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2度目の発砲音に人質の悲鳴が重なる。

音の暴力をナターシャは、床に押し倒されながら感じていた。咄嗟に動いたアレンが彼女ごと覆い被さるように伏せたのだ。

新手です、と彼は囁く。


「これを避けるかねェ」


ハッと、弾かれたように顔を上げた。

店と奥の事務室とを隔てていたドアは開け放たれていて、そこに真っ黒な覆面を被った男が立っていた。その手にはそれぞれ、金をたらふく詰め込んだバッグと、今さっき火を吹いたであろう銃。

仲間に客や店員を見張らせている間に、本命である盗みを働いていたのだろう。

今ここで伸びている覆面達とは陽動だったのだ。


チッ、床に伏せていたナターシャは舌打ちした。

2人の元に歩み寄る男を睨めつけながら、アレンと共に立ち上がった。


「戦い慣れてるよなァ。サツか?」

「ええ。よく分かったわね、警察よ」


視線を逸らさずにナターシャは言う。警棒を握り直した。


「バーネットの名の元に罪を告白するってんなら、優しく逮捕してあげるけど?」

「するわけねえだろ。ああ武器は下ろせよ、じゃねえと…」


重そうなバッグを置いた覆面男は、ナターシャ達の目の前で人質達の方へと手を伸ばし少年の首根っこを捕まえた。


ぎゃ!と子どもが泣きわめく。

庇おうとした父親だったが、周りの人々が押さえて制してそれを阻んだ。

彼らはどんなに銃が危険なものか、この短時間で嫌という程知ってしまっていた。


そんな父子を覆面男はニヤニヤと眺めていた。そして乾いた笑みを浮かべたまま、ナターシャ達へと視線を戻す。見せつけるように、少年の細い首を腕で締め上げこめかみに銃を突きつけた。


「ほら、"パパ"を悲しませんなよ、お巡りさん。武器は捨てな、降伏しろ」


静かに両手を上げたアレン。ナターシャもまた、警棒を下ろしその手を上げ…


「なんてね!」

「ハッ…」


男は息を飲んだ。首筋にヒヤリとした冷たい感覚がして、呼吸を忘れていた。

続いて感じたのは、ドクドクと身体の奥から感じる脈。心臓の鼓動を激しく感じ、身体全体が熱いのに、頭はフラフラと寒気がする。


なんだ…?素朴な疑問が男の胸をつく。


震えながら、男は目だけを下に向ける。

違和感を感じるその首には、細く長い刃物が刺さり、傷口からは血がダラダラと滴っている。

いや、刃物じゃない。これは……、

男は視線を刃物の元へと滑らせていく。首に突き刺さる刃物は女の手から一直線に伸びている、爪だった。


「子どもを解放して、武器を捨てるの。殺すわよ」


1歩を動いてない女。その爪は異様に伸びていて刃よりも鋭く鈍く光り、男の首を刺しているのだ。

そしてその女の目は、まるで獣のように瞳孔が鋭く細まっていて、なにより金色に輝いていた。


バケモノ…、真っ白な頭の中の中で、その単語だけが浮かび上がり、力の抜けた男の腕から銃と少年が落ちていった。


尻もちついた少年を父親が抱きとめ、だらりと下がった男の両腕はアレンが手錠で拘束する。


さすがにもう1人新手が…とはいかないらしい。

事件は終着した。

だが、辺りは異様な空気が包んでいた。


強盗の脅威は去ったのに、人質達は恐怖で引き攣らせた顔をしている。


ナターシャの爪だ。


男の首から抜けた彼女の爪は不思議な事にするすると縮んでいき元の長さに戻っていく。そして、男の血で汚れた爪を忌々しそうに眺めてため息を吐いた。


これがただの人間のはずがない。


「お前、人間辞めた連中か」


男が吐き捨てると、ナターシャは心外だと言わんばかりに肩を竦めた。


「人間よ。聞いたことないかしら?特殊魔薬取締班の所属なんだけど」

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