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大宮駅前の賑わいを離れた裏通りに建つ、こぢんまりした雑居ビル。マナミとナオトは狭いエレベーターに乗り込み、三階で降りた。小さなエレベーターホールの右側に、すりガラスの窓。正面の壁には一枚のポスターが貼られている。ポスターの全面、中心から爆発するように広がる光――それを背景に、こう書かれている。
ミラクル超能力開発セミナー 参加者募集
さあ、あなたもセミナーに参加して、ミラクル・パワーを身につけよう!
参加費用:五万円 講師:ミラクル・サイキックサーチ代表 宮天聖
左側に『ミラクル・サイキックサーチ』の社名プレートとドア。ナオトはドアをノックしてから、静かに開ける。マナミはナオトに続き、入口を進んだ。
入った正面、パーテーションの壁を背に、受付嬢が立っている。白いスーツに長い黒髪の、ほっそりとした女性。入ってきた二人に笑顔で会釈し、
「こにちハ」ぎこちない発音で言う。明らかに日本人ではない。「ちょのうりょくセミナーに、さんか、きぼうですカ?」
ナオトはいやいやと手を振って、
「迷子になった猫を探してほしいんです」
「あ、そうなんですカ? ちょと、まってくださイ」
パーテーションの片側が空いており、そこから裏側へ向かって、受付嬢が声をかける。
「せんせい。ミヤせんせい。おきゃくさまでス。ネコを、さがしているんでス」
「はいはいはいはい」
ネクタイをしめ直しつつ、奥からバタバタと現れた小柄な男性。「コ」の字を倒して、上からかぶせたような髪型。下がり眉に細目。口ひげの下から白い歯がこぼれる。
「どうもどうも。私、宮天聖と言います」ニコニコしながら名刺を手渡し、二人を交互に見てニヤリとする。「いま宮史郎に似てるって思ったでしょ。アハハハ。よく言われるんです。姓も同じ『宮』ですし。身内ですか? って訊かれることもありますけど……いえいえ、あの方とは縁もゆかりもありません。他人の空似ですから。まあ、それはそうと、よくいらしてくださいました。さあ、どうぞ奥へ。お話をうかがいましょう」
パーテーションのすぐ裏が、応接室となっていた。向き合うこげ茶の革張りソファと、そのあいだにシンプルなローテーブル。宮にすすめられ、マナミとナオトはソファに腰を下ろした。宮も向かいに座り、
「『ミラクル・サイキックサーチ』はどちらでお知りになりましたか? あ、オシリだって。お尻みたいですね。ハハハハ」
「スマホで検索したんです」ナオトが苦笑いを浮かべて言った。
「そうですか。すごい評判だったでしょう。でもあれ、サクラじゃないですよ。正真正銘のお客様の声ですから。おかげさまで、大好評です。ご依頼いただいた皆さん、最後は笑顔で、たいへん満足していただいてます。いきなり自慢して、すみません。ハハハ」
横から受付嬢が、二人の前にコーヒーを置いた。
「どうぞ召し上がってください。それではお話をうかがう前に、当社の説明をさせていただきます。サイトでご覧になったかと思いますが、当社では、行方がつかめない方や迷子になったペットなどを、超能力を用いて探してまいります。普通は『超能力』と聞いただけで、嫌な顔をされるんですけどね。それこそペテン師を見るような目で。そんな風に見えますか、私? あ、いま『見える』って思ったでしょ。ハハハハ」
本当に心の中で『見える』とつぶやいたマナミは、弱々しく笑った。
「冗談はさておき、超能力は本物ですから。それはもう、これまでの仕事の功績が、何よりの証拠です。超能力と一口に言っても色々あるのですが、私が捜索に使うのは『透視』と『サイコメトリー』です。テレビで超能力捜査の番組をご覧になったことは? やっていることは、あれとほぼ同じです。行方不明者の居場所を透視したり、現場から残留思念を読み取って、行方を追ったりするのです。……どうですか? 疑う人は、どこまでも疑います。お二人はそんなご様子ではありませんが、念のためデモンストレーションをお見せしましょう。一応断っておきますが、手品ではありません。タネ、仕掛け、どうぞご確認ください。デモンストレーションを行っている最中でも、好きなだけ調べていただいて結構です。いいですか? では始めます」
宮は軽く呼吸を整えてから、ナオトの前のコーヒーカップに向かって、手のひらをかざした。コーヒーカップはカタカタと震えだし、やがて受け皿を離れて浮き上がると、少しずつ上昇していく。ナオトはあっけにとられて、目の前の不思議なコーヒーカップを見つめる。宮の掌とコーヒーカップのあいだは、50センチほどの空間。見たところコーヒーカップの周囲には何もない。
