第12話 すべての始まり


 あたしはギロチン台に固定されていた。


「……」


 あたしは体を揺らした。出られない。


「……」


 あたしは手を動かした。何か握っていた。見てみると、あのインチキ魔法使いが持っていた玩具みたいな星の杖を握っていた。


「……」


 あたしは――頭の中に浮かんだ――文字を読み上げた。


「……会いに行こう……会いに行こう……オズの魔法使いに……会いに行こう……」


 固定するための板が元の位置に戻った。あたしは息を吸い込み、急いで後ろに体重をかけた。腰を抜かす。本物のギロチン台を見て、後ずさる。その瞬間、いなかったはずなのに、大勢の者達が声を荒げた。


「悪女を殺せー!!」

「テリー・ベックスを死刑に!!」


 あたしは目玉を動かした。


「早く首を落とせ!!」

「殺せ!!」


 死刑執行人がゆっくりと腰を抜かしたあたしを見た。そして、またゆっくり動き出し、あたしにめがけて、斧を構えた――が、死刑執行人の両肩に、ギターを抱えた脳無しカカシが飛んできた。


「よお! ブラザー! 美人を処刑にするなんて、趣味悪いぜ!」

「な、なんだ! こいつ!」

「へんてこな奴が現れたぞ!」

「変人だ!」

「変人とは失礼な!」


 カカシが死刑執行人を踏みつけ、あたしの前に着地した。


「俺は困ってる人を守ることが趣味の、ナイスなガイのナイス・ミスター。――ナイミスさ!」


 怒り狂った人々が登ってくると、ナイミスがギターを振り回し、人々を追い払った。


「さあ、ここは任せて君は行くんだ!」

「でも」

「迷う事は無い! 俺は大丈夫! さあ! 早く行きたまえ!!」


 あたしはナイミスに任せて、勢いよく走り出した。ナイミスが怒り狂う人々に向かって叫んだ。


「かかってこい! お前達の相手は、脳がなくても知恵がある、ナイスなガイさ!!」


 あたしは荒れた道を走る。しかし、人々があたしを追いかけてくる。あたしは走る。武器が投げられた。あたしは迷わず走った。武器が違う方向へ飛んでいった。あたしは真っすぐ走った。だが足の速い男が突っ込んできた。それを――ブリキのきこりが体全てを盾にし、あたしを守った。


 思わず、あたしの足が止まり、男が突き飛ばされ、きこりがあたしの前に立った。


「お前達、大人数で一人のか弱きレディに襲い掛かるとは、男としてプライドがないのか!!」

「へんてこな奴が現れたぞ!」

「変人だ!」

「変人とは失礼な! 僕はレディを助ける為に生まれたレディの為の男。アクアさ!」


 アクアが斧を構えた。


「さあ、ドロシー、ここは任せて君は行くんだ!」

「でも」

「なーに、心配はない。このお礼は、後日のデートでいいよ!」


 あたしはウインクしたアクアに任せて、勢いよく走り出した。アクアが人々に向かって叫んだ。


「かかってこい! お前達の相手は、からっぽでも心が熱く女に弱い、ブリキのきこりだ!!」


 あたしは荒れた森を走る。しかし、人々があたしを追いかけてくる。あたしは走る。罵声を浴びた。あたしは信じて走った。悪口を言われた。あたしは真っすぐ走った。だがあたしを大嫌いな人間が突っ込んできた。それを――弱虫ライオンが横から現れ、威嚇するように吠え、あたしを守った。


「ドロシィー! 大丈夫ぅー!?」

「へんてこな奴が現れたぞ!」

「変人だ!」

「へ、へ、変人だって!? ひ、酷い! わ、わ、悪口は言っちゃいけないんだよ!? 俺様は、みんなを助ける勇気に満ち溢れた勇敢な男。キングだぞ! えっへん!」


 キングが体を震わせながら人々に立ち向かった。


「さあ、ドロシー、ここは任せて君は行くんだ!」

「でも」

「大丈夫! 俺様、友達を守るって決めたんだ! だから、俺様が怖くて泣かないうちに、早く行って!! ああ、涙がこぼれてきた! 見ないで!! 早く行って!!」


 あたしは泣き始めたキングに任せて、勢いよく走り出した。キングが涙を拭ってから、勇気を奮い立たせ、人々に向かって叫んだ。


「俺様はこの国の王となる男! キング! 友を守り、助け、戦い抜く! 来るなら、全員かかってこい!!」


 あたしは銀の靴を信じて走る。銀の靴があたしを導いている。走るのだ。走らなければいけないのだ。急ぐのだ。時間がないのだ。もう少しなのだ。信じろ。前だけに進むのだ。走れ。信じろ。前だけを。振り返るな。前だけを。ゆっくりでも、遅くても、前だけを、前だけを、前だけを――!


