前夜の宴
会議の翌日。馬車と船旅の末に、シトロルネ島へと辿りついた俺達。
野良のパーティをいくつか加えて、総数は四十二となっている。
降り立ったのは、島南部にある都市トローネ。ここに、シトロルネにおける帝国軍の駐屯基地が存在する。
到着早々に、俺はリュッセルとライムを伴って、基地のシトロルネ島指令本部を訪れた。
「失礼します。ギルド責任者のヒヅキです」
「遠路ご苦労、座ってくれ」
司令のウィネスクという名の男は、改めて状況を説明してくれた。
敵の巣があるのは島の最北端で、ほとんどの住民はこのトローネに避難が完了しているという。
「明日、我が軍は島の西部から北上し、敵に対して陽動の為の攻撃をかける」
「では、こちらは東部から北上し、タイミングを計って強襲をかけ、女王を抹殺します」
「よろしく頼む。今夜は、ゆっくり休んでくれ」
打ち合わせは、それだけで終了した。不測の事態が起こった場合は、それぞれが最善と思う行動を取るということで、既に了解を得ている。帝国軍は面子を重んじるので、手を抜いたりすることはないだろう。現に今回の作戦でも、最も損な役回りを引き受けてくれている。
私利私欲に走るのなら、陽動を俺達に押し付けた上で、女王の撃破という成功の果実だけを貪ることもできるのだから。
冒険者達のキャンプ地へと戻り、作戦方針を伝える。
「俺達は明朝、島の東部から北上し、陽動によって手薄になった敵の本陣を急襲する。そこで、冒険者のチームを三つに分ける」
焚火を囲んで全員が静聴する中、自分の立てた作戦を伝える。
「まずは、ギルド直属以外のメンバーについてだが。パーティ毎にまとまって、敵の迎撃戦力を叩いてもらう」
「いいぜ。その方が、俺達も動きやすい」
あるパーティのリーダーが、あえて了解の旨を口に出し、周囲を見回す。ギルド所属以外のメンバーは、全員が瞳に戦意を漲らせながら、力強く頷いた。
「ギルド直属のメンバーについてだが、まずは俺を含む魔術師七人を一つの隊とする。俺達は、巣が射程内に入ったところで、いっせいに威力を重視した火炎魔術を行使し、巣諸共女王を焼き殺す。失敗した場合は、女王を第一目標、巣を第二目標として、これらの破壊を各個が最善と判断する術式で行う」
「承知しました、全て灰にしてご覧に入れます」
「任せて」
ギルド戦力の中では、最も炎魔術を得意とするゼゼと、俺の隣に座るユズが気負った表情で頷いた。
「残りは、魔術師たちの護衛だ。敵の妨害から、俺達を守ってもらいたい。実地での指揮は、一番経験の豊富なリュッセルに任せる」
「は。必ずお守りして見せますとも。なあ、みんな!」
「ああ!嬢ちゃん達には針一本触れさせやしないぜ!」
「特に、ユズちゃんにはな。その白い肌に傷がついたら、ギルド長に半殺しにされかねねえ」
「しねえよ、そんなこと」
「盟主のお気に入りだものなぁ。きっと、死ぬより辛い目に合わされるぜ?」
「お前らは俺を何だと思ってるんだ」
「どうせ死ぬなら、ユズちゃんを守り切れずに長に殺されるより、敵の攻撃を体で止めて死んでやらぁ!」
「よぉしわかった。お前らは帰ったら、ゆっくりと話をしようか。俺に関する認識を改めてもらわないとなぁ!」
言いたい放題な野郎共を、そう言って威圧する。
「だから、帰って俺の説教を受けるまでは死ぬなよ、馬鹿野郎共」
「生きて帰っても、あんたの説教なんぞ、聞きやしねえよ!」
誰かがそう叫んで、野良パーティも含めた皆が笑う。
「よし、じゃあ恒例の奴を始めるぞ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
リュッセルが立ち上がって、号令をかけた。続いて、直属の戦闘員たちが雄叫びで返す。
ほとんどの野良の連中は、意味が分からずに顔を見合わせているが、以前にもこういった作戦に参加したことのある一部のパーティは、待ってましたとばかりに立ち上がる。
リュッセルが指示を出し、持ってきた物資が収納されているテントから、戦闘員が色の違う木箱をいくつも持ってくる。また、残りのメンバーは、手頃な石を拾ってきて規則的に並べ始める。
「さて、みんな思う存分食ってくれ。いい魚と肉を調達しておいたからな!」
そう言って、木箱の一つを開けて中身を見せてやる。
それは、魔術によって冷凍された肉の塊。他にも、魚介類や野菜などが次々と木箱から出てくる。
そして、並べられた石の中には炭がくべられ、やはり魔術で火を起こす。
「決戦前夜の宴と行こうぜ!」
これが、ギルド戦闘員名物、作戦前夜のバーベキュー大会である!
