冒険者ギルド設立へ2

 その日の戦いは、いつになく激しかった。

 昼食の時間までに十数匹の敵を打倒し、食事として出されたパンをかじる四人は、見るからに疲労していた。無理もないだろう。普段の倍以上の遭遇数だ。

 また、複数の敵に囲まれる場面もあり、肉体よりもむしろ精神の方が消耗していた。

 四人は、正規軍の担当者へと異常を伝え、普段よりも警戒度を引き上げて昼食後の巡回に出た。


 その後も、遭遇する敵の数は増える一方だった。

 四人は、敵が単独であれば打ち倒し、複数の場合は逃走するという方針で応戦していたが、間もなくマイティの異界の力が尽きた。頭痛が酷く、念じても祈っても、力は発現しなかった。

 マイティには剣の心得もあったため、その後も前衛に加わって戦っていたが、頭痛と疲労のせいで動きには精彩を欠いていた。

「マイティ、大丈夫か?」

「汗がすごいぜ?体調も悪そうだし・・・」

「いや、まだできるさ。俺は、異界の力に頼らなくったって、戦えるんだ」

「強がるなよ。俺たちもくたびれたし、一旦戻ろうぜ」

「・・・すまん」

 仲間に心配されても尚、意地を張ろうとしたマイティだったが、年長者のカシードルの一言に渋々折れた。


 ベースキャンプへ向かうまでにも数匹の敵と出会ったが、これらをどうにか撃退し、一行は疲労困憊でキャンプへと帰りついた。

 他の義勇兵たちも何チームか帰ってきており、一様に疲れた顔をしていた。

 顔見知りのチームを一つ見つけたが、人数が半分しかおらず、残りのメンバーは涙を流していた。

 どうやら、戦いの間に仲間を失ったらしい。

 他のチームも、仲間が欠けた様子のものがほとんどで、キャンプは沈痛な雰囲気に包まれていた。


 その空気を壊すように、正規軍の連絡役が血相を変えて、彼らの元へと飛び込んできた。

「動ける者は、私達に手を貸してもらいたい!!」

 いきなりやってきてそう告げた連絡役に、涙を流していた者も俯いていた者も、顔をそちらへと向けた。

「どうやら、工作班が失敗したらしい!罠を突破して、敵がこちら側へと侵入してきている!」

 キャンプの雰囲気が、一瞬にして変わった。義勇兵の心に、焦燥と危機感が渦巻き始める。

「今、正規軍が前線でこれ以上の侵入を防いでいるが、正直人手が足りん!かろうじて生存した工作班が、新たな罠を敷設する間、敵の駆除に手を貸してもらいたい!」

 各所で、義勇兵の仲間が立ち上がり、彼の元へと歩み寄っていく。

 カシードル、リット、アイゼルも、疲労の体を叱咤して立ち上がり、顔を見合わせて頷いた。

 遅れてマイティも立ち上がろうとしたが、その肩をカシードルに抑えられた。

「マイティ、お前は無理だ。俺たちに任せて休んでいろ」

「俺だけ除け者かよ!冗談じゃない、俺達はチームだろ!お前らが行くなら---」

「はっきりと、足手纏いだと言ってほしいのか?」

「!?」

 食い下がろうとするマイティに、カシードルが、これまでに聞いたことのないほどの冷たい声色でそう告げた。

 その変貌ぶりと告げられた内容にショックを受け、マイティの手が震え出す。

 救いを求めるかのように彷徨う視線が捉えたのは、彼を見下すような目つきをしたリットだった。

「さっきまでの戦いでも、全然動けてなかったじゃねえか。カッコつけてないで休んでろよ」

 震えが大きくなる。本人もはっきりと意識しないままに、残ったアイゼルへと視線を動かす。はたして、アイゼルは目を閉じたまま、短く一言だけを告げた。

「俺たち三人で充分だ」

 その言葉に、マイティは視線だけでなく顔をも俯かせた。両膝の上に置かれた手は固く握りしめられ、仲間に見せないよう隠した目には、涙が滲んでいた。

 そんな彼を放置して、三人は激闘が待ち受ける前線へと旅立っていった。




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 その後の結果を先に述べておくと、作戦は成功して、翌朝には敵の再隔離に成功した。

