13
『ミラクル・サイキックサーチ』のドアをノックし、ノブを引こうとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。
「日曜日は営業していないのか……。どうしよう? 桜田さん」
「確かこの間もらった名刺に、携帯の番号があったはずよ」
マナミがスマホを、ナオトが財布から宮天聖の名刺を、取り出した。
『はいはいはいはい』先日と同じ調子で、宮が電話に出る。『桜田さん? ああ、猫ちゃんの迷子でいらっしゃった方。あの件は申し訳ありませんでした。私の力不足で。ところで電話いただいて、どうしましたか? もしかして見つかったのですか?』
マナミが人探しを依頼したいと伝えると、宮の返事より先に、いきなり小さな女の子の声が聞こえた。
『どうもすみません。今日はお休みをいただいてまして、娘を動物園に連れてきたんですよ。(パパー、キリンさん)あー、本当だ。キリンさんだねー。恐竜みたいだねー。……そういうわけで、明日にしていただけませんか。明日なら事務所にいますので』
「今日じゃないとダメなの。探してほしいのは、クニヨシよ。今日、クニヨシが現れるのよ、都内に。今日だから、現れるの。明日じゃ、また山奥へ引っ込んでしまうわ」
『(パパー、ゾウさんいるー)あー、ゾウさんだ。大きいねー。後ろ姿がママにそっくりだねー。……なんですって? クニヨシさん? 今日現れるって、アマリリスさんからの情報ですか?』
クニヨシが隅田川花火大会に現れるというナオトの推測を、マナミは説明した。
『なるほど。ただ水をさすようですが、正直、望み薄だと思いますよ。クニヨシさんとお会いするなんて、地球外生命体と遭遇するくらい超レアなことですから』
「もし見つかったら、この前払わなかった成功報酬の九万円を払う」
『いえいえ。また新たな依頼扱いとなりますし、ペットではなく人の捜索ですと、着手金は五万円、成功報酬は六十五万円になります』
「探してほしいのは、あくまでムンクなの。クニヨシはただの手伝い。だから九万円」
はあ、というため息が耳に入る。
『勘弁してくださいよ、桜田さん。繰り返しますが、今日は休日で娘と動物園に来ているので、対応できません。それにいくら私でも、いるのかいないのか定かでない人を探せなんて依頼は、お受けできません』
「いるのかいないのか判らない人を探すのが、捜索でしょう? そもそも先日の依頼のときだってさ」
『……』
「自信満々で、さんざん期待させておきながら、一方的に、理由も言わず、たったの数分で捜索を打ち切って……あんなの、着手金の一万円をゴミ箱に捨てたようなものよ。本当にショックだった。とんでもなく傷つけられた」
『こちらの不手際については、お詫び申し上げます。ですが、あれが精一杯であったことを、どうかご理解ください』
「いいわ。ネットに書き込むから。『ミラクル・サイキックサーチ』への最低の評価を」
電話の向こうから、にわかに動揺が伝わってくる。
『桜田さん……それは困ります』
「人は良い情報より、悪い情報に目がいくものよ。どれだけ称賛の声があふれていても、ポンと悪口を一言放り込んでやれば……たちまち、ズドーン! 『ミラクル・サイキックサーチ』の評判も、急降下するんじゃないかなあ」
『参ったな、もう……』頼りない声がもれた。
「得意の透視を使えばいいでしょう? 透視なんて、どこでも出来るじゃない。動物園にいたって、出来るじゃない」
『娘もいるんですが……』少しの間をおいて、『それじゃ、こうしましょう。とにかく今から透視してみます。もしクニヨシさんの気配をキャッチ出来たら、捜索を続行します。出来なかったら、この依頼はキャンセルとさせていただきます。いかがでしょう?』
「ちゃんと透視するのか疑わしいんだけど」
『こればかりは信じてくださいとしか、言いようがありません』
「いいわ。それじゃ、最大限の力を込めて透視してちょうだい。それと、クニヨシを見つけたときは、九万円で。ヨ、ロ、シ、ク」
