エピローグ

第21話 現在

「離婚よーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 エメラルド城全体に響き渡った怒号に、慣れた騎士達は空を眺めた。今日も平和だな。あ、あの雲の上……絶対空飛ぶ城がある……。


「あのクソ野郎! 今度という今度は絶対に許さない! あたしを幸せにするって言ったのはどこのどいつよ! あいつよ! あのキッドとかいう馬鹿国王よ! サリア! これをキッドに渡してきて!」

「王妃様」

「止めないで! あたしは決めたわ! あたし、今度こそ離婚して……!」

「貴女が今月送った離婚届十二枚分、シュレッダーにかけられた状態で戻ってきました」

「なんですって!?!?」


 振り返ると、サリアがバラバラになった紙屑が入ったカゴを持っていたのを見て、あたしは膝から崩れ落ちた。


「なんてこと!!」

「王妃様、お行儀が悪いですよ」

「全部シュレッダーにかけられてる! あいつ、資源をなんだと思ってるの!?」

「リサイクルに出しておきます」

「どう思う!? サリア! 今回の今回は、あたし、悪くないと思うの! ええ! 一切悪くないわ! あたしはね、サリア、あいつに罪を認めさせるためにも、離婚すべきだと思うのよ!!」

「失礼致します!!!」


 ノックされながらドアが開かれ、あたしとサリアが振り返った。


「サリア!!」


 グレーテルがサリアの前に歩き――お弁当箱を差し出した。


「今日もランチをありがとう!! すごく美味しかったぞ!!!」

「はいはい。毎日感謝を伝えにきてくれてどうもありがとう。あなた」

「俺の妻は天才だ! 今日も愛しているぞ!!」

「あなた、今は出ていって。王妃様が大変だから」

「何!? どうしたんだ! ニコラ! 暗殺者ならば、この俺が戦うぞ!!」

「いいから出ていって!」


 サリアがグレーテルを追い出し、振り返った。――その先では、あたしが恨めしい目でサリアを睨み、親指の爪を噛んでいた。


「テリー、お行儀が悪いですよ」

「サリアはいいわよね……大切にされて……あたしの気持ちわかる……? どんな惨めな思いをしたか……サリアにはわかる……?」

「ええ。私が勧めた小説。【駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す】にハマってくださって、その上、テリーがキッド様にその本を勧め、夫婦二人で仲睦まじく愛読なさっていたことはとても微笑ましく思いました。だからと言って、自分より先に新刊を読んだキッド様に、そこまで憤慨する必要がありますか?」

「あたしが先に見つけた本よ!? あたしが読んで! その後キッドが読んで! 二人で二周して! それからベッドで感想を言い合うの! なのにあいつ! 先に読んで! あたしが読んで! またあいつが読んで! 二人で読んで! あたしは二周で、あいつは三周! 何なの!? ルール違反じゃない!!」


 部屋にいたメイド達は思った。この国は安泰だ。


「離婚よ! 離婚! 離婚に決まってる! 子供達を呼んできて! どちらにつくか、訊くわ! ま! 全員このことを聞いたら、あたしにつくに決まってるけどね!!」

「テリー様、メニー様が訪ねられております」

「なんですって!?」


 メニーが笑顔で手を振った。


「久しぶりだね。サリア」

「お久しぶりです。メニーお嬢様。ビジネスの旅はいかがでしたか?」

「海外は楽しかったよ。色んな開発がされてて、船に使えそう。レストランもいい調子だし、あ、お父さんの知り合いにも沢山会ってきたんだ」

「あんたは自由でいいわよね」


 皮肉たっぷりに睨むと、メニーがあたしに近寄り、綺麗な笑顔を浮かべた。


「ただいま。お姉ちゃん」

「……お帰り」


 メニーに見惚れるメイド達を見る。


「お茶を用意してくれる?」

「「はっ! はい! ただいま!」」

「こいつの何が良いんだか……」

「お姉ちゃん、ヤキモチ妬かないの。めっ、だよ?」

「何がめっ! よ! お前の美しさこそめっ! よ!! 魔力がないのになんでそんなに人を惹きつけるわけ!? ムカつく! なんであんたには皺が出来ないのよ! 魔女よ! お前は魔女なのよ!!」

