緊急依頼

「盟主。軍部から緊急依頼がありました。しかも、なかなか厄介な依頼のようです」


「見せてもらおうか」


 少し深刻そうな表情のフィゼリナから、封書を受け取る。


 軍がこちらに救援依頼を送ってくるのは珍しい。しかも、緊急となれば尚更だ。


「中は見たかい?」


「いえ。宛名がギルドではなく、盟主個人となっていましたので」


「ふむ。嫌な予感しかしないが、見るだけは見てやるか」


 ペーパーナイフで封を切り、ざっと手紙の内容を確認する。


「・・・なるほど。焦っているわけだ。これは確かに由々しき事態だろうからね」


「中にはなんと?差支えなければ」


「ああ。シトロルネ島に、ホーネットスパイダーの女王が巣を作ろうとしているらしい」


「!?シトロルネにですか!?」


 ホーネットスパイダーは、その名の通り蜘蛛と蜂の良いとこどりのような魔物だ。


 大きさは、一般個体でも二メートル以上。女王ならその数倍だ。口からは蜘蛛のそれと同じ糸を吐き、背中の羽で飛び、下腹部から伸びた針で敵を刺して毒を注入する。


 動けなくなった獲物は、糸で捕縛された挙句、生きたまま女王の餌となる。


 一般的な蜂と同じようにコロニーを作るが、蜂の巣ではなく蜘蛛の巣に近い。


 巣の周囲にも糸で編まれた防壁や罠が仕掛けてあり、ひっかかった獲物の末路は言わずもがなだ。


 働き蜂は、巣から集団で飛び立って狩りに出かけ、獲物を調達して女王へと運ぶ。


 組織化された働き蜂と親衛隊の群れは、軍隊のように統率が取れており、しかも大群だ。一度巣を作られたら、それを撤去するのは至難の技。故に、完成しきっていない今のうちに叩こうという作戦なのだろう。


 敵の数を考えると、確かに軍だけでは荷が重い。


「ああ。既に被害者も出ているようだ」





 しかも巣作りをしているのは、数少ない有人島であるシトロルネ島だという。


 現在、帝国領となっている島は二十二あるが、そのうち人間の勢力圏となっているのは、僅かに七つのみだ。面積で言うなら、帝国全体の三割弱だ。かなり、切羽詰まっている状態と言える。


 さらに有人島となると、そのうちの五つのみ。そしてシトロルネはそのうちの一つだ。みすみす敵にくれてやるわけには、確かにいかないだろう。





「フィゼリア。この帝都に残留しているギルド直属の戦闘員の数は?」


「現時点で二十一名です」


「では、その全員に非常呼集をかけてくれ。時間は明日のギルド営業開始時刻きっかりだ」


「ただちに!」


「キールス!」


「あいよ!」


「軍本部へ走ってくれ、伝令だ。この依頼、お受けするとな」


「了解した!」


「そして、現在の状況、作戦内容、敵の総数の予想、こちらに期待する役割、必要な人員数、その他懸念事項。全て洗いざらい吐かせて来い!」


「任せな!」


 俺の要望をメモに書きなぐったキールスは、手早く一礼すると、いつも通り窓から飛び降りていった。


 フィゼリアも、きびきびとした歩みで部屋から出ていく。


「さて、忙しくなりそうだな、まったくよお」


 俺も、改めてホーネットスパイダーの情報を頭に入れるために、三階にある資料室へと足を運ぶことにした。











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 翌朝、四階の会議室に集合したのは、俺とキールス、フィゼリア。それに、二十名の直属戦闘員。戦闘員の中には、リュッセルとライム、それにユズが含まれている。


「フィゼリナ、一人足りなくないか?」


「ロゼシナさんは、魔物に強力な麻酔毒を打ち込まれたようで、病院にて治療中だと」


「了解した。では、始めるとしよう」


 そう言って、二十人の有志の方へと向き直る。


 リュッセル達三人以外の彼らは、ギルド直属の冒険者達であり、こういった緊急の依頼があった場合にそれを解決する、選りすぐりの精鋭達だ。直属として選んだ理由も出自もそれぞれで異なる。高い技量を持ち、実績も充分な冒険者のパーティを丸ごとスカウトした例もあれば、セリヌのように俺が才能ありと判断した者が、訓練と実戦を積んでついに加入を果たした例もある。彼ら全員に共通するのは、高い実力のみと言ってもいい。


 直属となった冒険者は、十日間ごとのローテーションで、ギルドがある帝都での待機と、冒険者としての自由な活動を行っている。


 待機中の十日間は、交代でギルド内の見回りや、教官として後発の育成を担当してもらい、今回のような非常時には、戦力として各所へ派遣される。なお、帝都待機中は、ギルドから給金が支払われる。





「短刀直入に言う。軍から依頼があった。場所は、シトロルネ島。依頼は、ホーネットスパイダーの女王の討伐と、構築途中の巣の破壊だ」


 場所がシトロルネ島と聞いて、そこかしこで起こったざわめきは、依頼内容を聞いてさらに大きくなった。


「軍は、民間人の避難と、敵の進行の阻止で手一杯のようだ。よって、諸君には、軍が敵の注意を引いている隙に、別方向から敵の女王を強襲し、すみやかに討伐してもらいたい」


「それは、ここにいる全員でですか?」


「ああ。それに加えて、帝都に滞在している他の熟練冒険者のパーティにも、随時声をかけている。頭数はもう少し増えるだろう」


「我らの指揮は軍がとるのですか?」


「いや、今回は作戦のすり合わせのみを行い、指揮はこちらに一任するとのことだ」


「野良のパーティを入れると、指揮統一に問題が生じませんか?」


「問題ないだろう。今回の指揮は、俺自らが執るからな」


『!?』


「盟主自らが、ですか?」


 一同が驚愕の表情を浮かべる。リュッセルが、皆を代表して質問をしてくる。これは、彼の気遣いだ。みんなの疑問を自分が代弁することで、作戦前に意志の統一を図り、より団結を強める。疑念は早めに解消しておかないと、やがて不安の種を育てる事になる。それがここぞという時に萌芽すれば、致命的な失策ともなりえるのだ。


「今回は、軍と協力しての大きな作戦になる。失敗は許されない。これ以上、俺達人間の生存権をくれてやるわけにはいかないからな」


 集まった皆が、大きく頷く。彼らだって、稼ぐ為だけに冒険者になったわけではない。それぞれ、心の中に戦う理由は持っている。


「そんな重大な作戦の指揮を、誰かに押し付ける訳にもいかないだろう?なら、ここは俺の出番というわけさ」


「しかし、貴方にもしものことがあれば、今後のギルドはどうなりますか?」


「俺が死んでも、当面のギルドの運営はキールスとフィゼリナの二人で賄えるさ。万が一の為に、今後の方針と、優先して為すべき案件については、書類にしてまとめて、執務机の上に置いていく」


 皆が、神妙な顔をする。それが、遺書の代わりだとわかってるのだろう。


 沈んだ雰囲気を壊すため、キールスがあえていつもの調子でジョークを飛ばす。


「遺産は、全額俺に譲る旨、忘れずに明記しておいてくださいよ?」


「お前にやるくらいなら、全額ギルドへ寄付する道を選ぶ」


「ちぇっ、ケチな人だ」


 一同が小さく笑い、少し空気が持ち直した。


「出立は明朝。集合は、このギルドの前だ。そこから、軍の用意した馬車を使って港へ移動し、目的地へと向かう。準備は今日のうちに済ませてくれ。以上、質問がなければ解散!」








 こうして、人間の生存圏をかけた戦いの幕が上がろうとしていた。

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