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「うめえ!いい肉取り寄せやがったな、ギルド長さんよお!」
「出陣前夜の飯だぜ?こういう時こそ、豪勢にやらないとな!」
アルコール薄めの果実酒を片手に、上機嫌な野良パーティの大男が肩を叩いてくる。ものすごく痛いので、もうちょっと加減してほしい。
今の俺の言葉に嘘はない。だが、本心全てを表した言葉でもない。
おそらく、明日は死人が出るだろう。死んだ人間にとっては、今日のこれが最後の晩餐というわけだ。
思い残すことの無いように、存分に食べて飲んで騒いでくれ。これは自己満足ながら、これから死地へと共に向かう仲間への、俺にできる精一杯の礼だ。
もちろん、皆もそんなことは察しているだろう。察した上で、やはり思い残すことの無いように騒いでいるに違いない。だから、俺もあえてネガティブな話題を出して、雰囲気を壊したりはしない。
「お肉、柔らかくて美味しいです」
「一番いいのを買ってきたからな。人数分となると、なかなか高かった。おまけに、野郎どもはよく食うしな」
隣にぴったりとくっついて、常の通り黙々と肉を頬張るユズ。
ユズは、俺が引き取った孤児であり、両親は魔物に襲われて他界している。
ユズの両親を殺した魔物の討伐依頼を受けたのが、ギルドを設営したばかりの俺達だった。
そして、独り身となった少女に出会った俺は、彼女が魔術の才を持つことを知って引き取り、かの聖書たるライトノベルのヒロインから名を拝借してユズと名付けた。
ユズは、初めて出会った時に自分に名前はないと言っていたが、それが本当か嘘かは分からない。
ともあれ、俺はユズに魔術について教え、リュッセルらと実戦にも送り出した。そして今では、若年ながら、ギルドでも指折りの魔術師となった。
俺は実のところ、ユズが嫌がる様であれば、冒険者の道に無理に進ませるつもりはなかった。しかし、ユズは俺の言葉に一切逆らわず、従順に訓練と実践をこなしていった。
正直、本人が寡黙な上にポーカーフェイス気味なのもあって、彼女が本当に今の道に納得しているのかどうか、俺にはわからない。もしかしたら、本心では嫌がっていることを無理に強制しているかもしれないと思うと、心が痛くなる。
まあ、どうしても嫌な事なら首を振って拒絶したり、この間ソファで寝ていた時のように声を上げたりはするので、大丈夫だろう。
「相変わらず、ユズはご主人にべったりだな」
そんなことを考えながら焼き魚に手を付けていると、ライムが寄ってきて対面で胡坐をかいた。相変わらず、仕草や考え方が男っぽい。でも、男扱いされるとそれはそれで怒るので、扱いにくい。女心というものは、俺には一生理解できない代物かもしれない。
「ご主人様の隣は温かいので」
ユズはユズで、納得できそうでできない絶妙に微妙な答えを返すのみだ。
ライムも、返答の内容に苦笑している。
「それで?ご主人は真剣に何を考えていたんだい?」
「・・・その前に、そろそろご主人って呼び方直さないか?今は主従ではなく、上司と部下の関係なわけだし」
俺が頭を掻きながらそう言うと、ライムは腕を組んで笑みを浮かべて、短く「やだね」と拒絶した。
「あたしを拾ってくれた相手には違いないんだ。なら、やっぱりご主人と呼ぶさ。それに、もうずっとこの呼び方だし、今更変えるのもねえ?」