「皺出来てるよ。ほら、ほうれい線」

「ほうれい線が出来るまで笑う日々を過ごしていたってこと!? あたしがこんなに苦労してるのに!!」

「理不尽だ……」

「メニーお嬢様、こちらは?」

「あ、サリア、そう! これ、お土産!」


 メニーが沢山のお土産を鞄から取り出した。あたしは真顔でお土産のパッケージを見る。


「オレンジメロンゼリー……」

「お姉ちゃん好きでしょ?」

「チーズケーキ……」

「お姉ちゃん好きでしょ?」

「白黒の恋人のビスケット……」

「お姉ちゃん好きでしょ?」

「バターを挟んだサンド!」

「お姉ちゃん好きでしょ?」

「王妃様、紅茶をお持ちしました!」

「結構! メニー、庭に移動するわよ!」


 数ヶ月ぶりにメニーとお茶をする。船で各国を回ると聞いたが、普通進捗の手紙くらい寄越すべきだと思わない? あたしはそう思うの。ここではあたしがルールよ。わかった? だが、手紙を書く暇もないほど、メニーは様々な経験をしたようだ。


「見たことない物が沢山あった。危ない目にも遭ったし、スリにも遭いそうだったけど、レッドさんは流石だね。全部守ってくれた」

「レッドは?」

「リトルルビィに会いに行ってくるって」

「しばらく休暇を取らせた方が良いわね。仕事をさせすぎてしまったわ。でしょ? サリア」

「でも、機密騎士ならば休暇はないのでは?」

「うちはそんなブラックじゃないわよ。とにかく、メニーもご苦労様」

「でも、楽しかったから、仕事って言うより、本当に遊びに行った気分だった」


 メニーが少ししゅんとして呟いた。


「テリーと行きたかったな」

「……サリア」


 サリアが一礼し、席を外した。庭には、あたしとメニーだけになる。


「……例の物は?」

「大丈夫。ちゃんとあった」

「ご苦労様」

「後で直接渡すよ。使い方を教えてあげなきゃ」

「結構。会社も上手くいってるみたいね」

「大丈夫だよ。お母様のお仕事も、出来る限りは手伝ってるから」

「今やママは不労所得状態よ。娘達がこんなに頑張ってるのに、当の本人はリゾート地の宣伝代表として、屋敷を宿にして旅人に貸してるのよ? 部屋は有り余ってるから、客が途切れないんですって。使用人達は大変よ。面倒見るお嬢様達がいなくなったと思ったら、今度は外からのお客さんが相手なんだから」

「お母様は商売上手だね」

「ばあばの血ね」


 紅茶を飲み、……メニーに訊く。


「恋人は?」

「うーん」

「……あんたね、いつまでも若くないのよ?」

「わかってるけど、愛してるのは一人だけだもん」

「はあ」

「テリー、何か余ってる仕事ない? 手伝うよ」

「いい。お前にも休暇を与えるわ。しばらく休みなさい」

「テリーの役に立ちたい」

「駄目」

「……ケチ」

「お前は恐ろしい女よ。遊ぶように仕事するんだから。あのね、仕事って遊びじゃないの。みんなが生きるためにするものなの」

「だって、楽しいんだもん」

(こいつ! 苦しくて辛い仕事をしている人たちがいるというのに、仕事を楽しいって言いやがった! しかもどんなにきつい書類仕事を任せても、接待を任せても、涼しい顔でやり遂げるから、やっぱりこいつは魔女なんだわ! なんて恐ろしい女なのかしら!!)

「テリー、口元についてるよ」


 メニーがハンカチを広げ、あたしの口元を拭った。


「変わらないなあ、もう」

「……ねえ、なんでそんな幸せそうな顔ができるの?」

「うーん。……幸せだからじゃないかな?」

「……バカが」


 あたしが紅茶を飲む姿をメニーが見つめる。メニーは――とても笑顔だ。

 恋人はいないのに、愛はないのに、あたしの隣で、幸せそうに笑っている。

 あたしは話題を変えた。


「あれだけお土産があれば、奪い合いにならずに済みそうね」

「みんな元気?」

「子供は体力有り余ってるわよね。本当、一日外に出ないと気が済まないのよ」

「テディは?」

「テディはね」


 十四歳の長男、テディが騎士になりたいと言い出したのは五歳の時。あたしは大いに反対し、キッドは大いに賛成した。我が子を戦争に送り出すことになるのよ。あたしとキッドは大喧嘩した末、レッドとリトルルビィに預けることになった。


