甘言と甘味

 セリヌが落ち着いた頃を見計らって再び入室したヒヅキは、短く問いを投げた。


「フィーは強かったか?」


 その問いに、セリヌは感情で答えを脚色することなく、ヒヅキに習って端的に答えた。


「強かったです」


「そりゃそうだ。なんせ、あいつは冒険者だからな」


「・・・それは、経験の差があるからと言いたいのでしょうか?」


「なかなかいい頭の回転をしているようだが、今回はハズレだ。経験などというものより、もっとわかりやすい理由だ」


 首を捻るセリヌに、ヒヅキは焦らすことなく答えを提示する。


「答えは、魔物や異生物と呼ばれる存在と関係の深い、瘴気という物質にある」


「瘴気ですか。えっと、空間を捻じ曲げるほどの力を持つとされる、霧のようなものですよね。適性のある人が体に取り込むと、魔術が使えるようになるっていう」


「それが一般的な知識だな。だが、こいつにはもっと深い性質がある」


「深い性質・・・?」


「では、一つ考えてみよう。適性のある者が、瘴気を取り込めば魔術師になれる。これは、脳に瘴気を取り込んだからだ。瘴気を取り込む量に比例して、魔術師は保有する魔力量がアップする。結果として、より多く、より強力な魔術を行使できる。・・・では、適性のないものが取り込んだ瘴気は、いったいどこへ蓄積されるのか?」


 ヒヅキの言葉とこれまでの話の流れで、セリヌには閃くものがあった。


「もしかして、肉体に蓄積される!?」


「はい、正解」


 よくできましたと言いたげに、ヒヅキが申し訳程度の拍手をする。


「そして、フィーは冒険者として数多くの魔物と戦い、彼らが体内に保有していた高濃度の瘴気を数え切れないほど浴びているわけだ」


「・・・なるほど、それで同じ武器を使っても速さに差が生じたのですね」


「まあ、な。あいつの方が、短刀に慣れているっていうのもあるとは思うが。少なくとも、パワーの差に関しては、瘴気の恩恵によるものだろう」


 自分の知らなかった瘴気の効果に、セリヌは考える。つまり、訓練などしているよりも、魔物たちを片っ端から仕留めていく方が強くなれるのではと。


「お前が何を考えているかはわかるが、それは無謀だ」


「っ!?」


 頭の中を見透かされ、自分の短絡的な思考を笑われたように思えて、セリヌは羞恥で頬を染める。


「まず、魔物とやりあうには、絶対に知識が必要だ。今のお前にはそれがない。挑んでも、初見殺しにあって、屍を晒すのが関の山だ」


「では、知識を身につければ・・・?」


「あとは、あいつらを仕留める方法さえ持っていれば、多少は戦えるだろうな。だが、それだと効率的に強くはなれない」


「効率的に、ですか」


「瘴気は肉体に吸収される時に、そいつが理想としている身体能力を実現しようとしてくれるらしい。例えば、足が速くなりたいと思えば脚力が強化されるって具合だ。つまり、自分の戦闘スタイルを定めた上で、理想の姿をイメージとして明確化しておく方が、より効率的に強くなれるというわけだ。イメージトレーニングの応用みたいなものだな。もっとも、多少魔物を倒したからといって、劇的に能力が上がるわけでもないんだけどな」


「なるほど・・・」


「で、今日はそのイメージを作るためのプログラムだったというわけだ」


「それで、色々な武器を使って模擬戦をしたという事ですね」


「あとは、上位の冒険者の強さを知ってもらうためだな。フィーは俺の弟子で、俺が先程述べた理論に沿ってトレーニングと実践をこなしてきた。結果が、今のあの強さだ。今の俺では、もう魔術抜きの勝負ならあいつには勝てないだろう」


「万能不屈という二つ名を有するヒヅキさんでもですか!?」


「俺は万能じゃない、器用貧乏だ。剣も魔術も、それに特化したプロには勝てはしない。それに、俺は魔術に適性のある人間だ。肉体の強化がない分、フィー相手は地力の時点で不利だ」


 目を丸くしていたセリヌが、理由を聞いて顔に理解の表情を浮かべる。


「悪い言い方をするなら、フィーは俺の理論の実験台だったんだ。結果は見ての通りで、可愛らしくも逞しい女の子になってくれた。そして、セリヌも努力さえ積めば、フィーのようになれる」


