8
宮の運転するスズキの軽乗用車で、マナミたちは『ほらアナ』へと戻ってきた。車を降りた宮はなぜか『ほらアナ』の看板をじっと見つめ、立ちつくしている。マナミとナオトは首をかしげ、互いに顔を見合わせた。それに気づいた宮は、とりつくろうように、
「ムンク君は、この店に入っていって、姿を消してしまったのですね?」
二人は揃ってうなずいた。そこで宮は『サイコメトリー』を試してみる、と説明した。
ムンクの近くに存在した、何らかの物質に記録された残留思念。それを読み取ると、そのときムンクが見ていた光景が、まざまざと頭の中で再生されるのだという。猫の脳にアクセスし、猫と同化する……そんな感覚だろうか。
手始めに入口に敷かれたマットへ開いた手を置き、『サイコメトリー』を試みる。続けて入口の壁の上から下まで、ぺたぺたと手のひらを当てていく(医者が患者の胸に聴診器を当てるみたいに)。だがそこにムンクの残留思念は刻まれていなかったのか、宮はまるで反応を示さない。
宮を先頭に三人が店内へ入ると、相変わらずアップテンポのユーロビートが、横殴りの雨のように打ちつけてきた。左右からは、女性の裸の群れが押し寄せてくる。マナミは何度訪れても落ち着かないが、宮はまるで意に介さず、淡々と仕事をこなしていく。棚に並ぶアダルトDVDに、販促用のヌードポスターに、仕切りPOPに、ポルノ写真集に、棚の側面に、壁に、床に……つぎつぎ掌を押し当てては、意識を集中し、ムンクの痕跡を読み取ろうとする。
『サイコメトリー』が難航しているのか、宮の表情は一貫して厳しい。宮の仕事を見守るマナミの胸に、どうしようもなく不安な心持ちが、じわじわと広がっていく。そんなマナミを、ナオトは心配そうに見つめる。三人のあいだに重苦しい空気がただよう中、能天気でハイテンションのユーロビートが、やたら耳障りに響く。
やはり三分くらいだろうか..
経過したところで、宮は二人に店を出るよう促した。黒
い壁に印された「アダルトDVD&コミック&ゲーム エロエロあるよ!」という文字の前に立ち、宮は二人に頭を深く下げる。
「恐れ入りますが、ここで捜索は打ち切らせていただきます。これ以上は、もうどうにもなりません。お力になれず、申し訳ございません」
「どういうことよ。諦めるのが早すぎるんじゃない?」怒りの色が、マナミに浮かぶ。 「どうにもならないって、理由を教えてください」ナオトも納得できない。
「すみません……理由は……申し上げることができません。一つ言えるのは、今回の事案はたいへん特殊なケースだということです。もちろん私の能力も特殊ではありますが、そのはるか上を行くレベルの『特殊』です。とても私の手に負えません。残念ですが」
「それでは、どなたなら、解決できるのですか?」
「余程高いステージに立つ超人でなければならないでしょう。例えば……そうですね…… クニヨシさん、とか」
「誰、そのクニヨシっていうのは?」
「それはもう、すごいお方です。私など足元にも及びません。神に近い存在と言っても、ぜんぜん大げさでない。超能力なんて、子供のお遊戯に思えるほどです」
「どこでお会いできるのですか? クニヨシさんに」
「お会いするのは……極めて困難でしょう。お姿を拝見することさえ、滅多にかないませんから。話によると、ふだんは山奥に一人で暮らしていて、その山もどこと決まっておらず、日本全国を転々としているそうです。人里に降り立つのは、一年間に二、三日程度。しかもどこに現れるか、まったく予想がつかない。そんなわけで、とんでもない幸運に恵まれでもしない限り、クニヨシさんに会うのは不可能だと思います」
それはつまり、ムンクを見つけ出す道が完全に断たれたということか。マナミのもとにムンクはもう戻ってこないのか。二度とムンクに会えないのか……。マナミは言葉をなくし、目を伏せる。
「クニヨシさんについて、もっと詳しく教えていただけませんか? 何とかお会いする方法を、模索したいんです」
ナオトの訴えに宮は腕組みし、ウーンとうなってから、ハッと顔を上げた。
「アマリリスさんはご存じないですか?」
二人は首を横に振る。
「占い師です。高齢で、すでに引退されていますが。新宿で四十年に渡り、占いを続けていました。とにかく気味が悪いくらい当たると評判で、歌舞伎町や新宿ゴールデン街界隈じゃ、知らない人はいない超有名人です。『新宿の太母』と呼ばれ、皆から慕われ、頼りにされていました」
「アマリリスさんは、クニヨシさんのことに詳しいのですか?」
「クニヨシさんと一度だけ顔を合わせて、二人で話しこんだことがあるというのを、アマリリスさん本人から聞きました――ええ、私、アマリリスさんとは面識がありますので。クニヨシさんについて詳しいかどうか定かではありませんが、ある程度の情報は持ち合わせているかもしれません」
たとえ可能性が低くても、賭けてみるしかない。諦めたら、終わる。
「アマリリスさんに会ってみたい。新宿にいるの?」
「新宿のマンションで、一人暮らしをしています。訪問されるのであれば、住所をお教えしますよ。それと、私からアマリリスさんにメールを送っておきましょう。本人に会った際、宮天聖からの紹介で、とおっしゃってください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます