第7話 光を目指して


 髪がとても伸びている、小さなクレアが塔に囚われている。魔女が塔の下からクレアを呼んだ。


「クレア、可愛いクレア、髪を降ろしておくれ」


 小さなクレアは髪の毛を下ろすと、それに掴まった魔女が塔の上へと昇っていく。あたしはこの方法ならば誰にもバレずに、杖から放たれている光が向けられた塔の上まで行けると思い、魔女が留守の間に呼んでみた。


「クレア、可愛いクレア、髪を降ろしておくれ」


 小さなクレアは髪の毛を下ろすと、あたしがそれに掴まったら、ゆっくりと引っ張り上げてくれた。あたしが塔に上ってくると、とっても嬉しそうな顔をして、瞳を輝かせた。


「だーりん!」


 あたしの腰に小さなクレアが抱き着いた。


「あいたかったわ。だーりん。キスして。ちゅう」

「貴女どこにいるの?」

「あたくしはいないぞ。きっどならいるぞ」

「無事なのね?」

「こびとさまが、おとりになってくれてるから」

「あの小人を引っ張った時点でそうなる運命になることは目に見えていたわ。あいつも運が悪いわね」

「だーりん、キスして。ちゅう!」

「後からね。今は杖の行く方向に行かなきゃ」

「あん。けちんぼ。こっちだ」


 小さなクレアがロザリー人形を抱えながらあたしの手を握りしめた。……まあ、小さなおててだこと。部屋から出ると、下へ繋がる階段だけが続いていた。


「おててをはなしちゃいやよ?」


 あたしの杖の明かりを頼りに、小さなクレアが階段を下り始めた。光が下へ続いている。ふと、声が聞こえた気がして、あたしは上を見上げた。


「悪い子はどこだぁぁあああああああああ!!!!!」


 魔女が上から降って来た。あたしは悲鳴をあげ、小さなクレアはきょとんとした。


「ああ! 悪い子だね! 悪い子! 駄目な子! いけない子!! 何ということだい! 世間全部からお前を離しておいたと思っていたのに。この私を欺くなんて!!」


 あたしは杖を構えた。


「お仕置きだよぉおおおおおお!!!!」


 あたしが頭の中に浮かんだ文字を読み上げる前に、ロザリー人形が魔女の顔を蹴飛ばした。


「あんっ」


 壁にめり込んだ魔女に向かって、小さなクレアがバズーカを撃った。


「ぎゃー!」


 もっと壁にめり込んだ魔女に向かって、ロザリー人形が爆弾を投げた。


「ふぎゃん!」


 深く壁にめり込んだ魔女に向かって、小さなクレアがマシンガンを撃った。


「あばばばばばばばばば!」


 より一層壁にめり込んだ魔女に向かって、ロザリー人形が青い薔薇の種を撒いた。


「いだだだだだだだ!」


 種を撒かれた魔女に向かって、小さなクレアとロザリー人形が水をやった。


「いやーーーーーー!!」


 魔女が朽ちかけた青い薔薇を咲かせた。あたしは魔女に訊いた。


「大丈夫?」

「悪い子……いけない子……」

「……貴女、見たことある。スノウ様の侍女じゃない?」

「……いけない子……悪い子……」

「ああ、可哀想に」


 小さなクレアとロザリー人形が本棚を開いた。奥には、光の道が続いていた。杖の光も、その先を差している。


「時空が歪んでる。敵はみんな中毒者。オズに強制的に操られた人形同然」

「だーりん、はやくあいにきて。あたくし、やみのなかで、こびととふたりきりなんて色気のないしちゅえーしょん、たえらんない!」

「もう少し待ってて」


 小さなクレアの唇に唇を重ねると、ロザリー人形が恥ずかしそうな悲鳴を上げて、両手で顔を隠した。


「必ず追いかけるわ」

「……ぽっ♡」

「きっと、遠くないわ」


 歪んだ精神世界で会えたのだから、


「きっともうすぐよ」


 闇に包まれ幻覚は消える。あたしは光の中へ入っていった。



(゚∀。)



