トラブル対応2

 ギルドの建物の地上一階~三階には、中央部に太い柱が一本通っている。その柱の周囲は吹き抜けとなっており、上階からでも下の様子を窺うことができる。


 そして、階下から騒音が響いた直後、三階からその吹き抜けへと飛び降りた小柄な人影があった。


 その人影は、柱を蹴った勢いで二階の廊下へ飛び込んだ。着地と同時に膝を曲げ、その脚のバネを使って前方へと弾丸のように突進する。その先には、大剣を構えた大男。気配で気づいたのか、大男が人影の方へ体を向ける。


 人影は、体格差にも興奮で血走った視線にも怯むことなく大男の真正面へ飛び込むと、振り下ろされた大剣を半身になって回避。即座に真上にジャンプし、大男の顎へ向けて空中で前蹴りを繰り出した。


 大男の体がわずかながら宙に浮き、後ろへと倒れる。とどめの追撃として、肘鉄を顔へと振り下ろそうとしたが、既に大男は気を失っていた。





「ご苦労様、フィー」


 対面していたロドウズを一撃で沈めた少女に対して、青年が労いの言葉をかける。


「マスター、お怪我はありませんか!」


 フィーという名らしい少女は、その労いの言葉にはにかみながら、自身の目で青年の無事を確認する。


「どうにか避けられたよ。しかし、床を頑丈に作っておいて良かった」


 青年は笑いながら、床を靴のかかとでコンコンと叩く。


「それで、このクズはどうしましょうか」


 はにかんだ笑顔から一転、言葉通りにゴミを見る眼でロドウズを見下ろす少女。視線に含まれる成分は、憤怒が五割に軽蔑が五割。優しさは、これっぽっちも配合されていない。


「外に捨てておいて」


「粗大ごみ置き場ですね、了解です」


「待てやこらぁ!」


 二人がいつもの調子で話しているところに、ロドウズのパーティメンバーが口を挟んだ。


「よくもうちのリーダーをやりやがったな!」


「こんなギルド、出入り禁止なんてされなくても二度と来ねえよ!けどなぁ」


「てめえらはただで済まさねえ!」


 三人が、各々の得物を構える。それぞれ、槍とボウガン、それにメイスという出で立ちだった。


 そのうち、槍を持った男へとフィーが突進する。そのまま串刺しにしてやるとばかりに、繰り出される槍の穂先。フィーは首を逸らしてそれを躱す。それだけでなく、細い腕を伸ばして、穂先ではなく柄の部分を掴んで後ろへと引っ張った。


 突きの勢いと同じベクトルでフィーの力が加わったことで、槍は男の手を離れてフィーの後方へとすっ飛んでいった。受付のカウンターに槍が当たり、職員から小さな悲鳴が上がる。


 予想外の光景に、呆気にとられたその男は、隙ありとばかりにフィーの放った掌底のアッパーカットで意識を飛ばされた。


「こいつっ!」


 ボウガンの男が、フィーに狙いを定めてトリガーを引く。しかし、矢は一メートルすら飛ぶことなく、不自然な軌道で床へと墜落した。


「な、なんだ!?どうした!?」


 ボウガンの故障かと、慌てて弦や可動部のチェックをする男。異常がないのを確認して首を捻り、その姿のままで前兆もなく床へと倒れこんだ。


「くぇっ!?」


 職員をはじめとするギャラリー達が、その不自然な倒れ方に目を奪われている間に、メイスの男はフィーの拳を首に食らい、短い悲鳴を上げて倒れ伏した。






「・・・やれやれ、僕の出る幕はなしですか」


 突然の大立ち回りにギャラリーが唖然とする中、その空気を壊すように一人のやや細身の男が階段を上がり終えてそうぼやいた。


「一足遅かったな、クライス。残念ながら見せ場はなさそうだが、有意義な後始末は残っているぞ」


 青年が、抱き着いてきたフィーの頭を撫でながら、顎で倒れた四人を示す。クライスと呼ばれた男は、溜息を一つ吐くと、右手で三人、左手で二人の襟首を掴み、一階へと引き摺って行った。


 その体つきに見合わない膂力にギャラリーがまたもや唖然とする中、またもや空気を壊すように声が響いた。


「主。私の魔術についても称賛の言葉を頂きたい」


 クライスとは反対に階段を下りてきた少女が、抑揚のない声でそう青年へとせがんだ。


「ああ、いいとも。ユズも、ほれぼれするような重力魔術と凍結魔術だった。コントロールの巧みさは、きっとギルドでも指折りだろう」


 その言葉に、ユズという名らしい少女は表情を変えないままで頷いた。ただ、ポーカーフェイスを維持する顔の頬だけは、ごくわずかに紅潮していた。



「ユズぅ!あんた、重力魔術の仕上がりを見せるために、あのクズにわざとボウガンを撃たせたでしょ」


「・・・何の事だかわからない」


「嘘!先に凍結魔術を使っていれば、撃つ前に無力化できたでしょう!」


「相手が狙いをつけて撃つ方が速かった。間に合わなかった」


「にゃあああああっ!ユズの嘘つきいぃぃぃ!」


 二人の少女が、追いかけっこを始める。ユズは、重力魔術の応用で宙を飛び、フィーは持ち前の身軽さをフル活用してそれを追う。





「あ、あの」


 そんな二人を、仕方ないなぁと言いたげな目で見送る青年に、後ろからおずおずと声がかけられた。


 振り返ると、手続きをとうに終えたらしいリオが立っていた。


「どうした?何かわからないことでも?」


「い、いえ、そうじゃなくて」


 俯いてもじもじしながら、何かを言いたげなリオ。急かすことも、立ち去ることもできずに困った顔をする青年。


 そのまま十数秒が過ぎたあたりで、意を決したリオが問いかけた。


「貴方は、ヒヅキ様、なんですか?」


「・・・」


 その名を聞いて、散会しようとしていたギャラリーの冒険者達が、ギョッとなって振り返る。大勢の視線の先には、しまったという表情をする青年。小声で名乗ったつもりが、彼女には聞こえていたらしい。言葉を返さずとも、表情が答えを示していた。リオが、青年に追撃を加える。


「もしかしなくても、この冒険者ギルドのマスターの、ヒヅキ様?」


「同名の別人だろうさ」


 目どころか、顔を逸らして誤魔化そうとする青年。目の前の少女も、周囲のギャラリーも全く信じていない様子だ。


「わ・・・」


 目の前の少女から、感情を爆発させる前触れを感じた。


「私!あなたのファンなんです!それで、冒険者を目指そうと思って、勇気を振り絞って、今日ここへ来たんです!」


「いや、だから、人違い・・・」


 そう言いながら、青年は逃走する算段をする。周囲では、「あいつが・・・?」だの、「かつての・・・」だのといった言葉が囁かれている。職員たちは、リオと青年を見て苦笑いしている。


「ヒヅキ様!短時間でも構わないので、お話を聞かせて---」


「さらばだっ!」


 リオが言い終えるのを待たず、青年は袖に仕込んだ紙切れ、そこに描かれた魔術陣に魔力を通した。


 瞬間、青年の姿はその場から消え去った。


『!?』


 残されたのは、リオと冒険者たちの驚愕だけだった。





 これから記されるのは、この俺ヒヅキによる、冒険者ギルドの運営と設立の物語だ。

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