一冊のライトノベルから始まった、冒険者ギルド運営

PKT

トラブル対応1

 その少女、リオ=ルゼナルトは顔をカチコチに強張らせながら、恐る恐るその大きなドアを開いた。


 彼女にとっての最初の一歩。勇気を振り絞った、冒険の始まりだった。


 開いた扉の向こうから聞こえるのは、人の喧騒と、食器の触れ合う音。


 予想外の光景に、少女はその場に立ち尽くす。


「おう、邪魔だ!嬢ちゃん!」


「ひぃっ!?」


 後ろから聞こえた不機嫌な声に驚き、リオは慌てて脇へと退く。野太い声の大男は、舌打ちを一つ残して左手の階段を上がっていった。


「・・・」


 最初の一歩を踏み出して早々のアクシデントになけなしの勇気は底をつき、緊張が全身を支配する。


 体が震え、目に涙が浮かぶ。もういっそ、今日は出なおそうかとすら考え始めた彼女に、右手から優しい声がかけられた。


「ようこそ、可愛らしいお嬢さん。冒険者ギルドは初めてかな?」


「うひぇっ!?」


 再びの驚愕で、間抜けな声を上げるリオ。声をかけた青年は、そんな彼女を笑うことなく、膝を曲げて目線を合わせて自己紹介する。


「怖がらなくていい。僕は、このギルドの案内人だ」


「ギルドの・・・人・・・?」


「ああ、ギルドの職員だ。君は、察するところ冒険者志望の子かな?」


「え、は、はい」


 若干涙声ながら、リオは返事を返した。


「ふむ、なるほど。お嬢ちゃんは何歳かな?」


「き、昨日で十五歳になりました」


「なるほど、なるほど。ちゃんと資格は満たしているわけだ。・・・でも、この程度で怖気づいてたら、とてもじゃないけど冒険者にはなれないと思うよ?悪いことは言わないから、帰った方が・・・」


 実は、青年は少女が扉をくぐってきた時から、ずっと様子を見ていた。そして、彼女は冒険者には向いていないと忠告したのだが。


「い、嫌です!私は確かに臆病で、引っ込み思案で、泣き虫で弱虫だけど、それでも冒険者になりたいんです!」


「ああ、そう・・・」


 少女は意外にも頑固だった。意固地になっているという感じではない、何かに裏打ちされた決意が見えた。


 ・・・しかし、臆病に、引っ込み思案に、泣き虫弱虫って、不安要素が役満なんだが・・・。と、青年は頭の中で最近覚えた言葉を使ってみる。手に入れた”漂流物”の本に載っていた言葉だ。


 まあ、本人が希望するのなら、青年に止める理由はない。


「ということは、冒険者登録がしたいのかな?」


「はい。その手続きをしようと思って来たら、目の前が食堂で、もしかして建物を間違ったかなって、でも、ちゃんと表の看板には冒険者ギルドって書いてあって・・・」


「よし、ちょっと落ち着こうか」


 混乱している少女を落ち着かせるため、青年は手を叩く。あまり大きな音ではなかったはずだが、少女はびくっと体を硬直させた後、俯いてしまった。これで本当に冒険者が務まるだろうかと、青年は疑問符を心に浮かべる。


「このギルドは、地上五階と地下三階建ての構造でね、ギルドの各種受付は二階にあるんだ。今いる一階にあるのは、食堂とロビーのみさ」


「そ、そうだったんですか」


「ああ。冒険者登録なら二階で受け付けている。案内しよう」


「あ、ありがとうございます」


 青年が少女を先導し、二階へと上がる。数ある受付カウンターの内、新規冒険者登録用のカウンターへと少女を案内する。


「ここが、登録カウンターだよ」


 そう少女に言って、受付の女性の前へと連れていく。幸いと、今日は混んでいなかった。


 受付の女性は青年を見て一瞬硬直したが、次の瞬間にはサービススマイルを浮かべて、リオの対応を始めた。





 その時だった。すぐ側のカウンターから、怒声が上がったのは。


「ふざけるなよ!あれだけの大仕事が、これっぽっちの報酬じゃあ割に合わねえって言ってるんだ!」


 やれやれ、トラブルか。


 青年は心の中で溜息をつき、渋々ながら怒声の元凶の方へと足を向ける。どうやら、報酬受領のカウンターらしい。


「依頼の予想難易度は星三つだったが、実際の難易度は星四つ相当だった!なんせ、討伐対象以外にも、ブラッドミューカスがうじゃうじゃいたんだぞ!あんなのは詐欺だ!!」


「そう言われましても。あくまでも予想は予想ですので。それに、依頼してきた村長からは、そういった情報は聞いておりませんでしたので」


「ああん!?」


 冷静に対応する受け付けの男性に対し、顔を近づけて威嚇する筋骨隆々の男冒険者。後ろには、男のパーティらしき男たちが不機嫌な顔を並べていた。


「クレーマーかよ。あー、めんどくせえ」


 小さな声で愚痴を零すと、青年は口から泡を飛ばす冒険者に横合いから声をかける。


「失礼、ロドウズ殿」


「あん?誰だお前。なんで俺の名前を知ってやがる?ギルドの人間か?それにしちゃあ、恰好が制服じゃねえみてえだが?」


 ロドウズと呼ばれた男は、青年の方を見るや否や、矢継ぎ早に疑問符を叩き付けてくる。青年は、臆することもなく、平然と答える。


「私はヒヅキ。貴方の名前はギルドの登録名簿で。察しの通りギルド職員です、服装は今日が非番だったので」


 青年は律義に全ての質問について回答してみせた。しかし、ロドウズにはそれがお気に召さなかったらしい。ヒヅキという名前は、意識に上る前に怒りの感情で押し流されて消え去った。


「舐めてんのかてめえ!からかってるなら相手になるぞ!」


 そういって、ロドウズは背負っていた大剣を抜いた。


「警告しておくぞ。このギルドで武器を手にするのは、地下の訓練施設以外では認められていない。つまり、規約違反だ。すぐにそいつを鞘に納めなければ、強制退出の上、出入り禁止処分とするが?」


「やれるもんなら、やってみなぁ!」


 青年の口調が変わっていたが、ロドウズがそれに気付いたのかどうかは不明だ。ロドウズは警告を無視し、大剣を青年に向かって振り下ろした。


「おっと危ない」


 青年は、それを転がって躱した。そしてすぐさま立ち上がり、彼の持つ最終手段を取りだした。


 それは、二つのボタンを備えた小型の物体。下方には、金属製の細い棒が刺さっている。


 そのボタン二つの内、赤のボタンを躊躇なく押した。


 途端に、けたたましい騒音が二階だけでなく一階と三階にまで響き渡る。





 青年が持つ、ここでのとっておきの切り札である”漂流物”。その”漂流物”は、名を防犯ブザーという・・・。

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