ギルド経営者の日常2

「皆、グラスは行き渡ったな?・・・それじゃあ、乾杯」


『カンパーイ!!』


 とある酒場で、男女六名のにぎやかな声が響いていた。


 メンバーは、俺の他に五名の巡回班のメンバーだ。


 巡回班は、交代でギルドに詰めて、一昨日のような不届き者が出た場合に、これを排除する部署だ。


 場合によっては、屈強な冒険者を相手にしなければならないため、巡回班のメンバーは皆実力者ばかりだ。


 ギルド所属の冒険者や務める職員の中には、巡回班のメンバーの事を、経営者である俺の私兵だと揶揄する者もいる。まあ、緊急の依頼があった場合、他に適任がいなければ彼らに直接依頼する事も多いので、そう言われるのも仕方ない。


 巡回班の五名は、先に名が出た三名を除いて男性と女性が一人ずつ。


 その二人の内の男性の方であるリュッセル、フルネームでリュッセルロルフ=オベストは、今年で二十八歳となる。巡回班の中では年長者で、俺よりも年上だ。年功序列というわけではないが、巡回班のリーダーを任せている。冷静沈着で、瞬時に最適な判断の出来る男だ。


 もう一人の女性の方は、ライム。元奴隷であり、その為に姓はない。そもそも本人が知らない為に年齢も不明だが、外見からの予測では十七歳前後だろう。


 奴隷として売られていたのを見かけ、潜在能力の高さを買って、俺が購入した娘だ。


 その後、すぐに奴隷としての契約を破棄し、代わりに雇用契約を結んでいる。ついでに言うと、フィーも同じような経緯で巡回班のメンバーとして契約している。フィーがやたらと俺に懐いているのは、その過程で、どういうわけか絶対の信頼を勝ち取ったからだったりする。





「ライムが成人していれば、共に酒を酌み交わせたんだがな」


「で、酔わせたライムにあんなことやこんなことを、ですか?」


「お前と一緒にするな」


 リュッセルの言葉に、クライスが下品な茶々を入れる。リュッセルは、それに対して憤慨して見せただけだったが、ライムはテーブルの下で爪先での蹴りを見舞っていた。脛を蹴られたらしく、クライスが涙目になっている。ちなみに、この国では成人は十八歳からであり、うちの巡回班でその条件を満たしているのは、男性陣の二人のみだ。付け加えると、俺は酒の味がどうにも苦手なので、こういう場では付き合い程度だ。


「お酒ってそんなにいいものですか?」


「大人になってのお楽しみだよ」


 右隣に座るフィーの問いを、お決まりの文句であしらっておく。左隣では、ユズが淡々と料理を口に運んでいる。


「両手に花ですな、ヒヅキ殿。羨ましいことこの上ない・・・と言いたいところですが、ユズやフィーのような少女が好みというのは、いささか外聞が悪いのでは?」


 またもクライスが冗談を言い、今度はフィーとユズから左右の脛に蹴りを貰っていた。


 クライスは二人の蹴りを予測し、それを躱そうとして足を動かした気配があったが、二人はそれをも読んで蹴りを見舞っていた。フィーの方の蹴りが効いたのか、左足を押さえている。


 リュッセルがその様を見て、やれやれとばかりに首を振っている。


「クライス、お前はもう少しマシな冗談は言えないのか。進歩がないこと甚だしいぞ」


 冗談のお返しに、口撃をくれてやる。期待通り、クライスが反撃してきた。


「貴方が雇用主だからと言っても、人の表現や個性にまで干渉するのはいただけませんな」


「俺は雇用主だからな、部下の人間関係には気を遣っているのさ。これでもな」


「で、あれば。俺と貴方の人間関係を考慮して、そういった無粋な指摘は控えるべきでは?」


「・・・?何を言ってるんだ?俺は部下の人間関係と言ったはずだが?」


「いや、だから部下である俺にも---」


「いやいや、お前は部下でなく配下だ」


「いやいやいや!?」


「俺に対してはともかく、ちゃんと目上である他の四人には敬語を使うべきだろう」


「おいぃ!?」


 いつもの俺達の漫才に、他の四名がそれぞれに笑う。普段はポーカーフェイスなユズですら、口元が緩んでいる。


「クライス、お前ではまだまだヒヅキ殿には勝てんようだな」


「・・・せいぜい精進しますよっと」


 そう言ってそっぽを向くクライス。それを見て、再び一同が笑う。


「マスター!シュル肉の炙りを追加してもいいですか?」


 自分の取り皿を空にしたフィーが、上目遣いにおねだりしてくる。あざといという以前に故意にやっているのは分かっているのだが、正直言ってその仕草と猫撫で声には弱い。なにより、まだ懐には余裕がある。


「姫のお望みのままに」


 芝居がかった仕草と声で許可すると、フィーはお礼とばかりに満面の笑みを返してきた。・・・こんにゃろい。全て計算しての行動なのはわかっているんだが、俺への好意自体に嘘はないようなので、不快感は覚えない。しょうがないなぁという奴だ。


 店員を呼び止め、追加注文をするフィー。反対側では、ちゃっかりとそれに便乗して、ユズがデザートを注文している。俺の視線に気づくと、彼女はバレたかとはにかむでもなく、さりとて謝罪することもなく、ただ会釈した。これもいつものことなので、微笑みを返して許可の意思を伝える。返ってきたのは再びの会釈のみで、ユズはまた黙々と食事を続ける。


「ヒヅキ殿!俺も、果実酒のお代わりを貰ってもイイですかい?」


「いいよ。どうせお前は自腹だしな」


「んな、殺生なぁ!?」


 大げさにテーブルへと崩れるクライス。その肩を、リュッセルが笑いながらポンポンと叩く。その様子に、ライムがからからと笑い、フィーが何故かドヤ顔で無い胸を張る。


「フィー!少しばかり気に入られてるからって調子に乗ってるんじゃねえぞ!このあざとさだけが売りの野良猫め!何を威張ってるのか知らんが、そんな無い胸を張ったところで、男の気は引けないぞ。却って憐れみを向けられるだけだ」


「うにゃああああああっ!」


 女性であるフィーにとって、その煽りは冗談といえど看過できなかったらしく、素早く立ち上がってクライスの首を後ろから締め上げていた。クライスが、降参とばかりにタップしているが、フィーはチョークスリーパーを緩める気配はない。まあ、ちゃんと加減はするだろう。


「口は災いの元って格言が、ご主人の聖書の中にあったでしょ?あれ、クライスにぴったりの言葉だと思うわ」


 ライムが、空になったグラスを指で突きながらそう呟いた。


「確かに。ところで、飲み物のお代わりはいかがかな、お嬢さん」


「・・・そういう気取った言い方、ご主人には似合ってないよ。まあ、お代わりは有難く頂戴するけどね」


 頬杖を着いたままで、ライムが厳しいツッコミを入れてくる。どうやら、俺がこういった冗談を言っても様にならないらしい。心のメモ帳に記しておこう。


「あ、店員さん!俺も、これと同じ果実酒のお代わり、すぐにね!」


「あ、お姉さん。こいつの注文は一番最後でいいよ」


「おい!」





 ささやかな宴は、それでもにぎやかに店の閉店近くまで続いた。

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