シトロルネ島、ホーネットスパイダークイーン討伐戦1
宴の夜が明けて翌朝。
適度な緊張感を秘めた顔の仲間達を見渡しながら、短く一言だけを告げる。
「出撃!」
前衛の野郎共が、雄叫びを上げて武器を掲げる。戦意高揚の為のお約束だ。
途中までは馬車での移動、敵勢力圏の手前からは徒歩になる。
馬車の中では、全員が粛々として時を待つ・・・などということもなく、あちらこちらで雑談の花が咲いている。むしろ、緊張で固まっているメンバーには、周りが積極的に話しかけている。戦う前から緊張感で神経をすり減らす必要もないという考えからだ。
俺も、ライムと雑談を交わしつつ、黙々と飴を舐めているユズのほっぺたを突いたり、髪を撫でたりして到着を待つ。・・・髪を撫でられるのは鬱陶しかったようで、今はローブのフードをすっぽり被ってしまっているが。
ちなみにユズのローブは、あざとさ抜群の黒猫ローブである。フードには猫耳完備で、背中や裾の部分には、肉球のイラストが描かれている。首元のボタンだけが黄色になっており、形が鈴になっているのが製作者のこだわりらしい。
買い与えたのは俺であり、これをチョイスしたのも俺の趣味だが、ユズも猫好きなので気に入ってくれている(と思う)。
あざと可愛い猫ローブを着ている一方で、着ている本人は寡黙な為、ある種のギャップが発生していて、独特の愛らしさを放っている。ポーカーフェイスで寡黙なユズの代わりに、動く度揺れる猫耳フードが存在を主張し、他の冒険者からも好評だったりする。聖書に書いてあった格言通り、可愛いは正義なのだ!
そうして馬車に揺られること二時間。敵の哨戒圏の手前まで到達。
屈強な野郎共が、積み荷を降ろして簡単な野営地を作る。そして、全員で哨戒圏への突入を敢行する。
野営地に予備の人員を残したり、後方要員を配置したりはしない。そんなことをしても、敵に見つかった時に各個撃破されるだけだ。
既に、西からは大砲の音が響いている。自由に飛び回るホーネットスパイダー相手に、大砲の砲撃など当たるはずがない。それでも大砲の音が鳴っているのは、敵の陽動とこちらへの合図の為だ。今、島の反対側では、命をチップにした時間稼ぎが行われているはずだ。俺達の役目は、チップの損失を可能な限り抑える事と、チップにより大きな価値を持たせることだ。すなわち、可能な限り早く目的を達成すること。
「総員、駆け足!陣形を予定の通りに頼む!」
返事の声の代わりに、全員が走りながら既定の位置へと着く。中央に、今回の種戦力であり、撃たれ弱い魔術師を配し、その周囲を前衛たちが取り囲み、更にその外で索敵に適したメンバーが目と耳、あるいは気配に集中する。
走り始めてからわずかに五分。早くも、前方に敵がいるという報告が入ってくる。
「了解した。トライジュエルは直進して前方の敵に当たれ。残りは右から迂回だ」
「りょーかいです!」
「ご武運を!」
「またあとでねー」
俺の指示を受けて、三人が輪から離脱する。彼らトライジュエルは、若手の中でも特に注目されているパーティだ。野良ではあるが、今回のようにギルドへ直接依頼が来た時には、率先して手を貸してくれている。もちろん、報酬や名声も欲しているだろうが、協力してくれる一番の理由は彼らの善意だろう。依頼についても、報酬よりも意義の方を重視しているほどなのだから。
ちなみに、パーティ名は三人で考えたらしい。自分たちを宝石の原石に見立てて、いつか輝く宝石になりたいという思いを込めて付けたと聞いている。文字通り、光る実力を持ったパーティだ。
「・・・!更に左方向から、十匹に満たない小集団、来ます!」
「ハートフルムーン!」
「はいはい、お任せっと。・・・全員、気合入れろぉ!」
パーティ名を叫ぶと、ハートフルムーンのリーダーが心得たとばかりに、メンバーを連れて離脱していく。
ハートフルムーンのメンバーは六人。パーティ名には、決してパーティメンバーを見捨てず、全員で生還するという決意が込められているらしい。協力してくれるのは今回が初めてだが、危険の大きい依頼を率先して引き受けては、全員で無事に生還するという事を続けているベテランパーティだ。依頼の達成率も高く、任せておいて問題ないだろう。
その後も、接敵する都度に野良のパーティをぶつけて応戦させる。時間をかけると、陽動してくれている軍の方が保たないだけでなく、そちらに当たっている部隊が女王の元へと戻ってきてしまう可能性がある。
なので、本体たる俺達は決して足を止めることはない。
そして、ついに女王の巣が目視できる位置にまで辿りつくことに成功した。
巣の周囲を固める護衛の数は、およそ三十といったところか。こちらの数より多いが、想定の範疇である。どうやら、軍の方の陽動はかなり効果を発揮しているようだ。
「もう少し近づいてから、魔術による一斉攻撃を巣へとかける。護衛班は、リュッセルの指揮に従って応戦しろ!」
「各員、周囲を固めつつ前進する!向かってくる敵だけを相手にせよ!他には目をくれるな!!」
俺とリュッセルの号令の下、敵本拠地への殴り込みが開始された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます