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 世間を震撼させた「飼い猫大量失踪事件」に、急展開です。行方不明となっていた猫、821匹すべてが発見され、保護されたというのです。

 発見したのは、さいたま市にお住まいの会社員、桜田マナミさんです。

 猫たちはどこにいたのか? 謎の多かったこの事件の真相は?

 現在猫たちが保護されているさいたま市に多くの報道陣が詰めかけ、発見者の桜田マナミさんへマイクが向けられました。そのときの模様をご覧ください。


「まず行方不明だった猫たちを発見したときの状況を教えてください」

「わたしはランニングを日課としているのですが、今の時期日中は暑いので、明け方から早朝、走ることにしているんです。あの日は、朝4時頃だったでしょうか……大宮公園を走っていたとき、猫の鳴き声を耳にしました。数匹ではなく、多くの鳴き声が入り乱れているようでした。氷川神社のほうから聞こえるので見に行ってみると、薄暗がりの中、境内にビックリするほどたくさんの猫を見つけたのです。氷川神社といえば、お正月の初詣のとき参拝者でごった返しますが、あんな感じです。あんな感じで猫がブワーッって」

「その猫たちが『飼い猫大量失踪事件』で行方不明だった猫と結びついたのは、どうしてですか?」

「実はわたしの飼っている猫も行方不明となっていたのですが、その群れの中で見つかったのです! きっとうちの猫も『飼い猫大量失踪事件』に巻き込まれたのだと考えていましたから、ここで見つかったということは、他の猫たちも同じように行方不明となった猫ではないかと勘繰りまして……調べてみたのです」

「どのようにして調べたのでしょう?」

「『飼い猫大量失踪事件』でいなくなった猫の画像がネットにいくつも投稿されていますから、スマホに表示して、一匹一匹照合していったのです。その結果、数匹の猫の外見が一致しました。これは間違いないと、確信しました」

「やはり一番気になるのは、事件の真相です。何者かによる誘拐説が取りざたされていますが、近くに不審人物はいたのでしょうか?」

「いいえ、誰一人いませんでした。誘拐犯が猫たちを持て余して、放棄していった可能性もなくはないですが……個人的には、今回の一件に、事件性はないと考えています」

「では、お聞かせください。桜田さんご自身の考える事件の真相とは?」

「ズバリ、猫集会の全国大会だと思います!」

(【猫集会の全国大会】というテロップ)

「猫集会の全国大会の噂は猫から猫へと伝えられ、全都道府県に広まり、会場となった埼玉県を目指して各地より集結したものと考えられます。そんな長距離を猫が移動できるのかと、疑問に思われるかもしれません。しかしアメリカでは、旅先で行方不明になった飼い猫が、320キロ離れた自宅に自力で戻ったという記録があるそうです」

「ですが『飼い猫大量失踪事件』は北海道や沖縄県でも報告されています。とくに沖縄県は、海に囲まれています。猫はどうやって海を渡ったのでしょう?」

「『商船を利用した』というのが、わたしの見解です。まず沖縄で東京行きの商船に潜り込み、船内でネズミを捕まえるデモンストレーションを披露し、それを見た船長に気に入られ船乗り猫として雇われ、ここまでやって来たのではないかと」

(「ポール・ギャリコの『ジェニイ』かよ」という声が、どこかから聞こえてくる)

「(カメラに向かって)『飼い猫大量失踪事件』で猫がいなくなった皆さーん、こちらで保護していますよー。猫ちゃんたちもおうちに帰れるのを、今か今かと心待ちにしていますよー。『猫ゴーホームの会』までメールかお電話で、ご連絡くださーい」


 桜田マナミさんは、県内外の「野良猫を保護する活動を行うNPOの団体」などに協力を求め、集まったボランティアのメンバーらと共に『猫ゴーホームの会』を立ち上げました。保護した821匹すべての猫を、残らず飼い主のもとへ返すことが目的です。

 この情報を聞いたさいたま市の下田市長は、『猫ゴーホームの会』へ全面的にバックアップする意向を示し、さいたま市内の公民館に、821匹の猫を収容できる臨時の保護施設を設置しました。さらに猫の保護に必要な物資の支援も行ったということです。

 インターネットには『猫ゴーホームの会』のホームページも公開されています。保護されたすべての猫の写真が掲載され、特徴が記されていますので、心当たりのある方はぜひホームページをご覧になって、愛猫の姿を探してみてください。