 そこはどこかの庭であった。

 気が付くと、あたしは本を読んでいた。


 そこへ時計を持ったウサギが現れ、こう言った。


「ああ、遅刻だ! 大変だ! 遅れる! 遅れる! 首がカットされてしまうよ! いやはや、こんなの悪夢だ!」

「ウサギが喋ってる?」

「ウサギは喋るわよ! もちろん! 喋るとも! ああ、遅刻だ! こうやって飛び跳ねたりもするんですの!」


 あたしの杖がウサギに向かって光の筋を放っている。あたしはウサギを追いかけだした。


「待って! そこのウサギ!」

「こんなの悪夢だ! なんてこった! ああ、とんでもない! 昨日はちゃんと早寝をしたんだ。歯医者に行かなきゃいけなかったんでね! ラッパを吹かなきゃいけないから! 歯は綺麗にしておかないと! ああ、大変だ! 本当に遅れちまう!」

(口を動かしながら足も動くなんてとんでもないウサギだわ!)


 ウサギを追いかけるなら彼女しかいない。あたしは頭に思い浮かんだ文字を読み上げた。


「不思議の国へようこそ。なんでもない日に乾杯しましょう。トランプが舞い、芋虫がきのこに座り、外れでは、お茶会が開かれている」


 杖がアリスの幻覚を出した。お茶会と聞いたアリスが、可愛らしく走り出した。


「ひょっとして、パーティーをするの!? ウサギさん! 私も連れていって!」

「いやいや! 本当によろしくないのよ! これが! とんだ日なもんて言ったって! 大変なんだから色々!」

「まあ、面白そう! あれは何かしら!」


 裁判所へやってきたアリスの幻覚。ウサギが階段を駆け上がり、ラッパを吹いた。ハートのトランプの女王が、被告人席にいるあたしを見下ろした。ウサギが書類に目を通す。


「犯罪内容、ハートの女王のタルトを盗んだの刑!」

「死刑だよ。死刑しかありえない」


 ハートの女王がガベルで台を叩いた。


「首をお跳ねー!」

「意義あり!」


 アリスの幻覚が手を挙げた。トランプ兵達がひそひそと喋り出し、ハートの女王が怪訝そうな顔をした。


「なんだい? お嬢ちゃん」

「裁判って言うのは、普通、証拠を出したり、動機を調べたり、話したりするものだわ。それから判決を出すの。どうして刑が先なの?」

「刑が先で、判決は後なの。私がそうしたいから」

「そんなの間違ってるわ! あんた達、ただのトランプじゃない!」


 アリスの幻覚はあたしの側に歩き、手を差し出した。


「こんなところ、さっさと出ていきましょう。ニコラ。あんなデブで傲慢な女王の話なんか、聞かなくていいわ」

「デブで傲慢!?」

「あら、やだ。私、口に出してた?」

「くぅーーーー!!」


 デブで傲慢なハートの女王が憤慨して怒鳴った。


「首をお跳ねー!」


 トランプ兵達があたし達に向かって襲い掛かった。アリスの幻覚が悲鳴を上げるが、彼女は全く怖がっていない。だって、ここは悪夢ではないから。あたしは頭に思い浮かんだ文字を読み上げた。


「ジャック、ジャック、切り裂きジャック、切り裂きジャックを知ってるかい?」


 ジャックの幻覚が大笑いしながら飛びだした。世界が一気に悪夢に変わる。トランプ兵達が悲鳴を上げた。薔薇には人間の唇がついたので、トランプ兵達に噛みつきだした。ウサギが悲鳴を上げて逃げ出し、ハートの女王は自分の持ってたハートのステッキに気が付いた。なんと、人食いステッキになっているではないか。ハートの女王の手に噛みついた。


