冒険者ギルド設立へ3
仲間達との永遠の別れから三日後、マイティは失意と共に自宅へと帰ってきていた。
肉体的には無事に帰りついた彼を、迎えてくれるものは誰もいない。
父親は優秀で勇猛な指揮官として、最前線で異生物と戦って壮烈な戦死を遂げたと聞いた。
母親は、彼がもっと幼い頃に強盗の手で殺害されている。父親は軍属であり、家を空けることが多かった為に狙われたのだった。外へ遊びに出ていたマイティは、帰ってきて初めて母の死を知ったのだった。実際に殺される現場に居合わせなかったのは、幸いと言うべきだろう。
父は、マイティに謝罪しなかった。代わりに、お前自身が強くなって、守りたいものを守れるようになれと息子に言い聞かせた。当時のマイティは、母を守り切れなかった父のその言い様に、強い反抗心を抱いた。今では、父が母を守れなかったことを悔いていた事も、それ故に息子にそんな言葉を残したことも理解できていたが、当時の彼には理解できるはずもなかった。
マイティは、父と同じ軍人の道を目指すことを辞めた。しかし、父に教わった剣術をはじめとする、武芸の稽古は続けていた。いつか、大切なものを守るその時の為に・・・。
そんな過去を持つマイティにとって、今回の経験は挫折に等しかった。落第もいいところだ。
帰ってくるなり、家のベッドへとダイブする。旅装を解く気力もない。
ようやく仲間の死のショックからは抜け出したが、立ち直ってはいない。三人の事を思い出しても、涙が零れることはないが、哀しみと後悔と、それに無力感は未だに彼の心を苛んでいる。
そのままベッドの上でのたうち回っていた彼は、ふと持ち帰ってきた本の事を思い出して、カバンの一番上にしまっていたそれを引っ張り出した。
平常であれば、健全な男子として何かしらの感情を抱いたであろう、表紙の可愛い女の子のイラストだが、今のマイティの心には届かない。
背表紙には、『パンピーで無能な俺は、異世界に召喚された今では勝ち組勇者です!』などと書かれている。
・・・これは煽り文句だろうか、あるいは端的にまとめたあらすじだろうか。そして、”パンピー”とはいったいどういう意味だろうか。
異世界の文字なのだろうが、知識のないマイティにも何故か理解できた。文字を追うと軽い頭痛がするため、異界の力のおかげなのかもしれない。それでも、”パンピー”という言葉の意味は分からなかった。作品中の造語なのだろうか。
様々な疑問と軽い頭痛をとりあえず無視して、中を開く。
右側の折り込まれた表紙部分には、よくわからない風景の絵と作者らしい人物の一文。
左には、『パンピーで無能な俺は、異世界に召喚された今では勝ち組勇者です!』と、背表紙と同じ一文が書かれている。
・・・もしかして、この本の表題か?まさかな・・・。
そう思いつつ表紙をもう一度見てみると、やたらと主張してくる美少女イラストの下方に、やはり同じ一文が、独特の書体で書いてあった。つまり、『パンピーで無能な俺は、異世界に召喚された今では勝ち組勇者です!』と。
マイティは、これが本の表題なのだと渋々ながら認めた。気のせいか、頭痛が酷くなってきた気がする。
・・・しかし斬新な表題だなぁと、彼はその本の異質さを改めて認識した。
さらにページをめくる。目に入るのは、肌色成分の多い女性と、主人公らしき冴えない風体の男性のイラストだった。・・・これ、本当に本なのか?と思いつつ、パラパラとページを捲ってみる。ちゃんと、それ以降は異界の細かい文字が続いていた。少しホッとする。・・・主に、自身の常識が壊れなかったことに。
開始数ページのイラストを軽く無視し、本命の文章を追っていく。
内容としては、異世界でうだつのあがらない”サラリーマン”とやらをやっていた主人公が、神の誘いを受けて別の異世界へと降り立ち、そこで美少女の仲間に囲まれながら冒険者として活躍するという話だった。
思いがけず熱中して、ついつい一気読みしてしまったマイティは、読了後に本を胸に抱え込み、ベッドの上をのたうち回った。
「くっそ、羨ましい!俺もこいつみたいな経験してみてえ!」
改めて、彼の仲間らしい美少女のイラストを眺めながら、マイティは枕に顔を埋めて悶えた。
「ていうか、続き読みてえ!!・・・くそっ!くそっ!!なんで一巻しかねえんだよ!生殺しだろうが!!」
そして吠えた。血の涙を流さんばかりの絶叫だった。在宅していたなら、さぞかしお隣さんは驚いたに違いない。
そのまま、悶えてのたうち回って転げまわって叫ぶ事十分程。ようやく幻想から覚めたその胸には、”冒険者”という言葉が刻まれていた。
立ちふさがるモンスターを倒し、信頼できる仲間と共に未知へと挑んでいくロマン。そんな冒険者の姿を幻視して、彼はその姿に憧れた。そして、その冒険者を支援し、時には導いていく”冒険者ギルド”なる存在にも憧憬を抱いた。
仲間の死に折れていたマイティの心に、微かな火が灯った瞬間だった。
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