 素質が無かったらとっとと見限ってちょうだいとお願いしたら、後日、レッドとリトルルビィが報告に来たの。


「テリーさん」

「流石だよ。あの年齢で、才能ありすぎ」

「もう少し、見ても良いですか? 彼は……強くなると思います」

「良いけど厳しくして。思い切りやってちょうだい」


 しかし、あたしの注文は裏目に出た。テディはとても強くなってしまった。あたしの可愛いテディ。


「あんたは可愛いままでいいの! 誠実で! 優しくて! 真っすぐで! 騎士になんかならなくたって! お母様が守ってあげるから!!」

「それじゃあ駄目なんだよ! 母さん!」

「テディが……! あたしに口答えを!?」

「僕、強くなって国を守り、民を守り、父さんと母さんを守りたいんです!」


 あたしと同じ色の瞳をきらきら輝かせて、真面目に言うのよ。


「だから……もっと、強くならないといけないんだ!」

「ああ! 素晴らしいわ! テディ! 流石あたしの息子!!」


 彼は将来、有望な騎士になるわ。あたしにはわかる。メニーに、滅茶苦茶に自慢する。


「来年のデビュタントではきっと引っ張りだこよ。レディが黙ってないわ。あんなイケメンに育つなんて、我が子ながら素晴らしい」

「テディに剣のお土産があるの。多分、今頃部屋に置いてあると思う。それと、エリオットには銃」

「エリオットにも?」

「護衛用だよ。銃の腕がいいって」

「クレアの血でしょうね。遊ぶみたいに銃の訓練をした後は……」


 あたしは頭を押さえた。


「最近見つけてしまった、ミックスマックスのカードゲームで遊んでる……」

「エリオットが?」

「ずっと避けてきたのよ……。絶対見つからないようにしてたのよ……。だけど……なんか……学校の友達が教えちゃったみたいで……もう店に入りびたりよ」

「どこの店?」

「学校の近く。南区域」

「あーあ。店長がお人好しのところだ」

「そうよ。店長が……」



 十三歳のエリオットが道を歩いていく。


「店長、こんにちはー」

「遊びにきましたー」

「はい。500ワドル。開いてるボード使っていいよ」

「レオさん!」

「あれ」


 ――店の店長が笑みを浮かべる。


「エリオット。こんにちは。遊びに来たの?」

「はい。それと、小遣いを貰ったから、一袋!」

「おや? 君、王子様だから金持ちのはずじゃないの?」

「母さんが許してくれないんだ。ミックスマックスなんてって言って、小遣い制にされちゃった。ミックスマックスの魅力について、何もわかってない」

「エリオット、きっと王妃様はミックスマックスの魅力がわかってるからこそ君を止めたいのかもしれない。ミックスマックスって、奥が深いだろ? きっと、勉強を疎かにしないか、不安がってるんだ」

「何言ってるの。レオさん。俺、学年一位だよ? 兄さんには負けるけど」

「その調子なら大丈夫そうだな。はい。一袋」

「よーし! 絶対レア当ててやるんだ。それで……レアが出たら……」


 エリオットが目を輝かせた。


「俺の可愛い妹とデートに行くんだ! これを見たら、きっとあいつも、にーに素敵、ってなるに違いない! よーし! 出ろよー! レア出ろよー!!」

「……キッドに似てきたな」

「え? レオさん、なんか言った?」

「レア出た?」

「……ゴールドデッキだーーーー!!」



「……メニー、なぜ未だにミックスマックスは残ってるの? なぜマイナーだと言われながらも残ってるの? 最近なんか、ダサ可愛いみたいに言われてるじゃない。あれ、何も可愛くないから。ダサいだけだから」

