14
せっかくやって来た浅草から、上野方面へとUターン。そのまま上野駅を過ぎ、銀座線は地下を通ってさらに南下してゆく。その間地上は、アメ横から秋葉原へと、多くの買物客で賑わうエリアが続いている。地下を進むマナミたちは、残念ながらショッピングを楽しむ余裕もなく、東奔西走中だった。
神田に着いたところで宮の指示を仰ぐと、駅を出て、とりあえず日本橋方面へ歩いていくよう伝えられた。
「きれいな脚だねえ」
神田駅前で信号待ちをしているとき、見知らぬ中年男性がニヤニヤしながら話しかけてきた。ショートパンツから伸びるマナミの素足を、しげしげと眺めている。マナミが無視していると、「こんなにきれいな脚の彼女がいるなんて、うらやましいね」と、ナオトに向かって言う。ナオトが男性に照れ笑いを返したところで信号が青になり、二人は逃げるように歩き出した。
東京のメインストリート、中央通りを日本橋に向かって進む。マナミは脇目もふらず、前のめりで、大股に足を繰り出す。イライラするほどゆっくり歩く歩行者を右へ左へと避けながら。ナオトはマナミにおいていかれないよう必死だが、そのくせどこか楽しげだ。
ひたすら中央通りを突き進んでいき、壮麗な外観の三越本店までやって来た。風格を備えた建物に、ナオトは目を奪われそうになる。そのわずかな間にマナミに離され、慌てて後を追いかけた。
移動中に宮から新たな指示が届くと思っていたが、携帯電話は無言のままで、気づけば日本橋北詰の交差点までやって来ていた。これなら神田駅で銀座線を降りないほうがよかったと、マナミは悪態をつく。文句をぶつけてやろうとスマホを取り出したちょうどそのタイミングで、宮からの着信が表示された。
『何度も申し訳ありません。恐縮ですが、御徒町まで戻っていただけませんか』
「いい加減にしてよね」もし目の前に宮が立っていたら、その宮史郎似の顔にスマホを投げつけていただろう。「早く絞り込んでよ」
『(パパー、早くしてー)もうちょっとだからね。我慢しなさい。……あ、あ、ごめんなさい。今のは娘に言った言葉ですから。ハハハ』
スマホに罵声を浴びせたい衝動にかられたが、なんとか堪え、声を押し殺して言う。
「本当に……会えるの? クニヨシに」
宮は一瞬、間をおいて、
『桜田さん、いいですか? 最初にお断りした通り、クニヨシさんに出会うのは相当な難事です。クニヨシさんの気配を捉えた今でも、それは変わりありません。本当に会えるのか……率直に言って、会えると断言はできません。そうですね。確率で言うと――』
マナミは最後まで聞かず、通話を強制終了した。
「くそっ」
なんだって? と声をかけるナオトを無視して、さっと踵を返し、来た道を引き返す。
「ちょっと桜田さん! 待ってよ」
大股で突き進むマナミの迫力に気圧された通行人が、道を開ける。人に幾度となくぶつかりながらも、彼女から離されないよう、ナオトは懸命についてゆく。マナミは振り返りもせず、その勢いのままに、地下鉄の三越前駅へと突入した。ナオトも続き、二人は本日三度目の銀座線に乗り込んだ。
上野広小路駅で降り、そこから徒歩で、JR御徒町駅へと向かう。御徒町駅前からアメ横の入口付近は、あらゆる国籍の外国人や買い物客でごった返し、雑然としていた。
マナミたちは雑踏を離れ、おかちまちパンダ広場から、宮に電話をかける。
「御徒町に来たけど。次はどこに行けばいいの?」
嫌みから切り出したが、宮は落ち着いた調子で、思いがけないことを言った。
『界隈で、今から言うビルを探してください。ビルの名前に、花の名前と数字が含まれています。視えているのはそれだけですが、何とか頑張って探し出してください。そのビルに、クニヨシさんの気配を強く感じますので』
マナミは電話を切って、宮から出された問題をナオトに伝える。
「きっと『コスモス第一ビル』とか、そんな感じよ。どうしよう? また二人で手分けして、この辺りを探し回る?」
「この一帯はビルだらけだし、範囲が限られていないとなると、大変だよ。それより桜田さん、二人ともせっかくスマホがあるんだから、検索してみようよ」
「検索? 花の名前と数字を片っ端から打ち込んでいく、とか?」
「それじゃキリがないよ。……ちょっと待って、桜田さん。いい方法が浮かんだ。スマホにGoogleMapsは入ってるよね? アプリを立ち上げて――御徒町界隈の地図を表示したら、ピンチアウトして思いきり拡大してみて。ほら、ビルの名前が載ってるだろう? 後は画面をスクロールして、花と数字が入った名前のビルを探していけばいい。実際に歩き回って探すより、ずっと早いよ」
確かにこの方法なら、道路で区切られた1ブロックくらい、難なく調べられそうだ。御徒町駅を中心にJRの線路を境界線にして、二人は東側と西側で手分けして探すことにした。広場の端で互いに向かい合って立ち、黙々とスマホの画面を操作している姿は、スマホゲームに熱中しているカップルのように映っているかもしれない。それでも二人は目を皿のようにして、画面に現れる小さな文字を一心に追っていく。
「桜田さん、見つかった? こっちは『タンポポビル』っていうのがあったんだけど、数字が入ってないんだよね」
「こっちは『さゆりビル』が……あ、ユリだって思ったけど、やっぱり『第一』とかがついてないし」
十分もかからず見つかるだろう……そう高を括っていたが、思いのほか難航した。見落としている可能性もあるので、二度三度と同じところを探してみたりしたが、やはり発見できない。地図にも載っていない小さなビルか。ビルの名前が最近変わったばかりで、情報が追いついていないのか。もしくは宮の透視が誤っているのか……。
「あっ」ナオトが顔を上げる。「桜田さん、さっき『さゆりビル』って言ったよね? さゆりって、漢字で書くと『小百合』でしょ? 『百合』と『百』が入ってるじゃない」
「そうか。花の名前と数字を兼ねているのね」
宮に報告すると、至急、行くよう指示された。GoogleMapsで場所を確認し、向かってみる。『さゆりビル』は、拍子抜けするほど普通に建っていた。8階建てのオフィスビル。外見はこれといった特徴もなく、透視できたとしても、確かに「ビル」としか言いようがないかもしれない。
確認のため『さゆりビル』の前で、もう一度、宮へ電話をかける。
『そのビルの屋上に、クニヨシさんはいらっしゃいます。間違いありません。とうとう、来てしまいました。……桜田さん、くどいようですが、クニヨシさんはたいへん尊い方です。くれぐれも粗相のないよう、お願いします。国王に謁見するくらいの心構えで、臨んでください。最後に――桜田さん、あなたが羨ましい。幸運を祈ります』
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