「にゃあ」


 その鳴き声に、あたしは振り返った。茶色の猫が曲がり角を曲がった影が見えた。あたしの足が方向転換した。そっちへ走っていった。曲がり角を曲がると、また猫の影が道の裏に消えた。だからあたしは追いかけた。トトが走っている。あたしは追いかける。ドロシーが導いている。だからあたしは信じて走った。銀の靴が動く。


 その足は子供の足になっていた。


 猫の影を追いかける。猫は走っている。だからあたしは髪をなびかせる。ロールだった髪の毛は、いつの間にか三つ編みになっていた。猫が走った。あたしも走る。建物の窓に映った髪の毛は濁った赤ではなく、緑になっていた。猫が走る。あたしも走る。人が追いかけてくる。コウモリがあたしを守る。コウノトリがあたしを守る。野ネズミがあたしを守る。人魚が人間にクレームを入れた。ハープを持った男の子が逃げた。巨人がそいつをひょいと掴まえた。巨人を見た人間達は驚き恐怖した。


 目を開く。よく見える。紫の光が小さくなっている。


 だから水の光が輝いた。黒の光が輝いた。毒の光が輝いた。土の光が輝いた。黄の光が輝いた。桃の光が輝いた。金の光が輝いた。灰の光が輝いた。赤の光が輝いた。青の光が輝いた。白の光が輝いた。緑の光は、ここにある。


 風が背中を押す。向かい風が来たら、醜き者が笛を吹き、突風を起こした。


 猫が走った。あたしはスキップした。

 猫が走った。ボクは歌い出した。

 猫は走った。あたしは希望を祈った。

 猫は走った。ボクは夢を抱いた。


 どんな人間に襲われても、どんなに裏切られても、ドロシーは希望を抱いて、光の先を目指す。


「トト!」


 襲ってくる人間を華麗に避ける。


「この先だ!」


 しかし人間達が襲ってくる。でも大丈夫!


「だって、トゥエリーがいるから!」


 悪臭を放つトゥエリーが、ドロシーの中から抜け出した。ドロシーを襲おうとした人間達は、思わず後ずさった。だって、なんて醜くて、恐ろしい魔女だろう。そんな顔を見たものだから、トゥエリーは心から笑った。


「あたしこそが、世界で一番意地悪な魔女だよ!!」


 大量の人間達が逃げ出した。しかしトゥエリーは追いかけて、悪臭がする息の匂いを吸わせてやった。鼻がひん曲がった人間達が倒れていき、その上に乗り、ダンスを始めた。人間達は悲鳴を上げた。けれどトゥエリーは人間の悲鳴が大好きだから、よりもっと高く笑い――緑の光を輝かせた。


「トゥエリーは時を待っていた」

「だからボクの中に入ったんだ」

「ボクを守る為じゃないよ!」

「導くためだ!」


 十三体の魔法使いの光が、ドロシーを導いた。


「ようやくたどり着くよ! トゥエリー!」

「行くんだよ! ドロシー!」


 トゥエリーが叫んだ。


「主様を、助けるんだよ!!!!」


 十二体の魔法使いが、ドロシーの背中を押し飛ばした。






 牢屋の中に、ボロボロに傷付いた天使が閉じ込められていた。



 彼女は涙を流し、こんなはずじゃなかったと呟いていた。



 ただ、人間達の幸せを願っただけだった。



 それなのに、傷つけられた。



 だから、




「助けに来たよ! オズ!!」


 オズが目を丸くし、顔を上げた。


「もう大丈夫!」

「誰……?」

「あっ、そうだ! 初めて会う人にはご挨拶しなきゃ! うーーーん!」


 ボクは元気よく挨拶した。


「ボンジュール!」


 手を、彼女に差し出す。


「ボクは救世主! 君を助けに来たんだ!」

「わたしを?」

「その通り。君はここにいちゃいけない。家に帰るんだ!」

「でも……わたし、主様に、ここを任されてるの。わたし、お手伝いをしなきゃいけないの!」

「大丈夫! オズ! ボクを信じて!」


 ボクは、オズの手を両手で握りしめた。


「ボクの種族が、君に酷いことをして、本当にごめんね。ボクは代表として謝るよ。ごめんなさい。オズ」

「あなたは悪くない。悪いのは罪。人間が抱えているよこしまな欲望」

「優しくて綺麗な君は、十分人間に尽くした。だからもう大丈夫。醜い人間の相手なんかしなくていい。次の仕事をもらいに行けばいい! さあ!」


 ボクは、靴を脱いだ。


「天にお帰り。天使様」


 銀の靴を、彼女に差し出した。


「これで、帰りたい場所を願うんだ。そうすると、あら不思議! 気が付けば、いつものお家さ!」

「わたし……帰れるの?」

「帰れるよ! やっと、帰れるんだ!」

「わたし……本当は帰りたかった……。すごくお家に帰りたかったの……!」

「もう帰れるよ。よく頑張ったね」


 彼女を、力いっぱい抱きしめた。


「君はよく頑張った。長い間、孤独悩みの果ての、孤独な闇の中で」


 ボクとオズが、顔を見合わせた。


「どうか、元気で」

「……貴女の幸せを、祈ります」


 オズが靴を履き替え、両手を握りしめ、天を見上げた。


「父様、ああ、父様、どうか、お許しください。わたし、この仕事に向いてなかったみたい。だから、次の仕事をお与えください」


 オズが願った。


「お家に、帰らせて」








 銀の靴が、天使を、この世界から――優しく家へ帰した。


 世界から、トゥエリー(オズの魔力)がなくなった。


 つまり、それは世界が壊れる時。


 大きく地面が揺れ、大きな津波が押し寄せ、巨大な船に乗ったノア族が叫んだ。


「ドロシー! 君も乗るんだー!」

「トト! 行こう!」


 しかし、トトがいなかった。


「トト?」


 ドロシーは必死に呼んだ。


「トト!」


 ナイミスが流された。アクアが流された。キングが流された。多くの人間が津波に呑まれた。


「トト!!」


 醜いトゥエリーが駆けだした。猫を捜す想い人を、強く腕に抱き寄せた。


「トトーーーーーーーー!!」





 全てが、波に呑まれた。





 世界は無くなった。




















「寝ている時間はない。さあ、起きるんだ。テリー」





 ――ムカつく奴の声で、あたしは目を覚ました。

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