冒険者ギルド設立へ4

『パンピーで無能な俺は、異世界に召喚された今では勝ち組勇者です!』・・・というタイトルの”聖書”を拾ってから三年の月日が経った。かつての少年は青年になりつつあった。


 かつて、気持ち悪いと思っていた異界術も、かの本に記載されていた”魔術”なる力と似通っており、おかげで前向きに捉えることができるようになった。自分の人生に目的を与えてくれただけでなく、立ち直るきっかけと異界術への忌避感をも取り除いてくれたその異界の本は、まさに聖書だった。


 また、未だに異生物達を駆逐する目処は立っておらず、マイティは最も過酷な最前線での戦いに身を投じていた。帝国存亡の危機とか、人類救済などといったお題目の為ではない、自分の為だ。





 彼が激戦区を志望する理由は四つだ。


 一つは、異界の本に出てきた”冒険者”のように、強い存在になりたかったから。未だに少年の心を残している彼らしい動機と言えるだろう。


 二つは、より多くの報奨金を稼ぐため。これは、青年の目標を形にするための軍資金だ。


 三つは、帝国政府に名を売るため。同じく、青年の目標を形にするための助けとするためだ。逆に言えば、邪魔をされないようにという意味でもある。


 そして四つは、聖書の続きを探すため。これは、青年の目標についてさらに詳しい情報を得るため・・・と見せかけて、単に続きが気になるからだ。





 彼が拾った聖書は、今では”漂流物”という呼び方が普及している。異世界から”漂流”してきた、得体の知れないモノと言う意味だ。これらは、武器や防具、機械仕掛けや芸術品、あるいは使い道の分からないガラクタなど無数の種類があり、時おり異界化した地域で発見されることがある。


 ここで、異界化の原因についてだが。この三年の研究で、瘴気が集まることで空間が捻じ曲げられ、異界の地と融合しているからという仮定が為されている。


 そして空間が捻じ曲げられた際に、異界の地に合った物品が巻き込まれてこちらの世界へとやってきたモノが、”漂流物”ではないかというのだ。





 彼の目標は、聖書に記載されていた、”冒険者ギルド”の設立だ。冒険者として大成する道も捨てがたかったが、自分が後発の若手を育成、支援することで、かつての三人のような犠牲を減らす方をマイティは選んだ。それが、自身を生かしてくれただけでなく、聖書をも託してくれた三人への手向けだと考えていた。





 資金もそれなりに集まり、正規軍と義勇軍の双方からも一目置かれる存在になった頃、待ち望んでいたそれは来た。


 すなわち、これまでの武勲を称える事を目的とした、皇帝からの招待である。


 マイティは、自身の計画を始動する為に、お招きにあずかることにした。











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 身なりを整え、皇帝の前に跪いたマイティ。皇帝の側仕えらしき男が、高級そうな紙の上下を持って広げ、内容を読み上げる。


「彼の者、マイティ=セルベクリスの、帝国への貢献と武勲を称える!」


「皇帝の名において、彼の者の活躍に賞讃を送る!また、褒美として百万ペカを贈呈するものとする」


「ありがたき幸せ。今後も、帝国の為に微力を尽くして参ります!」


 ありがたすぎて欠伸の出そうな皇帝の言葉に、今できる精一杯の恭しさで恐縮したフリをしてみせる。


 こんな茶番でも、彼にとっては大事な計画の一歩だ。躓かせるわけにはいかない。


 マイティの態度に満足したのか、あるいは初めからそのつもりだったのか。皇帝が、マイティの待ち望んでいた、値千金なその言葉を繰り出した。


「其方は、何か望むものはあるか?あるのなら、可能な限り叶えるが」


 きた!待望の言葉だ。マイティは、口元が緩むのを堪えながら、恐る恐るといった風を装って、その要求を口にした。


「陛下。私は日頃から、未来の帝国を支える若き獅子達の育成と、窮地に陥った地域への迅速な戦力の派遣を主な目的とする、支援組織の設立を思案しておりました」


「それは、義勇兵としてという意味か?」


「育成の方はともかく、派遣する戦力については、義勇兵とは違う別の戦力として考えております」


「この国の直轄の機関としてかね?」


「いえ、民間で考えております」


「ふむ・・・」





 考えを巡らせている様子の皇帝。そりゃそうだ。皇帝が命令権を持たない戦力を、民間に認めてしまったら、クーデターなどの温床になりかねない。あまり歓迎できる話ではないだろう。だが、交渉はここからだ。


「陛下。私が考えているのは、各地域との互助を目的とした戦力の整備です」


「具体的には?」


「ご存じでしょうが、戦線から遠く離れた地域に異生物の集団が飛来したり、気づかない内に繁殖をしていたりといった理由で、民間から軍へと依頼が多数寄せられております。それらに、逐一軍が動いていては、非効率な上に、国費の浪費にもなりましょう」


