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貴族階級が根強く残る古都 ルピシエ市ではいつしか、不可能を可能にする摩訶不思議な薬の噂が囁かれるようになった。


子どもの姿に戻れる薬。


嫌な記憶を忘れる薬。


透明になれる薬。


怪力になれる薬。


No.1。ルピシエ市警察が初めて押収したその薬は、服用した者を猫の姿へと変えてみせた。


歴史に残る記者会見にてバーネット署長は、まるで実体のない霧を握った気分である、と述べている。

この瞬間まで警察を含めた多くの人々が、不思議な薬を都市伝説上のものと思っていたのだ。

だが事実、この摩訶不思議な薬は実在した。それは驚くべき発見であった。


その間にも、不思議な薬を使った商売が出回り始める。


姿を変えて人生やり直してみませんか?

確実に、好きな人と結ばれます。

あの恥ずかしい失敗を忘れることが出来ますよ。

完全犯罪が可能です。


ルピシエ市警察が確認した19種類目の薬物効力は、読心。人の脳内を盗み聞く事が出来た。


強盗に押し入られた被害者は言った。「なんの為の金庫だったか」厳重なロックが掛かった金庫は、ものの数秒で開けられてしまったのだ。

歴史上、これが摩訶不思議な薬物が初めて使われた犯罪だった。最も、警察が確認出来た中での話だが。


20種類目として確認された効力の凄まじさは、現場の異様な光景が全てを物語っていた。No.20、フラウロスは炎を操る薬。被害者の眠っていたであろうベッドは中央だけが焼け落ちポッカリ穴を開け、開いた穴から覗けるフローリングには成人男性1人分の人骨が散乱していた。


結婚指輪から、その家の主人だと判明したらしい。


その頃から、状況を重く見た警察は不思議な薬を"特殊指定薬物"と名づけられ表現を統合した。法整備も早急に整えて製造、売買から始まり使用、服用、所持に至るまで、どれもが重たい刑と共に禁じられた。


だがその対策は、遅かったのかもしれない。


一番恐れていた薬が存在していたのだ。


No.42、は傾国の薬物の意を込めアヘンと名付けられた。人を意のままに操る効力をもつその薬は突如市民に牙を向き、警察そのものを陥れたのだ。


悲惨な事故として語られるアヘン事件の始まりは、テロリスト集団による市民の大量虐殺だった。警察は警備課所属の機動隊を派遣し、これを殲滅し鎮圧。テロリストから街を善良なる市民を守ったのだ。だが後にある事実が発覚した。


テロリスト集団とは、"善良な市民"であったのだ。

つまりはテロリストとして殲滅された彼らは薬物の服用者によって操られ、意図しないまま人を殺し、そして警察によって殺された被害者であったことが判明した。


街は混乱に陥った。何者かに突如操られるかもしれない恐怖が人々に芽生え、ルピシエ署は悪人を見抜けず善良な市民を殲滅したとして信頼が地に落ちた。


警察は改革を余儀なくされた。

薬物による犯罪に本腰を入れるべく警察署の生活安全課には、押収したNo.1を初めとする特殊指定薬物を解析を行う"未詳科学研究班"と、特殊指定薬物の犯罪専門の捜査を行う"特殊魔薬取締班"とが新設された。

それは人智を超えた力を持つ特殊指定薬物とその服用者相手に、一警官が対等に渡り歩かねばならないということ。

それではアヘン事件の二の舞だ。


だからマトリは、人であることを辞めた。

毒を持って毒を制すとはよく言ったもので、自身らもまた特殊薬物に頼る他方法はなかったのだ。


未詳科学研究班で唯一解析に成功し、自らの手で再現出来ているのは歴史上初めて押収された特殊薬物のNO.1。

これをマトリの班員らは利用する決断をしたのであった。

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