そう言った後、ふと
「呼び方を変えてほしいなら、いい方法があるよ」
「一応、聞くだけは聞いてみようか」
警戒しながら、そう返事をしてみると、ライムは顔を近づけた上、胸の谷間を強調してこう告げた。
「あたしと結婚するなら、呼び方を”あなた”とか”ダーリン”とかに変えてやってもいいよ?」
唇を一舐めして、妖艶な雰囲気を作って迫ってくるライム。周囲では、ほろ酔い状態の冒険者達が、冗談と知りつつもひゅーひゅーと囃し立てている。お前ら全員、無事に帰ったら覚えてろよ!いや、忘れたら思い出すまで殴ってやる!!
「それとも、結婚したらむしろご主人様と呼んでほしい?」
「いかがわしい想像しかされなさそうなんだが!?」
ともあれ、このままライムにやられっぱなしというのも癪なので、反撃に出る。
「よしわかった。結婚しよう」
「!?・・・うぇっ!?」
ライムが、近づけていた顔を引っ込めた。先程までの余裕の笑みは姿を消し、驚愕と意外感だけが表情に出ている。隣のユズまでもが驚いているように感じるのは、俺の気のせいだろうか。
「帰ったら結婚しよう。そして挙式は、帝国で一番大きな、サン=プレラノ教会で挙げよう」
「え!?ちょ!?うぇ!?」
言語中枢が故障したらしいライムに、ダメ押しの追撃をかける。あと、ユズが服の裾を引っ張っている。
「みんな!式には出てくれるよなぁ?ちゃんと、披露宴では美味いもの揃えておくから、明日は死ぬんじゃねえぞ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
冗談だと察している面々が、ライムにばれないようアイコンタクトを送りながら、歓声を上げてみせる。
「・・・・・・」
ついに、顔を真っ赤にして無言になるライム。・・・ところで、ユズさん?そんなに引っ張られると、服の生地が伸びるんですが。
これ以上からかうのも可哀想かと思って、ネタばらしをしようとした直前、ライムがらしくなく掠れるような声で、呟いた。
「・・・ホントに、結婚してくれる?」
どうやら、冗談だと気づいてノッてくれたらしい。それに対し、俺は満面の笑みで返す。
「え?冗談ですけど?」
俺のその声に、ライムとユズ以外が大笑いする。ユズも服の裾を離して、どこか穏やかな笑みを浮かべている。ホッとしているように見えるのも、きっと俺の気のせいだろう。まったく、ユズの表情から内心を窺うのは難しい。
笑い声が響く中、何故かポカンとした表情を浮かべるライムが、短く呟いた。
「・・・え?」
「え?」
これも演技の一環だろうか?しかし、何を求められているのかわからない。
ライムは、そんな俺を少しの間見つめた後、得心したように声を張り上げた。
「あーもう!あたしとしたことが、すっかり騙されちまったよ!」
そう言って、わざとらしく笑ってみせるライム。ギャラリー達も、手を叩いたりして笑っている。
そして、おもむろに俺の方を向いて、
「・・・馬鹿」
と一言だけ残して、別の冒険者の輪へと歩いていった。妙に感情が籠っていたが、そんなに皆の前でからかわれたのがお気に召さなかったのだろうか。だとしても、お互い様だが。
その後も、食ったり飲んだり、時には踊ったりしながら、星空の下の宴はにぎやかに続いた。
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