「・・・つまり、それらを解決するために民間の組織を作り、いわば国家の間接的傭兵といった形で各所の救援依頼に対応するということか」


「流石は陛下、素晴らしき御慧眼です。そして報酬については、依頼者から組織を通して、直接それを成したものへと支払う事とします」


「・・・なるほど。組織の運営資金と実行者への報酬は、依頼者に出させることにより、国費の節約にもなる、か。悪くない」


「つきましては、その組織を設立するためのお力添えを、陛下にお願い致したく存じます」


「その組織の長には、其方がなるのか?」


「発案した本人ですので。腹案もいろいろ考えてございます」


「私としては、其方にはまだまだ前線で力を振るってもらいたいと考えていたのだが・・・」


「私が後発の若者たちを鍛える事で、私が抜ける以上の戦力を将来的に補充することが可能でしょう。こちらに所属する者が望めば、正規軍なり義勇軍なりに登用する制度を作っていただければ、ですが」


「なるほど。実戦を経験した即戦力を得ることができる、か。なかなか考えられているな」


「恐縮です」


 そのまま、目を閉じて考える事しばし。目を開くと同時に、皇帝はマイティに許可を出した。


「よかろう。その組織とやら、この皇帝の名において設立を許可し、また多少の援助もさせてもらおう」


「・・・!感謝の言葉もありません、陛下!自分の持ち得る、全能力をあげて、これを成功させてご覧に入れます!!」


 謝辞と共に頭を垂れるマイティ。今回は、心からの行為だ。なにせ、彼の目標を実現させてくれるというのだから。


 心中では、長年の努力と計画が実った事で、快哉を上げてガッツポーズをするマイティだった・・・。











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「・・・という涙ぐましい努力があって、今俺はこうしてギルド長という身分にいるわけだ」


「流石ですマスター!そのような艱難辛苦を切り抜けて、皆の役に立つ組織を作り上げるなんて!!」


 休憩を利用して執務室に遊びに来ていたフィーが、俺の膝の上から首だけを振り向かせてそんな感想を述べた。狙ったのか、露出の多い服を着てきているため、僅かに褐色がかった肌がよく見える。


 ちなみに、傍の応接用ソファには、ユズが仰向けに寝転んでいる。眠っているのか、一言も話さず身動きもしない。・・・いや、寝転んで時にむき出しになった、白いお腹だけが呼吸の度に上下していた。はしたないと叱ってやるべきところだが、元々が猫のような気まぐれ自由人な気質の上、今のフィーの方が露出している面積は広いので、効き目は薄そうだったのであきらめた。


「・・・それで?」


 そう訊ねてきたのは、ユズとは反対のソファに座るキールスだ。こちらは、とある案件の連絡待ちの為に、ここで待機してもらっている。


「それで?と言われても、それだけだが」


 質問の意味が分からなかったので、素直にそう返した。


「そういうことじゃなくてだな」


 そこで一旦言葉を切った後、ニヤリと笑って彼は続きを述べた。


「今の話、どこまでが本当で、どこが虚構だ?」


 その台詞に、肩の力が抜けたようなオーバーリアクションをしながら、不服そうな声を作って返す。


「全部本当の話だ。一字一句、全員の台詞まで間違いないとは言わないが、全体の話としては事実だ」


「うっそだぁ。今の盟主の有様を見てると、とてもじゃないが信じられんよ」


 そう言って、ケラケラと笑うキールス。膝の上のフィーは、そんなキールスをジト目で睨んでいる。今の有様と言われると反論し辛いが、それでも少々イラっとするのは避けられない。そこで、軽く意趣返しすることにした。


「実は、少し誇張があってな」


「やっぱりな!で、どこなんだ、盟主?」


 身を乗り出して食いついてくるキールスに、もったいぶって告げてやる。


「実は、聖書を拾う二日前の日の夕食の描写なんだが・・・四人は夕食を平らげたというのは嘘だ。俺は、疲労していて食べきれなかった」


「そこはどうでもよくね!?」


「異界術を魔術と呼称する様に、色々と手を打ったのも俺だ。かの聖書の世界を身近に感じるためにな」


「それ、お前が元凶だったのかよ。さては、異生物を魔物と呼ぶことを広めたのもお前だろう!語感が似ているし!」


「あと、俺には剣の心得があったという描写だが・・・。実は心得どころか、当時の俺の年齢を考えれば、充分に一級品の腕だ」


「しかも上方修正ですかい!?」


「父親の稽古が厳しかったのだよ」


「そんなことは聞いていない!そして、上方修正は冗談じゃないのかよ!?」


「ふふん!」


「無性に腹が立つドヤ顔!」


「マスターのそういう振る舞い、なんか可愛い!」


「・・・うにゃ。うるひゃい・・・三人とみょ・・・」


「お前は、自室で寝ろよ!」


「キールスは乙女心がわかってない!」


「それ以前に、お前らは常識がわかってねえだろ!後、俺は年上だぞ!?敬って、ふさわしい言葉遣いをしないか!」


「・・・どこに敬う要素があるの?」


「心底不思議そうな顔をするな!」


「俺が許可する。キールス相手には、タメ口で話してよし!」


「うおおいっ!?」


「マスターってば、話が分かるぅ!」


「にゃあ!うるひゃいってば!!」





 やいやいと騒ぐ仲間達を見ながら、かつての三人を想う。


 俺にきっかけをくれてありがとう、そして見ていてくれ。お前たちのような犠牲が、一人でも減らせるように頑張っていくからさ。・・・それなりにな。








 ・・・これは、一冊のライトノベルから始まった、冒険者ギルド運営のお話。


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