候補生達1
スカウトの翌日、セリヌは受付で用向きを伝えると、やってきたヒヅキに連れられて地下三階へと案内された。地下三階は一般の冒険者には立ち入ることのできない場所であり、特殊な訓練場があるとしか伝えられていなかった。
セリヌが案内されたのは、地下三階にある一つの部屋だった。
ヒヅキが扉を開いて、中へ入るよう手振りで促した。逆らう事なく中へと入ったセリヌは、部屋の中の光景を見て、一歩後ずさった。
中で行われていたのは、人間同士一対一の模擬戦だった。それが、部屋の各所で行われている。人数としては、二十人にも満たないだろう。
互いに殺傷力のない得物を本気で振るい合って、まるで本物の殺し合いをしているかのようだ。
セリヌが怯んでしまったのも無理はない程に立ち合いは白熱しており、意識を失っているらしい数人が、部屋の隅に転がされている。
セリヌの正面で、木刀を打ち合っていた男性の片方が、首に一撃を貰って、勢いのままに横へとなぎ倒された。意識が飛んだのか、あるいは重傷を負ったのか、倒れたままピクリとも動かない。
「おい」
教官らしい男性が、傍にいた細身の男性に声をかける。それだけで意図を察した細身の男性は、倒れたその男の元へ駆け寄ると、魔術による治療を施し始めた。同時に、身体の各所を調べて状態を確認する。
「・・・。ええと、首や脊髄などに骨折は見られません。脈拍も正常。脳震盪かと」
「転がしておけ」
教官の指示を受け、相手をしていた男が木刀を床に置き、倒れた男を部屋の済へと引き摺って行って放置する。それを見届けた教官が、手元の時計を見て号令をかけた。
「それまで!各自、五分の休憩を取れ。その後、ペアを変えてまた立ち合いだ!」
号令で手を止めた生徒たちは、すぐさまその場に座りこむか、大の字になって床に倒れこんだ。全員が長距離走をした直後のような過呼吸状態だ。這うように自分の荷物の元へ辿りつき、水を飲んでは
「ロイアン教官」
ヒヅキが丁度いいタイミングだとばかりに、彼らの様子を見回している教官へと声をかける。
「おや、ヒヅキ殿。もしや、新しい候補生ですかい?」
「大正解。もっとも、ここで訓練を積むかは、本人の意思に任せるが」
ヒヅキはそう告げて、前のめりな教官を牽制しておく。その上で、口を開いてぽかんとしているセリヌに問いかけた。
「見ての通りだ。実戦ほどではないが、ここの訓練はかなりハードモードだ。ついていく自信がなければ、ここで引き返してもいい。どうするね?」
はぁどもぉどなる言葉の意味は分からなかったが、訓練が厳しいのは、目の前の光景を見れば嫌でもわかった。逡巡の末、彼女は決意した。
「よ、よろしくお願いいたします!」
臆する心はあったが、それ以上に今よりも高みを目指したいという気持ちが勝った。
「そうか。まあ、途中で無理だと感じたら、教官か俺にでも相談してくれればいい」
「い、いえ!自分で決めたからには、音を上げたりはしません!!」
「頼もしい事だな」
初々しい少女の姿に、ヒヅキが目を細める。
「それはそれとして教官。厳しいのは構わないし、むしろ正しいとも思うが・・・やりすぎて壊したりするなよ?実戦で死なないようにするための訓練だ。訓練で死人や再起不能者を出したら、本末転倒だ。その時は、暇を言い渡すからな」
ヒヅキの念押しに、教官も真面目に返答する。
「骨折以上の怪我をさせないように取り計らっています。その程度なら、治癒魔術の力を借りれば一両日中には動ける程度には治りますので」
「骨折以上の怪我をさせないような配慮をしてくれよ?骨折までなら良いやなどと思っていると、不測の事態が起きて、必ずそれ以上の怪我を引き起こす」
「承知しております」
「くれぐれも頼むぞ」
そう言って、ヒヅキはセリヌを連れて部屋を後にした。