「桜田さん、ヘルプにきたよ」

 ナオトが差し入れのドーナツを持って、顔を出した。マナミは一人黙々と、会議机に置かれたノートパソコンで、飼い主を名乗る人たちから届いたメールをチェックしているところだった。

「五十嵐くん、ありがとう。悪いね。何から何まで」

 公民館のホールに猫821匹分のケージを据えつけ、臨時の保護施設が設けられた。その隣の会議室が『猫ゴーホームの会』の事務所となっている。事務所には大量に届いたキャットフードやトイレの砂、猫用おもちゃなどのダンボール箱が積まれていた。

「猫たちは、飼い主に返せてる?」

「うん。反響がすごくて、もう半数くらい返せたかな。ただ、それでもまだ400匹残ってるって考えると、さすがに気が重いわ。NPOのスタッフやボランティアさんと十人で手分けして、猫の世話をしたり、連絡をくれた飼い主の対応をしたりしてるんだけど、目が回りそう」

「何でも僕に言いつけてよ。桜田さんの役に立ちたいんだ」

「助かるー。それじゃ早速、猫の世話を手伝ってもらおうかな。まず、スタッフに紹介するね」

 マナミは席を立ち、ナオトを連れて、会議室を出ようとした――ところでふいに立ち止まり、振り返って、ナオトを上目づかいで見る。

「でも、どうして?」

「え?」

「どうして、そこまでわたしに尽くしてくれるの?」

 ナオトに緊張の色が浮かぶ。

「……桜田さん……僕は……」

 弱々しく言葉が切られて、ぎこちない間が空いてしまった。その間を振り払うように、ナオトは腹に力を込め、意を決した風で、マナミに向かう。

「中学の卒業式の日――」

 マナミの顔が引きつる。

「桜田さんにあんな大胆なことされて……衝撃だったんだ。ものすごく。心臓がぶっ壊れるかと思った。あれ以来、桜田さんのことで頭がいっぱいになってしまって……」

「…………」

「桜田さんと高校が別々になって、あれきり会わなくなってしまったよね。あのとき、本当は僕から連絡をとるべきだったんだ。それなのに……僕は臆病だった。勇気がなくて、言い出せなかった」

「…………」

「でも、今なら言えるよ。もう、あの頃の僕とは違うから。十年もかかってしまったけど、今ここで、はっきり言う。桜田さん、僕と――」

「桜田さん」

 いきなり割って入った声に、マナミが紅潮した顔を向ける。

「こちらは、猫ちゃんの飼い主さんの、野沢さん。猫ちゃんの名前は、ココアちゃんですって」

 女性スタッフに紹介されて会釈する、上品な雰囲気の婦人。胸にこげ茶色の猫を抱いている。マナミはその猫に見覚えがあった。雲の上で最初に出会った猫だ。花畑から飛び出して、宙を泳ぐイシダイを捕まえていた。

「野沢さんは高知県にお住まいだそうですよ。お孫さんの運転する車で、高知からいらっしゃったんですって」

「まあ、それは。遠いところから、どうもすみません」

 野沢さんはにこやかに、

「ココアがいなくなって、家中の電気が暗くなってしまったみたいでした。孫からココアが見つかったって聞いたときは、もう嬉しくて嬉しくて」

「わたしも嬉しいです。野沢さんにココアちゃんをお返しできて」

「…………」

「……?」

 ふいに野沢さんは黙って、マナミをじっと見つめる。その瞳が、誰かに似ている――そうだ、アマリリスだ。怖いほど正確に人の将来を見通してしまう、アマリリスの眼に。

 野沢さんはココアを抱いたまま、うやうやしく頭を下げた。

「桜田さん、本当にありがとうございました。ココアを助けてくださって」

「……え?」

「ココアを守っていただいて、どうもありがとう」

「…………」

 ――光だ。光がマナミを貫いた。

 全身を、勢いよく血液が巡り出す。

 熱せられた細胞が、運動を欲する。

 両脚の筋肉が「弾けたい」と、勝手に伸縮を始める。

 走れ。今すぐ走れ。

 全速力で走れ、マナミ。

「こちらこそ、ありがとうございます!」

 マナミは高校球児ばりに元気よく声を張り上げる。それから深々とお辞儀をすると、「ごめんなすって」と言い残し、会議室を飛び出した。

「桜田さん! どこ行くの?」

 後ろから呼び止めるナオトに、

「ちょっと走ってくる」と手を振った。

 建物の外に出ると、殺気立つ真夏の太陽が、天から襲い掛かった。マナミは怯むことなく、大地を力いっぱい蹴って、夢中で駆け出した。

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