『もう……この仕事で値切られたのは初めてですよ。では一旦、電話を切らせていただきます。透視が終わったら、こちらからお電話差し上げますので』
二人は『ミラクル・サイキックサーチ』の事務所の前で、宮からの電話を待つ。あまり早くかかってきたら、本当にちゃんと透視したのか問い詰めてやろう、マナミはそう考えていた。スマホの着信音が鳴り響いたのは、電話を切ってから二分ほど。短すぎるだろ、となじるより先に、宮は言った。
『何者ですか、あなたたちは』
宮からの指示に従い、マナミたちは大宮駅から宇都宮線で上野へ向かった。
『クニヨシさんの気配が視えるのは、台東区、墨田区、千代田区、文京区、荒川区……おおよそ、その辺りになると思います。まだ漠然としていますので、もう少しエリアを絞り込めるよう、透視を続けます』
「もう少し? もっともっと絞り込んで」
『尽力します。とりあえず上野駅まで行って、着いたら電話をください。そこでまた指示いたしますので』
二人は上野に着き、ホームから階段を登って、広い通路に出る。駅内商業施設「エキュート」の横を進み、ショウケースに華やかに並ぶスイーツを気にもとめず、電話の邪魔にならない、なるべく静かな場所を探す。
様々な路線が乗り入れる上野駅は、日曜ということもあって、多くの人が構内を行き交っている。意外とこの中に、クニヨシが紛れているかもしれない。大人物である身分を隠し、何食わぬ顔で歩いているかもしれない。
不老不死で、何にでも化け、空を飛び月まで行ってしまう超人、クニヨシ。宮にとっては雲の上の存在であり、先ほどクニヨシの気配を捉えて、ひどく興奮している様子が電話越しに伝わってきた。
マナミは「エキュート」の辺りに適当な場所を見つけ、電話をかける。
『(パパー、アイス食べたいー)あー、アイスおいしそうだねー。でもちょっと待っててね。パパは今お仕事中だから。……もしもし。すみません。上野に着きましたか?』
「着いたけど。その後、どう? 絞り込めた?」
『視えたのは、ビルが並んで、多くの車が走っているところです』
「それを透視って言うなら、わたしだってできるけど。もっと具体的な地名とか駅名とか目印になる建物とか、ないの?」
『それではとりあえず地下鉄の銀座線に乗り換えて、浅草に行ってください』
二人は中央改札からJRの駅を抜け出し、階段を下って、東京メトロ上野駅へと進んでゆく。二人とも都内の地下鉄はしばしば利用しているので、迷うことはない。
浅草は隅田川花火大会の会場だ。昼間のこの時間、場所取りに大勢の人が集まって来ているに違いない。もちろん都内有数の観光地だけあって、一般の観光客の数も、相当なものだ。その人混みの中にクニヨシの姿を、うまく見つけられるだろうか。
浴衣を着て歩く女子と、よく出会う。まだ見ぬクニヨシは、どんな格好をしているのだろう。遠い過去を引きずって、着流し姿で街を歩いている……そんなイメージが、マナミの脳裏に浮かぶ。だが浅草なら、たとえ時代劇のような服装で立っていても、さほど違和感はないかもしれない。
浅草駅を出て、スマホで調べながら、隅田川花火大会の会場へと歩いていく。途中、マナミのスマホがぶるぶる震えて、電話の着信を知らせた。
『もう浅草にいます? 申し訳ありません。やはり戻っていただけませんか?』
完全に浅草にいると信じていたので、マナミはムッとする。
『とりあえず銀座線で神田に向かってください』
「とりあえずとりあえずって、いつになったら一点に絞り込めるの?」
『努力しますので。ただ、もしかするとですが……クニヨシさん、移動している可能性があります。例えばカラスなどの鳥になって』
――カラスになって。もしも人間以外の姿に化けていたら、クニヨシと出会うのは絶望的だろう。クニヨシにムンクの捜索を頼むということが、やはりとてつもない無理難題なのではないかと、不安に思えてくる。
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