「物好きがいるんだよ。大丈夫。テリー。エリオットもきっとすぐに飽きるから」

「あの子心配なのよね。兄弟の中で一番キッドに似てるんだもん……」

「キッドさんみたいに女の子と付き合いまくってたり……」

「末っ子が生まれてからなくなった」

「あー。……ふふっ!」

「二人のやり取り見てると、なんだか懐かしいわ」

「血が入ってる証拠だね。それと、兄弟だけにお土産っていうのも良くないと思ったから」

「まさか?」

「ナーシャの分も」

「メニー」

「作った人の腕は確かだから、ナーシャに合ってると思う」

「あの子に武器は持たせないわ。姉弟喧嘩はもう二度と御免」

「双子だよね。どっちも銃の腕があるって」

「簡単に言ってくれるわよね。アナスタシアったら、一番おっとりしてるから、リトルルビィみたいに可愛い感じに育ってくれると思ったら……」



 今日も足音がついてくる。バレてないと思っている十三歳のアナスタシアは本棚に隠れながらついていく。だから彼女は角へ曲がった。アナスタシアが角へ曲がった――ところで、待ち伏せされる。


「こら」

「っ!」

「人をつける時は足音を殺して素早く走る。そうしないと伝説の怪盗には、なれないよ」


 青い瞳が――ソフィアを見つめる。


「それで? 私に何か用?」


 アナスタシアが息を吸い込み――怒鳴った。


「はぁあああ!? 誰がお前の後ろを金魚の糞の如くついて歩くっていうのよ! あたしの進む先にお前がいるのよ!」


 アナスタシアがソフィアのすねを蹴った。


「退け! 巨人! 乳垂れババア! くたばれ!」

「そうだよ。年齢考えてね? アナスタシアはまだ若いんだし、こんなおばさん相手にしたって、無駄な時間が経つだけだよ?」

「はぁあーん!? 誰があんたを相手にしてるって!? あたしはね、本が読みたいだ……」

「っ」


 踏み台に足を引っかけ、前に倒れそうになったアナスタシアが固まった。


 ――自分の体を――ソフィアが――抱き止めていたから。


 アナスタシアの目がソフィアに奪われた。しかし、ソフィアは持って生まれた金の瞳をアナスタシアに向けるだけだった。


「……痛いところは?」

「ふぇっ!? あっ」


 アナスタシアがはっとし、慌てて答えようとし、急いで体を起こし、ソフィアから離れた。


「あっ、あっ……ない」

「良かった」


 ソフィアがアナスタシアの顔を覗き込んだ。


「気をつけてね。ナーシャ。もし君が怪我なんてしたら……」

「え……?」


 アナスタシアとソフィアが見つめ合い――ソフィアが吹き出した。


「くすす! 陛下とテリーに怒られちゃうからね!」

「……」

「そうだ。君が読みたがってた本、返却されてたはずだよ。持ってくるから待ってて」

「え、あっ……」


 アナスタシアをその場に残し、颯爽とソフィアがカウンターに戻っていく。彼女は、その背中を見つめることしかできない。


「……あっ……ソ……ソフィー……」


 一人になってから、ようやく――アナスタシアが本性を表した。


「ありがとうって……言えなかった……! 今日もまた酷いこと言っちゃった……! 大好きなのに!」


 尖っていた目が一瞬で潤んだ瞳に変わった。


「あーん! ママー!!」

「あの、ソフィアさん! 僕、以前からここを使わせてもらってる者なのですが……ずっと綺麗だなと思ってて……よければこの後ランチでも……」


 一瞬でアナスタシアの目が鋭くなり、どこからともなくマシンガンを取り出し、迷うことなく構えた。


「あたしの女を! ランチに誘ってるんじゃないわよ!!」


 あたしも誘ったことないのに!!


「くたばれーーーーーーーー!!!!!」




「銃なんか持たせたら大変よ。エリオットと喧嘩した時に、またぐちゃぐちゃになる。何度、会議中にキッドを呼んだことか!」

「テリー? あれ中央図書館の方かな? 煙出てない?」

「あら、どこかで火事にでもなったのかしら? 大丈夫よ。放っておけばちゃんと消防隊が来て火を消してくれるから」

「テリー」

「ん、サリア。どうかした?」

「ニクスが来てますよ」

「え、なんで?」


 サリアが困ったように笑みを浮かべた。


「……まさか」

「丁度いいタイミング」


 あたしとメニーが立ち上がった。


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