「ぎゃー!!」


 お茶会が開かれたパーティー達がくるくる回って踊っている。三月ウサギが寝ぼけながら詩を読んだ。


「きらきら、輝くの。小さなコウモリさん! 何をしてるんだろう? あなたは世界の上空を飛んでいる。空に浮かぶティートレイのように」

「何でもない日に乾杯」


 帽子屋がティーカップで乾杯をした。


 大パニックのいかれた悪夢から、アリスの幻覚が楽しそうにステップを踏みながらあたしの杖が放つ光の道へ連れてきた。


「さあ、ニコラ、行って!」

「アリスは?」

「こんな素敵な悪夢、今楽しまないといつ楽しむの?」


 ――アリーチェ。


「ジャックが私を呼んでる!」


 アリスの幻覚があたしを抱きしめ、頬にキスをした。


「悪夢を楽しんで! ニコラ!」


 アリスの幻覚が来た道を戻っていく。影からジャックの幻覚が現れ、アリスの幻覚が嬉しそうに笑いだした。楽しそうな二人が闇に包まれ幻覚は消える。


 あたしは光の中へ入っていった。



(゚∀。)



「お紅茶どうぞ」


 あたしはきょとんとした。横を見ると――見覚えのある女の子があたしを見ていた。


「好きでしょう? 紅茶」

「……サリア?」

「あら、不思議。どうして私の名前がわかったの?」


 あたしは辺りを見回した。そこはとても不思議な場所であった。だって、家具も、壁も、家全体が――お菓子で作られていたから。


「……ロカトールを知ってる?」

「今留守にしてる。魔女ならいるわ」

「魔女ですって?」

「さあ、子供達! 起きるんだよ!」


 突然、家の中に意地悪そうな顔をした黒マントを羽織った老婆が入ってきて、サリアが走り出した。老婆はあたしを見て、顔をしかめた。


「なんだい? お前。客人なんて珍しい」


 あたしを無視して、老婆が手を叩く。


「さあ、子供達、働くんだよ。使い物にならなくなった奴らから殺して煮て、食べていくからね!」


 ここは老婆の楽園のようだ。子供達を奴隷のように扱い、使えなくなった子供達は殺して食べているらしい。


 サリアが働いてるところへ口笛を吹き、サリアが振り返ると手招きする。サリアがあたしのいる馬小屋にやってきて、あたしは扉を閉めた。


「パンよ。どうぞ」

「ありがとう」

「どうしてここから出ていかないの?」

「きっと帰り道がわからないのよ。私はわかるけど」

「貴女はどうしてここにいるの?」

「謎が沢山あるから」

「帰らないの?」

「ここにいる方が面白い」


 サリアがパンを食べ終えると、ふと、扉を薄く開け、お菓子の家を覗いた。


「なんだか様子がおかしいわ」

「え?」

「だってね、見てみて。あそこ。えんとつの煙の色がおかしいわ。まるで何かを煮ているみたい」

「子供が殺された?」

「それはないよ。だって、悲鳴が聞こえなかったもの」

「サリア、ここにいて。様子を見てくるわ」


 あたしは堂々と馬小屋から出ていき、お菓子の家の窓から中を覗いた。すると、二人の兄妹が親切な顔をした老婆に迎え入れられていた。


「さあさあ、道に迷って疲れたろう? 食事をお召し上がり」

「ありがとう。親切なお婆さん! 僕はヘンゼル! こっちは」

「グレーテルです……」

「そうだ。食事が終わったら、ヘンゼル、お前さんに見せたいものがあるんだ。なんて言ったって、お前さんは男の子だからね。きっと喜ぶよ」


 そう言って、ヘンゼルを引っ張った老婆は家畜小屋に放り投げ、鉄格子のドアの奥へ閉じ込めた。妹のグレーテルを働かせようと、老婆が本性を現した。


「さあ、今すぐ兄さんを食べられたくなければ、お前はここで私の言うことを聞くんだよ!」

「兄さんはどこへ!?」

「家畜小屋に閉じ込めてるよ。太らせて、私が食べてやるのさ!」

「なんだとーーーー!?」


 少女のように可愛い顔をした少年が、馬鹿力でテーブルを持ち上げた。


「そんなことさせるかーーーー!!」

「な、なんだいこいつ!」

「うおーーーーー!!!!」


 テーブルを振り回し、お菓子の家が崩壊された。その頃一方、家畜小屋からは錆びた鉄格子を剣の刃で破壊したヘンゼルが出てきて、老婆を肩車するグレーテルが暴れまわっているのをのんびり眺めた。


