◇薔薇色の口紅

 薔薇ばら色というと昔、母がさしていた口紅の色を思い出す。


 母は薔薇ばらの花がとても好きで、色々な種類の薔薇ばらを育てていた。

 赤、ピンク、黄、白と数ある中でも、オールドローズのヴィヴィッド(Vivid)という深みのあるローズ赤の薔薇ばらがお気に入りで、まだわたしが幼く、母が若かった頃の口紅は、まさにこの薔薇ばら色だった。


 華やかな色は結構、人を選ぶとも思うけれど、色白でキメの細かな肌の母が、その口紅をさすと一気に華やいで見えて、わたしはこの口紅をつけた母が大好きだった。

「お母さんは、なんて綺麗なんだろう」

 と、ウットリ見ていたものだ。


 母も歳を取ってくると、さすがにもう薔薇ばら色の口紅は、ささなくなっていって、そのうち、その口紅を見かけることもなくなった。


 母の不肖の娘であるわたしは、薔薇ばら色の口紅が似合うタイプではなく、娘ざかりにも化粧すら、ほとんどしなかったから、母を大いに嘆かせたものだ。

「せめて、口紅くらいつけなさいよ」

 と、いつも言われていたっけ。

 それでいて地味な娘であるわたしを慈しみ

「綺麗なんだから、お化粧すればもっと華やぐのに、もったいない」

 と、言ってくれていたのも母だった。


 そして母亡き今、わたしは無意識に、あの薔薇ばら色の口紅を探しているのに気づく。

 似たような色は見かけるのだけど、あの色とはどこか微妙に違っていて、未だに出会えていないけれど。


 だけど、もしも見つけて購入したとしても、自分の唇に、この薔薇ばら色をさすことはないような気がする。


 ただ、持っていたくて、この手の中に。

 あの日の薔薇ばら色を。

 母の笑顔と共に想い出の中にある、あの忘れられない薔薇ばら色。


 わたしは多分ずっと、これからも探し続けると思う。

 見つからないから尚更に、美しく感じる、あの薔薇ばら色の口紅を……。


 ◇


【薔薇色】

薔薇色(そうびいろ、ばらいろ)は、 RGBシステムによれば、赤とマゼンタの間の色、バラの赤い花の色。

 *****『Wikipedia』より引用

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