どこへ連れていくのかと、頭に疑問符を浮かべるセリヌを表面上は無視して、ヒヅキは別の扉を開いた。
そこには、先の部屋と違って先客は三人しかいなかった。しかし、立ち合いをしているのは同じだった。
しかも、練度が段違いだった。
「あ、やっほー!マスター!」
三人のうちの一人はフィーだ。残る二人のうち一方の少女が、それを隙とみて最短距離を駆け、右手の短刀・・・を模造した木刀をフィーの後頭部へと突き出す。隙ありなどと声は出さない。どころか、足音も息遣いすら漏らさない。
しかし、フィーは慌てることなく、その少女へと後ろ蹴りを放った。少女もそれを予期していたようで、突き出していた腕を、肘を曲げることで脇腹へと収納し、蹴りを上体を逸らすことで回避する。続いて、持っていたナイフを捨てて、フィーの腰へとタックルを見舞った。蹴りで体の重心がぶれていたフィーは、抵抗できずに床へと押し倒される。
・・・かと思えた。
フィーは、タックルの衝撃で後ろへ傾くと同時に、体を腰の部分から大きく捻って、少女が下になるように体勢を変えた。そして、少女を下敷きにするように床に倒れると、即座に両の掌を床に着け、それを起点に前方へと宙返りする。
その背に、残る片方の少年が木でできたスローイングダガーを投げ放つ。数は三つで、一つはフィーに向かい、残りはその左右だ。それだけでは終わらず、少年は更に二本のダガーを投げる。今度は、フィーの上を狙っている。先の三本と合わせて、フィーの逃げ場を失くそうという意図してのものだ。
そこまでやってなお少年は満足せず、腰元から近接戦用のダガーを両手に抜く。
その視線の先では、フィーが自身に向かってきたダガーのみを左手の人差し指と中指の間に挟んで止めていた。
少年の方も、それに驚く様子すら見せず、ダガーを逆手に構えて突進する。
直進するかと思いきや、途中で床を蹴り、壁へ。そして、壁を蹴って天井へ。また、天井を蹴って今度は逆の壁へ。立体的に移動してフィーを攪乱しようと試みる。対するフィーは、リアクションもなく屹立するだけだ。
やがて少年は、フィーの右後ろ上方の天井を蹴り、首を狙っ両手のダガーを振りかぶる。
フィーは振り向いて少年と向き合うと、その片方の手首を両手で掴み、相手の勢いをあえて殺しつつ、投げ捨てる。落とす先は床ではなく、少年を陽動として、接近しようとしていた少女の上。二人は、仲良く折り重なって短く苦鳴を漏らした。
フィーは、一丁上がりとばかりに手をパンパンと叩くと、軽く服も払ってから自身の姿を目視で確認。満足の頷きを一つすると、ヒヅキの方へ向き直って駆け寄ってくる。
満面の笑みで胸元へと飛び込んで来ようとするフィーを、ヒヅキはサイドステップでかわす。
フィーは片脚で着地すると同時に、その脚を起点にくるりと回り、ヒヅキの方へとしなだれかかった。
ヒヅキは、これもくるりと回ってあしらおうとしたが、フィーはガッチリとヒヅキの首を腕でホールドし、離さなかった。ヒヅキの回転に合わせて、小柄なフィーの体が空中ブランコのように宙を回る。
さながら、仲のいい親子か恋人のような光景だ。
ヒヅキはフィーの腰を支えて、ゆっくりと床へ下ろしてやる。
フィーが、『にぱっ』という擬音をつけたくなるような笑いを浮かべるのに対して、ヒヅキは困ったような笑いを返して、フィーの後ろから駆け寄ってきた少年少女の方を向く。
二人とも怪我はなかったらしく、横に並んで一礼をした。ヒヅキも、頷き一つで返礼に代える。
セリヌは、終始目の前の光景に圧倒され、口を開いて唖然としていた。
本日二度目の、間の抜けた姿だった。
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