マナミは立ち上がり、まずカップの上で手を水平に振り、釣り糸がないか確かめた。それでもカップは平然と上昇し続ける。カップの周囲、全方向確かめてみても、支えに触れることはなかったし、風圧を感じることもなかった。受け皿、テーブルの表面と裏側まで調べても、不自然なところは――例えば磁力を発生する装置などは――何ひとつ見つからない。
コーヒーカップはナオトの顔の高さまで昇り、そこで静止した。続けて宮は、手のひらを前へ押すように動かす。さっきまで真上に上昇していたカップが、今度は水平にゆっくりと飛行を始めた。そのままナオトの顔に向かっていく。どうやら超能力でコーヒーを飲ませてくれるらしい。ナオトは身を固くして、口もとに接近するコーヒーカップを見つめている。
――あらっ。突然、宮が声をもらした。同時に熱々のコーヒーがたっぷりと注がれたカップが、落下。反射的に両手を出し、ナオトは膝の上で受けとめた。
「あちっ」
「すみません!」宮は慌てて立ち上がり、身を乗り出す。「大丈夫ですか? やけどはしてませんか?」
「大丈夫です。ほんのわずかしか、こぼれなかったので」
「そうですか。よかった。焦りました。ハハハ」
宮は受付嬢に、タオルを濡らして持ってくるよう指示した。
「ちょっとしたハプニングはありましたが、私の超能力が決してイカサマでないということを、ご理解いただけたと思います。では、本題に移りましょう。猫ちゃんを探していらっしゃるということでしたね。まずは詳しくお話をお聞かせください」
家の窓をムンクが飛び出したところから、『ほらアナ』に入ったきり姿を消したところまで、マナミは順を追って説明した(窓が勝手に開いた点は省いた)。最後に、今すぐにも見つけ出してムンクの安全を確保したいと、付け加えて。
「解ります」宮はウンウンとうなずく。「猫ちゃんに一刻も早く会いたい――そのお気持ち、痛いほど解ります。大丈夫ですよ。私にお任せください。スピーディーに解決してみせますから。……さて、ご依頼いただく前に、当社の料金体系をお伝えしておかなければなりません。ペットの捜索の場合、まず着手金としまして一万円かかります。ペットを発見できた際には、さらに成功報酬として九万円いただきます。つまり合計十万円ですね」
「高っ」マナミが正直にこぼす。
「やはり特殊能力ですから、多少割高になります。けれども、見つかるか見つからないか半々のペット探偵にお金を出すくらいなら、最初から可能性の高い当社に任せていただくほうがいいですよ。実際、もっと早く『ミラクル・サイキックサーチ』に頼んでおけばよかったと、後悔するお客様もいらっしゃいますから。ハハハ」
「よろしくお願いします」と、ナオトは財布から一万円札を取り出し、差し出した。振り向くマナミを横目で制しながら。
「ありがとうございます。それではまず、こちらの申込書に記入してください。それと契約書、個人情報の取り扱いに関する同意書へ、署名をお願いします。申込書の下の空欄には、猫ちゃんの外見や行動の特徴などを、できるだけ詳しく書いてください。情報が多ければ多いほど透視しやすくなりますので」
全ての書類を書き終えると、マナミは軽く頭を下げ、宮に手渡した。宮は真剣な顔で書類に目を通してから、うなずく。
「はい。では早速、始めましょう。まず透視で、大まかな場所を特定したいと思います」
宮は目を閉じ、組んだ両手を額にあてる。申込書に記したムンクの特徴と今日午前中のムンクの行動……たったこれだけの情報で、本当に現在の居場所が判るのだろうか?
マナミとナオトは結果が出るまで、黙って待つしかない。ここで疑いの目を向けると、見つかるものも見つからなくなってしまうような気がする。素直な心で、宮を信じ、ムンクが見つかることを祈るばかりだ。
エアコンの動作音が、沈黙の室内を満たしている。外の道路を車が通り過ぎていく音。遠くのほうから、カラスの鳴き声も聞こえる。
マナミは壁にかけられたアナログ時計を、見つめる。秒針が一周、二周、三周……。
透視を始めて三分が経過したところで、宮の細い目が開き、顔が上げられた。
「何か見えましたか?」
ナオトの質問に振り向きはしたが、宮は答えなかった。どことなく困惑しているようにも映る表情。口をつぐんで、しきりに視線を泳がせている。
「どうしたの?」
マナミが聞くと、急に宮は我に返った風で、
「ハハハ。どうもすみません」照れたように、片手を頭の後ろに回す。
「見えなかったの?」
「そうですね……」と、どうにも煮え切らない。
宮は一旦、居住まいを正し、
「それでは、とりあえず現場に行ってみましょう。猫ちゃん――ムンク君が姿を消してしまった、その場所へ」
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