を守りつつ前進する、前衛たち十三人。いや、一人脱落して十二人か。
とうに、恐怖や理性など飛び去っている。ただただひたすらに目の前の敵に対処し、これを斬り伏せては次の敵に当たる。
既に十匹程度は死骸へと変えているが、巣から湧いてきた分を含めて、まだ軽く二十匹はいる。
向こうは空中から好きなタイミングで襲ってくることができる上、数でも勝る。倒している数こそこちらが上回っているが、疲労は着実に蓄積していた。
本来なら、術師が空を飛ぶ敵を落とし、前衛が止めを刺すという連携で倒すのが定石だ。しかし、魔術師は全員が大規模魔術の準備に入っており、援護の術を放つ余裕はない。開戦直後に、スローイングダガーや指弾で撃ち落としている前衛もいたが、それも敵の猛攻によって使う隙を見いだせない。
敵が吐く糸を盾で受けて剣で切断、針を刺そうと急降下してくるのに合わせて槍でのクロスカウンター、そうして、先頭が敵を撃退した隙にわずかに前進。そういった、地道かつ神経を削る繰り返しで、ようやく魔術師の一行が巣と、中にいるであろう女王を射程に収めた。ようやく巡ってきたチャンスだ。
「総員、火炎魔術用意!・・・発動!!」
号令を出すとともに、俺も特大の火炎弾を巣へと放り込む。左右から、追随する様に火球や火線が巣へと飛び、射線にいた敵をついでとばかりに灰にする。そして、七人分の魔術を受けた巣は瞬く間に炎上し、外縁部からゆっくりと灰になっていく。残りの敵を魔術の援護を得て掃討しつつ、既に歓声を上げ始めている野郎ども。
勝利を確信するメンバーを、次の瞬間戦慄が襲う。
突如、巣が内側から崩れる。
中から出てくるのは、これまで戦っていたホーネットスパイダーとは桁違いの巨体。
全員が、確信する。
あれは、女王だ。
女王が焦げた羽を動かし、ふらつきながらも滞空する。
「魔術師を守れ!」「羽を狙え!」
リュッセルと俺が同時に指示を出す。盾を持った前衛達は、魔術師と女王の間に立ちふさがって防御陣を築き、残りの者は女王を囲むように散開する。
そして、女王はさらに高度を上げ、口から黄色い液を吐き出す。
「消化液だ!」
誰かが叫んだ。掲げられた盾が、付着した液体によってあっという間に溶解する。一人が顔への直撃を受け、悲鳴を上げながらのたうちまわる。その間にも、炎弾や氷柱の槍が女王へ向かって飛ぶが、尽く躱されている。俺は迷うことなく、切り札たる少女に声をかけた。
「ユズ、例のヤツ行けるか!?」
「・・・三十秒くれれば」
「聞こえたな!?野郎共、死ぬ気で防げ!」
意図を察して、リュッセルが声を張り上げる。
「他の魔術師は散開しろ!周囲から弾幕を張れ!」
狙いを分散させるために、ユズ以外の魔術師を四散させる。俺も、目晦ましの為に小型の炎弾を釣瓶打ちしつつ駆け出す。
と、女王が甲高い鳴き声を上げた。そして、消化液と並行して、針の部分から弾丸の如き速度の糸の束を射出し始める。どうやら貫通力があるらしく、腹部に直撃を受けた剣士が風穴を開けられて、静かに崩れ落ちた。
「ぬおっ!?」
自慢の剣を溶解させられて、リュッセルも焦燥の滲む声を漏らしている。
いよいよ切羽詰まってきたかというところで、待ち望んでいた声が響いた。
「準備完了。いきます!」
そう言って、ユズが女王を指さす。直後、女王が見えない天井に押さえつけられるかのように、地面へと落下してくる。ユズの持ち札の一つ、使える術者自体が希少な重力魔術だ。
「っ!前衛突撃せよ!!」
リュッセルが、一瞬呆けた後に指示を出す。身動きの出来ない女王に、剣や槍を突き刺していく。
地へと落ちたその巨体は、二、三度痙攣した後に、ぱったりと動かなくなった。
それを確認して、前衛達が膝や尻餅を着く。今度こそ、終わったという雰囲気。
しかし、変化する状況は、休憩どころか余韻に浸ることすら許してくれない。
近づいてくる複数の羽音。やがて、木々の上から現れたのはホーネットスパイダーの群れ。
慌てて武器を取って立ち上がる前衛達と、木陰へと隠れる魔術師達。
ユズは俺の方へと駆け寄ってくる。肩で息をしており、魔力のと体力の消耗が窺えた。
おそらく、女王が上げた鳴き声は、分散していた兵士達を呼び戻すためのものだったのだろう。
「クソが!とんだ置き土産を残していきやがって!」
血まみれの双剣を構えつつ、ライムが吐き捨てる。どうやら、俺と同じ推理をしたらしい。
「各個に応戦しろ!倒すことよりも生き残ることを考えろ!!」
返事は返ってこない。全員、顔が強張っている。
「目的を達成したのに死ぬんじゃねえぞ!帰るまでが遠足だからな!!」
そう言って発破をかけてやると、何人かは口元に笑みを作った。
そして、それを合図にしたかのようにホーネットスパイダーの群れが殺到し始めた。
「うらあああぁっ!」
ライムが、突進してきた一匹の腹を右の剣で薙いで仕留め、続くもう一匹の針を左の剣で受け流す。そちらは、俺が炎弾を飛ばして丸焼きにしておく。
今度は、左右からの同時突撃。右の敵にライムが向かい、俺は左の敵に紫電を放った。
しかし、それを上昇して躱した敵は、俺の頭を狙って急降下してくる。
「このっ!?」
咄嗟に、氷で剣を形作って振り上げる。敵を両断した代償に、右肩を針で貫かれる。幸いと肩甲骨の外側だったが、激痛と脱力感に思わず膝を着く。
「っ!?」
ユズが即座にポシェットを開き、解毒用の薬液を俺の傷口へと流し込んだ。ついでに、凍結魔術で出血を止めてくれる。
振り向いて礼を言おうとしたが、既に首が動かない。針に含まれる麻痺毒の仕業だ。
「ご主人!?」
ライムが、二匹の敵と対峙していながら、こちらへと視線を向けてくる。大丈夫だと返してやりたいが、既に口も動かない。
そして、俺とユズの方にも新手が迫る。ユズが俺を庇うように立ち位置を変え、魔術を行使しようとする。
結局、その魔術は発動することはなかった。向かってきた敵は、背後から刺し貫かれていた。
「よう、危機一発だったか?」
そう言って、不敵な笑いを浮かべたのはハートフルムーンのパーティメンバーだった。
「やり合ってた連中が、何故だか突然踵を返しやがったから、後を追ってきたのさ。どうやら苦戦してるみたいだし、こりゃ正解だったかな」
その後ろから、トライジュエルの魔術師が顔を覗かせる。そして、俺の傷口に包帯を巻き始めた。
「生憎と、私は魔力切れです。でも、他の散っていたパーティも帰ってきましたし、何とかなるでしょう」
どうにか目だけを動かして、周囲の状況を確認する。途中で足止めの為に別れた野良パ-ティのメンバーが、続々と参戦していた。
リュッセルが檄を飛ばして、疲労の色も濃い前衛達を叱咤している。これなら、確かに何とかなるだろう。
そう安堵したところで、俺の意識は途切れた。
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