冒険者ギルド設立へ1

 皇国が治める諸島。大小合わせて二十近くとなるその島々は、有人島と無人島が混在していた。


 十数年前、その内北方に位置する一つの島の大地に、異界へと繋がる穴が空いた。


 その穴からは異界の生物が無数に溢れ出し、瞬く間にそれらは周囲の島へと生息圏を広げていった。


 異界の生物はあらゆる既存の生物を餌とし、それは人間も例外ではなかった。また、彼らが撒き散らす異界の瘴気は、大地を汚染、侵食して異界のそれへと変化させていった。





 当然、皇国は軍を派遣して戦った。しかし、結果は散々だった。風に乗って広範囲に広がる神経毒の粒子を撒き散らす二足歩行の植物、剣や槍では傷一つつけられない程に硬い表皮を持つ爬虫類、あるいは触れた者のあらゆる体細胞を溶かす体液を持つ軟体生物、などなど・・・。


 これまで対面したことのない、奇怪な生物のバーゲンセールに、兵士は次々と倒れていった。


 必然の結果として、皇国の方針は国力と武力の強化に傾き、力が全てという国風へと変わっていった。そして、皇国は徐々に今の帝国へと変わっていった。


 年単位での国家の改革の結果、それぞれの生物の弱点を突き留め、また適切な装備を生産し、どうにか効率的に敵を退治できるようになった頃には、戦闘可能な帝国軍の兵士の数は半分近くにまで減らされていた。


 時の皇帝は、国家の危機を訴え、各々の愛国心へと訴えかけた。そして義勇兵を募り、正規兵と連携させることで、どうにか反撃の体勢を整えたのだった・・・。


 その義勇兵という制度が、冒険者という職業の地盤となったのだった。








 それから十年程度が経過した、運命のその日。マイティは、義勇軍の一員として、軍の一隊と共に最前線で戦っていた。


 場所は、北方にあるケプキ島の森林地帯。敵の数は、予測された最小の数でも味方の二倍。そんな数の上での不利を、彼らは知恵と適切な武装によって、どうにか拮抗させていた。不幸中の幸いと言うべきか、異界の生物は本能のみで行動しており、知性というものは見られなかった。


 ケプキ島は、端的に言うなら細長い形をしていた。それを踏まえて、ケプキ島の混成軍は罠の設置によって敵を少しずつ分断し、孤立させた少数の敵を殲滅するという戦術を採用した。そして根気よくこれを繰り返し、三か月ほどをかけて島の半分ほどを制圧していた。


 罠の設置は、正規軍の工作班の役目。その後の殲滅についても、最前線については正規軍が担当し、義勇軍は正規軍が狩り残した敵を、虱潰しにしていくのが役割だった。





 マイティは、三名の仲間と共にチームを組んでいた。


 剣を得意とし、前衛として敵に立ち向かうリットとアイゼル。それを弓で援護する、後衛のカシードルス。


 彼らは今、スリーハンドという名をつけられた異生物と対峙していた。


 名前の由来は、胴体から生える三本の腕。二本は人間と同じく肩の位置から生えているが、もう一本は背中の中ほどから後ろ向きに生えている。そのいずれもが、鋭い爪を備えている。


「うらあ!」


 カシードルスが、急所である首を狙って矢を放つ。スリーハンドがそれを右手で防いだところで、がら空きとなった右の脇腹をリットが斬り裂く。緑青色の血飛沫がリットの剣と腕に飛び散る。スリーハンドは、右手で傷口を庇いながら後退する。


「もういっちょ!」


 再び、矢が首を狙って飛翔する。左腕で防御した隙をついて、アイゼルが左の脇腹を斬り裂く。


「オオオオォッ!」


 悲鳴を上げたスリーハンドが、くるりと背を向けて逃げ出そうとする。


「逃がすかよ!」


 そうはさせじと、マイティが術を行使する。スリーハンドの両足首が凍り付き、前のめりに倒れる。


「うらあああああっ!」


 雄叫びと共にリットがその背へと突進し、剣を振り下ろす。スリーハンドは、背中の腕でこれを横から振り払ったが、それは織り込み済の行動だ。


「くたばれっ!」


 アイゼルの斬撃が、がら空きとなったスリーハンドの首へと食い込む。首を切断するには至らないものの、スリーハンドの動きはぴたりと止まった。


 それを確認した四人は、周囲の安全を確認した後、集まってハイタッチを交わした。








 その日の夜、一日を無事生き延びた四人は、食堂で夕食を平らげていた。


「マイティ、お前の異界術ってやつが羨ましいよ。凍らせたり燃やしたり、色々できるんだろ?」


「まあね。使いすぎると出せなくなっちゃうけど」


「あーあ、なんで俺には異界の力は目覚めないのかねえ」


 いつものリットの愚痴に、マイティは苦笑で返す。





 異界術とは、自身の内にある異界の力を使って、炎や冷気といった現象を生じさせる技とされている。


 その時点の研究では、異界の瘴気を適性のある人間が吸収することによって、脳に何らかの変化が起きた末に発現する異能の力だとされていた。(そして、その推測はほぼ正鵠を射ていた)


 現在では、紆余曲折あって魔術と呼ばれるようになったものだ。


 マイティが義勇軍として戦っていた時点では、異界術を行使できる者はかなりの少数だった。その後、新生児にも、生まれつき力を発現させるものが一定割合存在する事が確認された。これは、母体が取り込んだ瘴気が、凝縮されて胎内の子へと吸収されたためだと推測されている。





「自然術もカッコいいけど、やっぱり異界術の方がインパクトあるよなぁ。手品みたいっていうかさぁ」


 アイゼルが、両手を後頭部に当てるいつものポーズで、異界術への憧れを語る。


「そうか?自然術と違って面倒な手順が必要ない分、コストは完全に自分持ちなんだろう?俺なら、有限の異界術よりも、限りなく無限の自然術を推すけどな」


「カシーは、年食ってるから理屈っぽいんだよ。俺たちの心はまだ少年だからな!」


「たった二年の差だろう!生意気言うと、援護してやらないぞ?」


「悪かったってば」


 カシードルとリットが、いつものやり取りをしている。


「そんなことより、そろそろテントに戻って寝ようぜ?俺はもうくたくただよ」


 話を切り上げたかったマイティは、そう言って立ち上がる。彼に続いて三人も立ち上がり、テントへと歩き出した。





 マイティは、自分に宿った異界術という力を気味悪く思っていた。憧れを抱いた目で見てくるリットとアイゼルには悪いが、自分の体が得体の知れないものによって変化させられたというのは、まだ幼さを残した彼にとって恐怖を覚えるには充分な事実だった。


 異界術を行使するようになってからは、徐々にそういった恐怖は薄れつつある。それでも、ふとした拍子にその事実を思い出しては、自分が普通の人間から外れた存在という認識を強めていった。





 そんなマイティが、一冊の本・・・彼にとっての聖書と出会うのは、翌日の事である。

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