「ひいーーーー!! 誰か助けてーーーー!!」

「悪いことは、しちゃ、いけないんだぞーーーー!!」

「グレタ! レディにそんなことをしてはいけないじゃないか! ふっ! お婆さん! 僕は……熟女も、OKですよ!?」


 あたしとサリアが目を見合わせた。


「ロカトールが帰ってきたら、お菓子の家が復活してると思うわ。多分」

「どこへ行くの?」

「大切な人に会いに行くの」


 あたしは懐から青いリボンを取り出し、サリアの髪の毛を結んだ。


「良く似合ってる」

「貴女も魔法使い?」

「いいえ。あたしはもどき」

「もどき? 魔法使いに、もどきがあるの?」

「サリア」


 耳打ちする。


「必ず帰るわ。ママとアメリをお願い」


 サリアがあたしを見つめる。あたしは笑みを浮かべる。サリアの口角が上がった。


「謎に出くわしたら、難しく考えず、簡単に考えてみてください。テリー」


 闇に包まれ幻覚は消える。あたしは光の中へ入っていった。



(゚∀。)



 ――両肩を掴まれた。


「テリー!」


 驚いて振り返ると、12歳のニクスが立っていた。


「テリーだよね?」

「……ニクス?」

「ああ! 会えてよかった! 時空が歪んでるみたい。さっきから夢みたいな場所が……走馬灯みたいに来るものだから」

「所詮、全部幻覚よ。ここだってそう」


 あたしは自分の姿を見た。12歳のあたしになっていた。杖を呼んでみる。杖は現れるようだ。


「あまり見たくない場所だね」


 ニクスの息が白くなって外に吐き出される。あたし達がいる場所は――雪の王国。


「この体で、この場所は、いると危ない。とりあえず、この氷の上から出ていかない?」

「賛成、って……言いたいところだけど」


 あたしは杖を構えた。


「来るわよ」


 氷の中から、巨大な雪の女王が現れた。雪の女王は甲高く叫び、大きな氷の手をあたし達に向けて振り落としてきた。


 あたしはニクスを引っ張り、ニクスは氷の上を華麗に滑り、一緒に逃げる。雪の女王があたし達にめがけて二つの手を叩き落としてくる。助けは来ない。あたしは頭に浮かんだ字を早口で読み上げた。


「鏡の破片を取り出したまえ。胸に刺さった破片がなくなれば、友情は戻ってくる」


 杖からニクスの父親――雪の王の幻覚が現れた。ニクスを狙う雪の女王に威嚇の叫び声を上げ、大きな雪の拳を、雪の女王に叩きつける。雪の女王が怒り、「何するのよ! このクソジジイ!」と言いたげに雪の王に殴り掛かった。


 ニクスが周辺を見回す。


「ニクス?」

「あれだとただの殴り合いだ。根源の……鏡を見つけないと」


 ニクスがトンネルを見つけた。


「テリー!」


 あたしとニクスが手を握り合い、トンネルに向かって足を滑らせる。まだ崩れていないトンネルの中を駆け走り、時々揺れる地面に、壁に手をついて堪え、また走り、暴走する鏡を見つけ出した。


