6

*



壁掛けのウォールランプに天井から吊り下がるシャンデリア。人工蝋燭の灯火は消えることもなければ、夜でも昼間のような明るさを保ってくれる。

便利になったものだが、同時に夜でも仕事が出来るようになってしまった。


ナターシャが机に並べたのは、ハワード家での行方不明事件の資料と、それから背の高い本棚から背を伸ばしてまで取ろうとして結局届かず、アレンに取らせた特殊指定薬物のリストである。

それらをまじまじと見返していた。


「急にやる気になりましたね」

「口を謹んで」


とは言ったものの、図星である。

雲隠れした夫人を地道に捜索する未来から解放されるのかもしれないのだ、嬉しくないわけがない。


「動く影が魔薬の効力だとして」ナターシャは口を開く。


「犯人は何者で何が目当てなのか知らないけど、20人も使用人を攫っておいて、今屋敷に居る執事とメイドの2人が放置するかしら?」

「そうですね。確かに前の事件から日が空くことはありますが、俺達が訪問してから止んでいるというのは、今までの傾向からして違和感があります」


とアレンも唸る。

事件の起きた日をカレンダーに印してみたものの、そこに規則性はなかった。まばらなリズムを作っているが、使用人が消えた日は今まで3日以上空いた事はない。だがここに来て、5日間パタッと止んでいる。


「連続的な犯行ならこれで終わるはずがないわ。なにか理由があるはずよ」

「俺達の訪問に気づいて、警戒しているのでしょうか」

「でもそんなに慎重なら、20人も攫う大胆なコトする?」


正確には22人、被害者は皆、攫っても身代金すら望めない身分の低い使用人だけである。

この犯行には、金目的でもなく使用人自身への異様なまでの執念を感じる、必ず次があるはずだ。


だが、残り2人と王手をかけてまで、何故急に止んだのだろう。


アレンの言う通り、マトリの存在を恐れているのだろうか。

それとも、


なにか出来ない理由がある?


魔薬も万能ではない、例えば炎を操れても、炎を生み出せはしない、など効力は限定的である。

つまりこの5日間とは、操る炎がないように、犯人にとって効力を発動する為の条件が満たせていないのではないだろうか。



思えば、1つ思い当たる節がある。



「ねえ…、ここ最近、ずっと雨が降っていたわよね」

「っまさか、天候ですか?」


ナターシャが頷くよりも早く察したアレンは、なんでも出てくる胸ポケットから小型のモニター(タブレット)を取り出すと、慣れた手つきで操作し天気予報を遡る。


そして、


「確かに…一致しています。この5日間だけでなく、犯行のない日の天候は曇りか雨、月は見えていないはずです」

「チッ、なら"サリエル"で決まりだわ!」


"サリエル"とは魔薬の通称であり正式名称はNO.66。

効力は、月光の元に生まれる影を意のままに操る事を可能とする。


月を光源とする影を全て、操る事が出来るのだ。

だから犯行時刻は夜に限られていたのか……。


「……まずいですね」

「なによ」


アレンの苦い声にナターシャは振り返る。


「今夜は、満月のようです」

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