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呼びつけておいて、用が済めばとっとと帰れと手を振られる。革張りのソファーから腰を上げ、ナターシャは屋敷を後にした。
「旦那様が失礼を……代わって謝罪致します。申し訳ございません」
そう執事が口を開いたのは、ハワード邸の先の大通りで共同馬車(タクシー)を待っていた時の事。
見送りに来ていた執事の、使用人らしからぬ言葉に、ナターシャはふっと小さく笑った。
「あの主人に何か思う所があるのかしら」
「いえ。ただ、誤解があってはならぬと思った次第です。旦那様は奥様と離婚されましてから、あの調子でして…」
「なるほど?使用人のコトを聞くにはプライドが邪魔をしてる、ってトコかしら」
肯定はしにくいらしく、彼は苦笑いに留めた。
「22人消えて、屋敷には何人残っているんです」アレンも聞く。
「私の他に、メイドが1人にございます」
「たった2人しか居ないの?!」
「はい。毎日の様に誰かしらが居なくなってしまうものですから、気づけばもう…」
「そう」
別居した妻の家にほとんどがついて行くなんて、あの主人に人望はないのだろうか。
レンガの大通りを駆ける馬車をアレンに拾わせた。
そうして止まった馬車に乗り込もうとした時、
「っあの!」
執事が口を開く。本能的に言葉を発してしまったのか、少し躊躇いながらも、でも彼は続けた。
「…もし彼らが奥様について行ったのなら、彼らの望んだようにしてもらえないでしょうか。屋敷に帰ってきても、旦那様からお叱りを受けるだけでしょうから」
確かに、あの神経質そうな主人なら手酷い叱咤が待っているだろう。
時代は変わった。
使用人は主人の所有物ではないと、ナターシャ達のボスである警察署長も認めている。
辞めたくても辞めれないのなら、闇夜に紛れ逃げるしか手段などなかったのだろう。
「ええ、その時は考えておくわ」
そう言葉を残して、ナターシャは馬車のドアを閉めた。頭を下げた執事に見送られ、馬車は警察署へと向かっていく。
ガタガタと、馬車の揺れが少なくなったのも、舗装されたレンガの道を深く抉る馬車道のおかげだろう。何百年も前から、同じ移動手段を使っていれば、道が勝手に馴染んでいくもの。
揺られながら、車窓を眺めていた。ポツポツ、降ってきた雨の雫が窓に当たりだす。
にしても、
「行方不明事件だなんて大きく出たものよね」
結局、行方不明どころか、離婚夫婦の喧嘩の延長戦、というオチだったのだから。
嫌がらせのつもりか、少しでも相手に傷を負わせたい、そういった所なのだろう。
ため息混じりに言えば、向かいに座るアレンもうんざりそうに頷く。
「大方 刑事課長を要請したいが為の方弁なのでしょう。迷惑極まりありませんよ。
その点マリウスさんはやはり抜け目がありませんね」
署長、マリウス・アーサー・バーネット。
対魔薬の為の組織であるマトリに、今回の事件を任せてきた張本人だった。
どうやら彼もまた、他人を使って"嫌がらせ"を仕掛けた1人のようだ。
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