 ヒヅキのその言葉に、セリヌは改めて決意する。フィーに実力の差を見せつけられて沈んでいた表情に、再びやる気の炎が灯った。


「私、フィーさんを超える冒険者になりたいです!!」


「覚悟はできたんだな?」


「はい!そしていつか、ヒヅキさんに認めてもらえる女になります!」


「う、うん?まあ、頑張ってくれ」


「死ぬ気で頑張ります!!」


「いや、死なない程度にしてくれ」


 確かに、フィーを山車にして焚き付けるつもりではあったが、なんか予定と微妙に違うなぁと内心で首を捻るヒヅキ。


「よし、じゃあまず得物を決めてしまおう。セリヌは結局、どの武器が扱いやすかった?」


「扱いやすかった武器、ですか。そうですね・・・」


 セリヌは並べられた武器の前に立ち、記憶を呼び起こしながら考える。


「・・・やはり、これでしょうか」


 悩んだ末に、そう呟いてセリヌが手に取ったのは、小太刀だった


「悪くないチョイスだ。セリヌは脚の筋肉がしなやかかつ柔軟だから、そういった軽めの武装を主軸にして、相手の攻撃の隙に反撃を加えていく戦法の方が向いている。一撃の重さよりは手数、そして体捌きと体術による立ち回り重視のスタイル。どうだ?」


「はい!ヒヅキさんが勧めてくださるなら、その方針でやってみます」


「そ、そうか。じゃあ決まりだな」


 顔をずずいと近づけ、胸元に両手を添えて瞳をキラキラさせるセリヌに、ヒヅキは若干気圧されながらも育成方針を確定する。


「では、早速明日から訓練を受けるといい。明日担当する教官には、こちらで話をしておく。今日は、帰っていいぞ」


「わかりました!これからも、御指導のほど、よろしくお願いします!」


 セリヌは、きびきびとしたお辞儀と共にそう礼を言うと、上階への階段目掛けて駆け出していった。





「・・・計画通り?」


 いつの間にか背後に忍び寄っていたフィーが、ニヤニヤしながらヒヅキに問いかける。


「どうだろうな。うまく、フィーをライバル視して対抗心を持ってくれたみたいではあるが・・・なんか思ってたのと違うんだよな」


「いやいや、そうじゃなくって」


「そうじゃないって、他には何も・・・」


 それ以外に計画など立てた覚えのないヒヅキは、何を指しているのかわからないといった表情だ。


「またまたぁ。うまく自分への依存心を植え付けて、手なづけることに成功してたじゃない!」


「人聞きが悪すぎやしないか!?しかも、依存心とかてなづけるとか、俺はそんなことまで計画していない!悪女ならぬ悪男にはなりたくないからな!」


「・・・・・・」


 フィーが、顔一面に「マジかよこいつ・・・」といった表情を表している。


「えっと、つまり。さっきまでの一連の流れは、計算づくではなく素だと・・・?」


「お前への対抗心以外はそうなるな」


「・・・天然だったのかぁ。・・・マスター、罪な男だね」


「??? 何を言ってるのか俺にはさっぱりわからん」


 自覚のない天然ジゴロっぷりに、フィーは溜息を一つ。そして、よくわからないがなんだか呆れられていると察したヒヅキは、強引に話題転換を図る。


「そういえば、訓練してた二人は?」


「二人とも、体力的に限界っぽいから、今日は終わりっ!」


 フィーが笑顔で、訓練の終了を宣言した。ヒヅキが部屋の奥を見ると、少年の方が大の字になって倒れ込んでいる。少女の方は、壁に背中を預けて息を整えようとしている。


 二人とも、視線に気づいてよろよろと手を上げて見せたので、おそらくは疲労困憊なだけだろう。


 気休め程度に、疲労回復の魔術を二人に施した後、腕を絡めて何かを期待しているフィーに、約束を果たすためのその言葉を贈る。


「なら、今から二人で甘いもの食べに行くか!」


「やったー!ラズベリーパフェと・・・あとレモネードもいいよね?」


「・・・仕方ないな」


「にゃはっ!それでこそ私のマスターだよ!」


「それだと、俺が都合のいい男みたいに聞こえるな」





 そんな会話を交わしながら、二人は部屋を後にした。

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