「テリーはそこにいて!」

「ニクス! 鏡は鏡を見せないと割れないわ」

「あたしにいい考えがある!」


 ニクスがあたしの杖に指を差した。


「あたしの顔に近づけて!」


 あたしはきょとんとし、杖の光をニクスに近づけた。ニクスが鏡の前に立ち、鏡に唱える。


「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」

「世界で一番美しいのは、あたし。ニクスとして生まれた、このあたし」


 プリンセス・ニクスが答えた。


「願いを言ってみて! プリンセス。どんな願いでも叶えてみせるから!」

「あたしの瞳を見てごらん」


 あたしはそこで――ハッとし、動き出そうとしたが、ニクスの手に止められた。


「この世で一番美しいものが映ってる」

「え?」

「つまり、そう。ニクスは世界で一番美しいものではないみたい。だって、ほら、あたしの瞳に映ってるんだから」

「本当?」


 鏡の中のニクスがニクスの瞳を覗き込んだ。


「本当だ。何か映ってる」

「そう。これが世界で一番美しい者の正体だ」

「そんなはずない! だって、世界で一番美しいのはあたしなんだから!」

「よく見てごらん! あたしの瞳に反射するものをよく見るんだ!」


 あたしは動こうとしたが、ニクスの手が、絶対に近づくなとあたしを止める。


「一体誰? 一体何なの?」


 鏡が混乱し始めた。


「世界で一番美しいのはあたしのはずなのに……」


 鏡がニクスの目を本気で見つめる。


「おかしい。こんなのおかしいよ……!」

「鏡よ、鏡」

「誰が映ってるの!?」

「この世で一番美しいのは誰だ」


 鏡はニクスの目の中にいる自分を映し出した。

 鏡はニクスの目に反射されたことで、自分自身を呪った。

 鏡の光が、ニクスの目に直接当たった。


「っ!!」


 凄まじい痛みに、ニクスが両眼を閉じた。

 鏡は鏡を叩いた。


「誰かが映ってた! 誰かが映ってた! 一体誰なの!? 世界で一番美しい者!」


 鏡は鏡を叩いた。


「あたしが世界で一番美しいはずなのに、別の誰かが映ってた気がする!」


 鏡がとぼけだした。


「うん? でも、あたしだった気もする。でも、あたしじゃなかった気もする」


 鏡が首を傾げた。


「結局誰なの? 世界で一番美しい人」


 あたしは杖で鏡を割った。

 鏡の破片が、粉々に砕け、闇に消えた。


「――ニクス!!」


 地面が揺れる。雪の女王と雪の王が、崩れているようだ。ニクスの両眼からは血が流れ、完全に目が潰されている。


「ニクス! 立って! ここから出るわよ!」

「駄目だ……。テリー……。目が……開けられないんだ……」

「あんなことしなくたって、他に方法があったわ! あたしが魔法で、鏡を出すことだって!」

「幻覚の鏡は……魔法の鏡に勝てるのかな。だったら……あたしの本物の眼球使った方が、鏡は興味をそそられるんじゃない?」

「……っ」

「魔法の鏡の呪いを反射させて、逆に呪いをかけないと、魔法の鏡は割れない。だからテリーは……キッドさんに……手鏡を持たされたって、言ってたよね……?」

「……でも……だからって……」

「テリー……あたしの役に立てるところは……ここまでみたい……」


 トンネルが揺れている。このままだと、崩れてしまうだろう。


「全ては幻覚……でしょ?」

「……」

「ここは城内のどこかだ……。大丈夫……。この痛みも……幻覚な気がする……」


 だけど、


「あたし……もうしばらく……目を開けられないと思う。だから……少し休んでから行くから……先に行って……」


 あたしはうろたえ――手を伸ばしかけ――ドロシーの言葉を思い出した。一秒で判断しろ。冷静になるんだ。


 あたしは息を吐き、立ち上がった。


「わかった」

「……頑張ってね。テリー」


 ニクスをトンネルに残したまま、あたしは杖の導く先へ歩き出した。


 ニクスが深く息を吐く。寒い。でも、――大丈夫。後悔はないのだから。


「……お父さん」

「ありがとう、ニクス。側に居るよ」

「お母さん」

「大丈夫よ。ニクス。側に居るわ」

「ああ……」


 ニクスの閉じられた瞼の裏から、涙が伝った。


「胸が……温かい……」


 闇に包まれ幻覚は消える。あたしは光の中へ入っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る