候補生達2

「さて、まずはこの中から好きな武器を選んでくれ」


 自失から覚めたセリヌの前に、ヒヅキが木製の武器をいくつも並べる。どれも、比較的軽い得物ばかりがチョイスされている。


「えっと、ではこれを」


 おずおずとセリヌが手に取ったのは、細い長剣。軽く両手で振って、感触を確かめる。


「よし、じゃあフィー。ちょっと頼まれてくれ」


「はぁい」


 どこか能天気さを感じさせる間延びした声で返事をし、フィーが寄ってくる。


「じゃあ、そこの円の中に立ってくれ。武器は好きなものを取っていい」


 そう言って、ヒヅキは魔術を行使して床に光の円を描く。自分の肩幅程もない光の円の中に、木製の短刀を右手にぶら下げたフィーが収まる。足を動かせるスペースは、全くないと言っていい。


「で、何すればいいの?」


「急かすな。説明するから」


 フィーと、彼女と訓練中だった少年少女三人分の不思議そうな顔を向けられたヒヅキは、身振りで落ち着けと諭す。


「さて、セリヌ。訓練の前に得物を決めよう」


「は、はぁ・・・」


 話が見えず、生返事をするセリヌ。


「とりあえず、その得物でフィー相手に立ちまわってみろ。ただし、武器以外での攻撃は禁止だ」


「え・・・?」


「フィーは、その円から出ずにそれを捌き切れ。ただし、セリヌへの反撃は禁止する。もし、最後まで一撃も受けなかったら、後で食堂のラズベリーパフェでも奢ってやる」


「ホント!?そういう事なら、本気モードでやらせてもらうよ!」





 俄然やる気を出したフィーを見ながら、セリヌは考える。


 あれ程に狭い円の中では、動くこともままならないはずだ。そして近接戦闘においては、あるいは武術においては、足運びというのは切っても切れないものだ。


 それを過度に制限した状態で、彼女は私の攻撃を全て捌くという。


 先の戦いこそ見ていたが、それでもセリヌは舐められていると感じた。また、憧れであるヒヅキの前でいいところを見せたかったという側面もあった。


「では、いきます!」


「はいはい、いつでもどこからでも」


 余裕を見せるフィーの憎たらしい笑顔を歪ませるべく、セリヌは一歩を踏みこむ。


 まずは、芸のない袈裟斬り。力勝負をするつもりだった。


 二人の体つきを比べると、セリヌの方が僅かに背が高く、その分体が大きい。また、フィーには踏ん張るための足場が足りない。それを考慮しての一撃。クリーンヒットしなくとも、体勢を崩せれば付け込む隙があるだろうとの考えだ。


 しかし、そんな計算は一合の打ち合いで砕け散った。振り下ろされた木刀は、真正面から受けた木短刀に受け止められただけでなく、あっけなく弾かれてしまった。


 その細腕のどこにそんな力があるのかと、セリヌは喚きたい気持ちだった。その衝動を歯を食いしばって堪え、今度は我流の三連撃を繰り出す。


 が、一撃目を横から木短刀に叩かれていなされ、二撃目は躱され、三撃目の横一閃に至っては、上半身を大きく後ろに逸らして躱された。セリヌの長剣の攻撃速度よりも、フィーの短刀の方が動きが勝っているために、隙すら作れない。


「はい、そこまで。・・・あ、フィーはまだ動かないでね」


 セリヌが唇を噛みしめて悔しさを堪えていると、横からヒヅキが止めに入った。不満そうな顔を隠さないセリヌの頭をポンポンとはたき、先程の並べられた武器を指さす。


「じゃ次。また好きな武器を一種類選ぶんだ。ちなみに、重石が入っているから、重量は本物の鉄製武器とあまり変わらない」


 セリヌは、手に持った木製の長剣を置き、少し考える。この武器では速さが足りなかった。なら、彼女と同じ短刀にするべきか。そう考えて、短刀を右手に取る。


「それでいいなら、またフィー相手に振ってみるといい」


 言われなくても!と心で返事をして、フィーに突進する。


 今度は同じ得物なのだし五分のはずと彼女は思ったが、その目論見も脆くも潰え去った。


 彼女が振る短刀の速さよりも、フィーのそれの方が速かった。足場のハンデがあるにもかかわらずだ。


 そんなことあるはずがないとばかりに、セリヌはもはや出鱈目に近い軌道で短刀を振り回すが、全てフィーの振るう短刀に叩き落とされ、逸らされる。挙句、短刀の先端に渾身の一撃をぶつけられ、短刀はセリヌの手から離れて床を転がった。


 ギャラリーの少年少女が、フィーの技術に溜息をもらす。


 一方で、セリヌは荒い息を漏らしていた。フィーは、涼しい顔でそれをただ見つめている。その顔が、セリヌの悔しさを助長する。


「はーいそこまで。次はどの武器だ?」





 そうして、セリヌは武器を変えてはフィーに挑んだが、その武器をもってしてもその体に触れることは叶わなかった。大きな屈辱と疲労に、床に両手を着いて荒い息を吐いては吸うセリヌ。頬を伝う雫は、汗だけではなかった。


「ここまでかな。フィー、お疲れ。後でラズベリーパフェな」


「やったね!」


「君たちも、待たせて悪かった。フィーと続きをするといい」


「いえ!とても勉強になりました!」


「フィーさんの短刀術、すごかったです!」


 そう言って、三人は元の訓練へと戻っていった。かれこれ一時間はセリヌの攻撃を捌いていたフィーは、既に呼吸を整え終えている。そんな彼女と今の自分を見比べて、セリヌは惨めな気分になった。


 そんなセリヌの頭に、柔らかい感触が降ってくる。そして、隣にはスポーツドリンクの入ったコップが置かれる。


「タオルだ。顔と汗を拭くといい。今回何がしたかったかという話は、小休止の後にする」


 それだけ告げると、ヒヅキは気を利かせて部屋を一旦退室した。








 しばらくの間、セリヌはタオルに顔を埋めてこっそりと涙を流し続けた・・・。

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