 しかし、ショックと心配により眠る事もできず、ただキャンプで待ち続けたマイティの前に、三人は姿を見せなかった。

 朝食を口に入れる気にもならず、ただパンをちぎりながら物思いに耽っていると、にわかに辺りが騒がしくなった。どうやら、治療キャンプの方へと負傷者が運ばれてきたらしい。

 そんな声が耳に入ったマイティは、寝不足による立ちくらみや昨日からの疲労を忘れたかのように、駆け出した。もしかしたら、仲間が運ばれてきたのかもしれない。そんな一縷の希望に縋って、もつれそうな足を必死に動かした。


 そんな彼の願いが通じたのか、治療キャンプに寝かされていたのは、彼の仲間だった。

 しかし、彼の望み通りの姿でもなかった。

 運び込まれたのは、リットだった。左腕を失い、額には横一文字の裂傷があり、おまけに右脚の太ももには銅貨程の大きさの穴が空いている。

 変わり果てた仲間の姿を見て、マイティは膝から崩れ落ちた。涙が頬を伝い、しかし視線だけはリットから外さない。周囲の人々が、その様子に悲哀と同情を湛えた視線を向けているのにも気づかない。

 マイティは、我を取り戻してからも治療キャンプから動こうとせず、リットの治療の様子を見守り続けていた。




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 その夜。リットは必要な処置を全て施され、治療キャンプの仮説ベッドに寝かされていた。

 マイティは許可を貰って、その傍に付き添い続けていた。

 時折、積もった疲労に肉体と精神が耐えかねて、マイティは意識を落としたが、それもわずかな時間だった。そして、自分が意識を失っていたことに気付くと、頬を叩いて気合を入れた。

 彼らと共に戦うことができなかったのだから、せめて傷ついた彼を見守るくらいはしようという心意気をマイティは抱いていた。いや、むしろ意地というべきか。

 そんな彼の執念の賜物か、それまで意識を取り戻さなかったリットが、ゆっくりと目を開いた。

「!?リット!」

 マイティは、即座に彼の名を呼んだ。リットは、首だけを辛うじて動かしてマイティの姿を確認すると、彼らしくない弱々しい微笑みを浮かべながら、言葉を発した。

「よう・・・マイティ・・・ひでぇ面だな」

「・・・」

 いつもの掛け合いなら、「お前に比べればマシさ」などと言うところだが、マイティは黙ったままだった。

「先に謝っておくよ。悪かった、酷いことを言ったな」

「・・・!」

 ここにきてようやく、マイティは三人の優しさに気付いた。

「あれは・・・カシードルの提案で・・・芝居を・・・酷い事を・・・」

 途切れ途切れの懺悔に、マイティはまたも涙を流す。懺悔したいのは彼の方だった。

「大丈夫、あれが芝居だなんてこと、最初からわかってたさ。お前は嘘をつくのが下手だからな」

「・・・そうか・・・それなら・・・いいさ。それよりも・・・」

 言葉を切って、リットが覚束ない右手をふらふらと動かし、自身のリュックを差した。確か、治療キットなどの小物が入っていたリュックだ。

「オレのリュック・・・中に・・・本・・・好きだろう?」

「本?」

 マイティは読書が好きだった。寝る前には、いつも小説を読むことが日課なほどには。

 リュックを探ってみると、随分と小さい本が出てきた。外側は皮製でなくツルツルとしていて、鮮やかな色彩で可愛らしい女性の絵が描いてあった。彼の知る本とは、明らかに異なる一品だ。

「おい、この本はいったい・・・」

 そう言って振り返った先では、リットの腕が地に着いていた。

 必死に呼びかけても返事はなく、調べると脈拍もなかった。慌てて軍医を呼んだが、そこから快復することはなく、リットはあの世へと旅立っていった。


 一冊の異質な本と、マイティ一人を残して・・・。

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